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悪魔教信者

 古くから、とある動物の中には他の生き物には見えないものを見ることのできる者たちがいた。「悪魔教信者」。彼らは自分たちをそう名乗り、同様の特質をもった同胞たちを世界中から集め勢力を拡大しながら、独自の技術で様々な暗黒儀式を編み出していった。その歴史は、彼らが神格化されていた古代エジプト文明以前にまで遡るという。彼らの儀式は亡者の魂を黄泉から呼び戻す蘇生の術から始まり、偉大なる聖者への祟り、近年では下等動物たちへの屈服呪詛を完成させていた。勢いづいた彼らの企みは、ついに組織の理念その中核に鎮座する、世界の掌握へと邁進し始めた。



「ボス、幹部全員集まりました」

 深夜の公園。街灯から離れた暗がりの広いスペースで、幹部の一人がそう報告した。

「よし。ではまず、母親とその腹の中の胎児の報告をしろ」

 ボスの言葉を受け、幹部の一人が恭しく進み出た。

「報告します。現在、母親の体調は良好、この母親の出産を妨げる周囲の異分子は全力を挙げて排除しております。また、呪いを施した腹の中の胎児も、予定通りの成長を遂げています。以上です」

「よかろう。封印の儀式はどうなっている? 準備はまだか?」

 このボスの言葉に、別の者が進み出る。

「あと数日で準備が完了する見込みです」

「では準備が完了し次第、私を殺し、速やかに私の魂を右眼に封じるように。その後は計画の次の段階に備えて待機せよ」

 幹部たちが恭しく頭を下げ、了承の意を示す。

「よいか」

 ボスが一言一句に覇気を込めて言う。

「我々の悲願を達成するためには、現在この世の頂点に我が物顔で君臨している醜く低能な種族をその地位から引きずり降ろさねばなるまい。数と力で勝る相手を負かすには、知略と魔術をもって対抗するしかない。世界掌握への道のりは未だ遠い。だが、展望は開けている。みな、悪魔を敬い、黒魔術を解し、この私に全てを捧げたまえ、全ては世界を支配するために!」

 ボスを取り巻く幹部――悪魔教信者たちの狂気の喚声は、暗い夜空に厚い雲を呼び寄せた。



 ――とある豪雨の夜。

 郊外の一軒家に夫と暮らす妊婦が救急車で搬送された。妊婦は苦痛の呻きを上げ、夫はその余りに悲痛な声に、子の産まれてくる喜びよりも妻の懸念から来る心痛に苦しんだ。

 やがて到着した病院で分娩が行われ、夫婦の間に新たな家族が誕生した。赤ん坊は瞼を閉じて泣き、夫婦はその姿に涙を禁じえなかった。だが、その後新生児室でその赤ん坊が初めて目を開いたのを偶然目撃した看護婦は、悲鳴を上げて腰を抜かした。

「先生、先生!」

 廊下に出て慌てて医師を呼びに行く看護婦の表情は、まさに見てはいけないものを見てしまったかのようだった。

「どうかしましたか?」

「赤ちゃんが、赤ちゃんの眼が……」

「赤ちゃんの眼がどうしました」

「赤ちゃんの片眼が、ありません」

 赤ん坊は右眼をもっていなかった。先天的な疾患と考えられたが、原因はわからなかった。夫婦を大きな悲しみが襲ったが、医師は衛生面にさえ気を遣えば日常生活にさほど支障はないだろうと告げた。しかし子供は夫婦の心配を笑うように、すくすくと成長してみせた。



