011:邂逅
足の傷は、補佐の薬草が効いたのか、だいぶ良くなってきている。
その補佐が、しきりに胃の辺りを気にしていた。
連日のこの屋敷を覆う何とも言えない雰囲気に、髪だけでなくとうとう胃までやられてしまったようだ。
唯一の朗報と言えば、母が殿下にお目見えし、直接オーナメントをお渡し出来た事だが、補佐は与り知らぬ事だ。なんの慰めにもならない。
申し訳なく思うが如何ともし難いため、気付かぬ振りをして手紙に目を通していた。
大して意味などないと分かっていながら、義妹への手紙にも全て。
そこへ、いつもより早い時間だが屋根裏から金切り声が上がる。
これは危険な徴候だ!
私は弾かれたように立ちあがり、包帯が巻かれた足を室内履きに納めるのももどかしく部屋を飛び出し、階段を駆け上がった。
ノックする間すら惜しんで戸を開けると、義妹が湯気立つスープ皿を振りかぶっていた。
咄嗟に皿の向かう先で蹲っている女中を抱き込む。
背に、義妹が投げつけた皿ごと中身がぶちまけられた。
幸い季節は冬、厚着なので体にまでは届かないが、皿が当った高さが丁度女中の顔の位置で、ぞっとする。
彼女に熱いスープが掛からずに済んで、本当に良かった。
手早く上掛けを脱ぎながら女中の無事を確認し振り仰げば、ここ最近はご機嫌だった義妹が、顔を真っ赤にしてブルブルと体を震わせている。
「乳母やは?乳母やはどこさ!」
そう喚き散らし、床が抜けそうな勢いで地団太を踏んだ。
未だ腰を抜かしている女中と目を合わせると、彼女は怯え青褪めた顔を左右に振る。
「そいつが、火傷しそうなスープを持て来て!乳母やなら、ちゃんと冷ましてくれるのにっ!!」
地団太では苛立ちが収まらないのか、手当たり次第に物を投げつけてきた。
今度は女中を背に庇った。
初めは軽い物だったのが、段々硬く重い物へと変わってゆく。
遂にフォークを振りかざした時、思わずギュッと目を閉じた。
痛みに備えて歯を食いしばり、少しでも浅く済むよう体に力を入れる。
その時――――
「俺の獲物に傷を付けるな」
低い恫喝の後、義妹の甲高い悲鳴が上がった。
この屋敷に居るはずの無い男の声が割り入ったことに驚いて義妹へ目を戻すと、手を捻り上げられてキィーキィー暴れていた。
押さえこんでいる腕はビクともしない。
背後の人物は、義妹に向けていたきつい眼差しを和らげ、私を見た。
「夜会振りだな。足の具合はどうだ?」
「……お陰様で」
「そいつは良かった」
拘束していた義妹を部下らしき男性に引き渡し、私に向けて手を差し出してきた。
「お前は、いつもこうして傷を増やしていたのか?」
私を引き起こしながら、心許なげな眼差しで全身を確認される。
何故か私の頬は羞恥に染まり、視線から逃れるように顔を俯けた。
その頬にそっと両手を添えられ、再び目線を合わせられる。
にやりと笑う一度会ったきりの男は、言い放った。
「やっと見付けたぞ、アンジェリーナ」
「誰がアンジェリーナだ!」
私は、反射的に突っ込みを入れてしまった。