016:あねさん、あねさん、強いのね。
ティスベの口調がだいぶ壊れてきています……一応、意図的、なハズ。
プルリと震えたら、またしても肩を抱かれそうになった。
それで私側の手を空けていたんだな!
懲りない男と無言の攻防をしている間も、姉と殿下の会話は進む。
姉さん、殿下のうそ寒さは無視ですか?
「お調べ頂いているのならば、既にご存知のことと推察申し上げます。我が家の内情はあまりに振るわず、やんごとなきお方をおもてなしすることなど、とてもとても……」
しかし、素晴らしい口上は、途中で遮られる。
「儀礼口調は止めなさいと言ったよね?」
「申し訳ございません」
先程とは違った冷気が漂ってきて、流石の姉も身を震わせ即座に謝罪した。
「で、端的に言うと?」
「お客様をもてなす余裕も無ければ、お部屋もご用意できません」
殿下が冷気を引っ込めたからって姉さん、ぶっちゃけ過ぎでは?!
目を剥く私など居ないかのように、殿下は姉に向けて安心させるように悪戯っぽく笑んだ。
「食材に関しては少し持ってきているから、それを調理してもらおうかな」
「しかし、料理人も家庭料理の域を出ないかと……」
渋る姉さん、頑張れ姉さん!
心の中で声援を送る私は、気付かない内に手の中のものを握りしめていた。
それをどう解釈したのか、隣から余計な助け船が飛び出す。
「夜食をもらったが、美味かったぞ?」
「はあ?いつの間に家の賄いを食べた?!」
反射的に斜め上を仰ぎ見た。
睨まれた方は悪びれもせず、あっさりと白状する。
「乳母を押し込んだ後、一息如何かと、そこの補佐?に供されたぞ?」
示し合わせたように、姉と二人で補佐をギッと見る。
もう、そのハゲ散らかった頭に同情なんてしてやらないぞ!
「お前の忠誠はどこにある!」
私の叱責が先に飛んだ。
その声を受け、補佐はゆるりと首を垂れる。
「勿論、御子爵家にございます。お取り潰しの憂き目を見たくなければ、隠密に協力せよとのお達しで……」
言葉が途切れ、胃を擦る。
ああ、それで胃が痛かったのか。
小心で苦労性な補佐に、やはり憐憫の念を抱いてしまった。
気勢を削がれ、姉とどうしようかと目を交わしていると、その視線は顔ごと逸らされる。
殿下の手によって。
「ダンディーニの口に合ったのなら問題ないよ。楽しみだな、君との食事」
わざわざ見つめ合って、無駄に何かを垂れ流すな!
と、言ってやれたらどんなに楽だったことか。
「この際ですから、殿下も無意味に薄ら寒い芝居がかったお言葉遣いは、止めて頂けないでしょうか?」
姉ぇぇえええっ!
真顔で殿下になんてことを言っちゃってるんだ!!
横で物足りなさそうにウロウロしていた手も凍る。
「善処しよう」
「その、多義的で空虚なご返答も」
「……中庸さを求められる立場であることは理解してもらいたい」
「わたくしは求めておりませんので」
「君には敵わないな」
殿下は何がそんなに楽しいのか、蕩ける甘さで微笑んでいた。
そして、一種異様な空気のまま居間から食堂へと移る運びとなる。
で、泊る所の話が宙ぶらりんなんですけど?