 片眼を先天的に失くした子供が一人前の五歳の少女になり、眼帯をつけて一人で家の庭を出歩けるようになると、母親も驚くほど野良猫が姿を見せるようになった。

 野良猫たちはみな大人しい上に人懐っこく、少女は母親の監視の下野良猫たちと庭を走り回ることが多くなった。

 ある春の晴天の昼下がり、母親が目を離した隙に、猫を追いかけて走る少女がつまずいた。薄らと生えた雑草や柔らかな土のおかげで怪我もなく、少女は笑っていた。

「大丈夫かい?」

 少女がばっと顔を上げた。

 真っ黒な猫が上から顔を覗き込んでいた。

「いま、しゃべった?」

 少女が返すと、黒猫は目を見張った。仲間の猫たちと顔を見合わせる。

「驚いたな。君は私たちの言葉がわかるのか?」

「ねえ、いましゃべってるよね?」

 少女は興奮した。

「これは逸材だ。この子ほど計画を進めやすい適材もいないだろう」

 黒猫は他の猫たちよりも偉いらしく、三毛猫を呼んで「あいつをここへ」と言ったのを少女は聞き逃さなかった。

 三毛猫が生垣の下をくぐってどこかへ去っていくのを横目に、少女は黒猫に訊いた。

「あなた、えらいの?」

「ええ。ボスが亡くなられてからは、私が指揮を執って活動しているのでね」

「じゃあ、みんなにめいれいとかできるの?」

「もちろん。みな、立って踊ってみろ」

 黒猫が支持すると、仲間の猫たちは言う通りに立ち上がってクルクルと踊ってみせた。

 その様子を見た時、少女の中で何かが弾けた。

「わたしもめいれいしていい?」

「ええ。君はいずれボスの肉体となる大事な子供。そんな子の頼みを聞かぬとあらば悪魔様の罰が当たる」

「じゃあ、わたしがいいっていうまで、みんなめをとじてて。ぜったいにあけちゃだめだよ」

 リーダー格の黒猫も含め、庭にいる全ての猫が目を閉じた。

 少女は笑みを浮かべながら一匹の白猫に手を伸ばした。そして、白猫がぎゃっと悲鳴を上げた拍子に、猫の何匹かが目を開けた。

「あー、だめっていったのにー。いまめをあけたひとたちは、みんなおしおきね」

 少女がそう言うと、目を開けた猫たちの悲鳴が順繰りに聞こえた。

「ふふ、おそろいだね」

 少女から許可が下り目を開けた黒猫は、思わず仲間たちから目を背けた。白猫を始めとした、目を開けた猫たちの右眼がくりぬかれていた。

 やがて、先ほど指示された三毛猫が白と黒の縞模様の猫を連れてきた。「封印は解いてあるな?」と黒猫が小声で訊き、三毛猫がそれに頷いた。

「君、その眼帯はいつから?」

 唐突に黒猫が問う。

「もうずっとまえから。よくかゆくなるんだけど、かいちゃだめだって」

「それは辛かろう。そうだ、君にいい物をプレゼントしてあげよう」

「プレゼント?」

 黒猫がたった今連れてこられた縞模様の猫に目配せした。縞模様の猫が前に出てくると、黒猫は相手の像を映さない濁った右眼を取り出した。

「これを、君に。これを右の眼窩に入れれば右眼でも物が見えるようになるし、痒くなることもなくなる。どうだい?」

「ほんとうにくれるの?」

 少女は猫の右眼を受け取り、眼帯を外して右の眼窩に嵌めた。

 と、突然少女の身体が痙攣した。

「あっ、あああぁぁぁ!」

 猫たちが少女を表情のない顔で凝視する。

 母親は背を向け、離れたところで洗濯物を取り込んでいる。少女の声は聞こえていない。

「なにか、はいってきた! や、やめ、あああぁぁぁ……」

 呻き声を上げていた少女ががくんと首を下ろして俯いた。

 猫たちは一瞬の変化も見逃すまいと、首を前に伸ばして前傾姿勢になりながら少女を見つめた。

 少女がふっと顔を上げた。

「だって」

 少女がぽつりと呟いたが、その先に続く言葉はなく、猫たちは誰もその意味を捉えられなかった。

「乗っ取り直後で意識がまだはっきりしないのかもしれないな」

 黒猫はそう呟き、少女の周りを一周して目が自分を追っているのを確認してから、

「ボス? 私たちのことがわかりますか?」

 少女は笑みを覗かせた。

「もちろん」

 猫たちの表情に歓喜の色が浮かんだ。

「ボス、では計画の次の段階に――」

「そのまえに、あとでみんなをここによんで」

「はっ。幹部たちのことですね?」

「ううん。みんな」

「みんな……つまり、我々悪魔教信者全員、ということですか?」

「うん」

「かしこまりました。直ちに」

 黒猫は仲間たちに指示を出すと、「では」と言って自分も姿を消した。

 少女が玄関へ向かうと、ちょうど洗濯物を抱えた母親が声をかけえてきた。

「もういいの?」

「うん。ねこさんはみんな、これからわたしのいうこときくの」

 母親はクスリと笑った。

「どうやって言うこと聞かせるの?」

「くっぷくじゅそ」

 少女は浮き浮きとした様子で家に入っていった。


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