第25話 拠点ツアー!
宿屋ヤリスの、記念すべき1日目。
ラムダは誰よりも早く起き、ぐっすり眠る仲間たちを起こさないよう気をつけながら、開かずの扉の近くから拠点正面の扉まで、ゆっくりと見て回り始めた。
彼の足と視線がいつしか止まったのは、ヤリスが壁一面にびっしりと書き記した〈必要なもの〉と〈やるべきこと〉のリスト。
そして、彼がここに落ちてきてから毎日一本ずつ引いてきた、55本の斜線だった。
「大したものだ……普通なら、ダンジョンに閉じ込められたら絶望してもおかしくない。それなのに、ここに適応して生き残るために、これほど努力したのか……」
ラムダはちらりと後ろを向き、石像の前のベッドに横たわるヤリスを見た。
眠るヤリスの顔には、子供のような笑みが浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
「おいしい!!」
【経験値 +10】
メイメイが声を上げた。
全員が起きた後、皆で食堂に集まり、ヤリスが作った朝食を食べ始めた。
ラムダの次に起きたヤリスは、目を覚ますなり、皆のためにごちそうを用意したのだった。
『時間がなかったから、肉とジャガイモを焼いただけだけど……皆おいしそうに食べてくれて、ありがたいな……これからは、手早く用意できる朝食も考えなきゃ!』
ヤリスはそう思った。
「ところでヤリスさん、一体こんなお肉、どこで手に入れたんですか?」
「そうだぞ! こんなにうまい肉は初めてだ! ははは」
肉を切って食べていたムジが不思議そうに尋ね、その言葉にラムダが続いた。
「はは……まあ……竜を一頭、仕留めたんですよ……」
食事中の一同は、ヤリスの言葉に一瞬固まったが、やがて一人、また一人と笑い始めた。
「ははは! ヤリス! ダンジョンの中で一人でいるうちに、ずいぶん冗談がうまくなったじゃないか?」
「はは……そうですか……」
ヤリスは気まずそうに笑いながら、頭をかいた。
ただ、メジだけは笑いもせず、鋭い目つきでヤリスを見つめるばかりだった。
「あ! それより皆さん、食事の後で、この辺りを少し案内しようかと思うんですが、どうですか?」
「おお、いいな! このダンジョンの中がどうなっているのか、かなり気になっていたところだ! 教えてくれ、ヤリス。このダンジョンは迷宮型か? それとも、通路型か?」
「はは……それがですね……」
◇ ◇ ◇
「こ……これは一体……」
「はは……俺も驚きましたよ、最初は……」
ヤリスはメイメイとラムダのパーティーを拠点の外へ案内した。
扉の先に広がっていたのは、信じられないほど広大な地下世界と、そこに息づく豊かな生態系だった。その光景を目にした七人は、思わず言葉を失った。
「驚いたな……こんなダンジョンの構造は、150年生きてきて、聞いたことも見たこともない……」
メジは声を震わせながら、天井から下へと視線を移し、周囲を見渡し始めた。
「あれが、あの『光り輝く塔』か……」
「え? 塔ですか? 柱じゃなくて?」
メジのつぶやきに、隣に立っていたヤリスが不思議そうに聞き返した。
「ああ、ヤリス君。それについては、追々お話ししましょう……」
「へええ、皆さん見てください! こんなところに羊が!」
メイメイの声に、全員の視線が彼女の指先へ向いた。
製錬炉の近くで、メェがひどく警戒しながらメイメイをにらんでいた。
「ああ、皆さん、紹介します。俺の友達のメェ……あれ? メェ、どこへ行くんだ!」
メェは森の中へ、素早く駆け込んでいった。
「はは、まだ皆さんに慣れていないみたいですね。俺も仲良くなるまで、かなり時間がかかったんですよ。とにかく! ついてきてください! 『地下世界ダンジョン』へようこそ!」
その後、ヤリスはこれまで自分が経験したことを話しながら、畑と堆肥の保管場所、水路と鍛冶場を見せ、本格的に案内を始めた。
「へええ?! これ、本当にヤリスが全部作ったの?! ここで?!」
製錬炉と炭焼き穴、金床やハンマーなど、ヤリスが合間に作っておいた鉄製の道具と鍛冶場を見たメイメイの目が、子供のように輝き始めた。
「うん……まあ、お前の小言がすごく役に立ったよ。本当にな~。こんなところで使うことになるなんて、夢にも思わなかったからな?」
「ええ……小言だなんて……今まで、文句も言わずに熱心に聞いてくれてたから、好きなんだと思ってたのに……」
輝いていたメイメイの表情が曇り、弾んでいた声もすっかり沈んでしまった。
「ヤリス……これはかなりまずいぞ?」
その様子を見たラムダが、首を横に振りながら言った。
「ああ! 冗談、冗談! ははは、俺だって鍛冶に興味があるからこそ、ここでもお前に教わったことを覚えてたんだよ!」
ヤリスの言葉に、メイメイの表情が再び明るくなり始めた。
「でしょ?! 鍛冶って、本当に楽しいの! 少し時間をかけるだけで、何百年、何千年と使われるかもしれない装備ができるんだから……装備を一つ完成させるたびに、世界に一つ、また一つと自分の痕跡を残していくみたいで、誇らしいっていうのかな……」
メイメイはヤリスが作った無骨なハンマーをなでながら、照れくさそうに微笑み始めた。
「ふっ……分かる気がするな、その気持ち。何かを作るって、楽しいことだよな……」
〈メェェ!〉
「いたっ!」
その瞬間、どこからかメェがものすごい速さで駆けてきて、メイメイの脚に頭をぶつけると、また森へ逃げ始めた。
「ははは、メェはお前が嫌いみたいだな、メイメイ」
「ええ……それはちょっと悲しいかも……」
会話をする二人の間に、炭焼き穴を見ていたラムダが木炭をひとつかみ持って入り、ヤリスの前に立った。
「それはそうと、ヤリス! この木炭を少し使ってもいいか?」
「あ、もちろんですよ、ラムダさん! でも、何に使うんですか?」
「ああ、風呂の湯を少し沸かそうと思ってな! やっぱり、二か月近く『水のクリスタル』でざっと体を洗うだけで過ごしていたから、臭いがな……あのテンの鎧なんて、もう腐った臭いがして、スライムが寄ってくるようになったんだぞ!」
「ラムダさん。発言には気をつけてください。板金鎧の通気性が悪いのを、私にどうしろと言うんですか。盾まで持ってダンジョンの先頭に立ち、様々な罠を防ぐのが、どれほど大変か分かりますか?!」
ラムダの言葉を聞いたテンは、すました落ち着いた口調で言い終えたが、その目には悲しさから涙がにじみ始めていた。
「ははは、お二人とも落ち着いてください。ちょうど、この近くにとてもいい場所があるので、案内しますよ」
「おっ! いい場所?」
「はい! 洗濯物も含めて、全部持ってきてください! 皆さん、気に入ると思いますよ!」
◇ ◇ ◇
ラムダとメイメイ、そしてパーティーメンバーたちは、拠点に少し立ち寄って洗うものや服を用意すると、ヤリスの後についていった。
ヤリスは皆の先頭に立ち、拠点の扉を出て、左手の森へ向かい始めた。
彼が皆を案内した道は、何かが強い力で押し通ったかのように、折れ曲がったり折れたりした木々が両脇に無造作に倒れているのに、どこか整えられているようにも見える道だった。
「……この木、切られてからまだ間もない」
後ろを歩いていたナランが、木の断面を調べて口を開いた。
「おい、ヤリス……まさか、この木はお前の仕業じゃないだろうな……?」
ラムダが不思議そうに尋ねた。
「ははは、まさか。まあ……道は俺が整えましたけどね」
そうして、もう少し歩くと、最初に鼻をくんくんさせたのはナランだった。やがて、その場の全員が温泉の匂いを感じ取れるようになった。
「まさか……あるの、温泉が?!」
メイメイは明るい顔でヤリスに尋ねた。
「ふふふ……まあ~、期待していいぞ~」
ヤリスの言葉を聞いた一同は、表情にこそ出さなかったが、誰もが温泉への期待に胸を膨らませていた。そして、森を抜けようとした、その時だった。
「……え……ええ……?」
「……これ……本当……?」
「あの肉が……本当に竜の肉だったのか?!」
「死んでから……あまり時間が経っていない」
真っ先に彼らの目に飛び込んできたのは、温泉のそばに横たわる、肋骨が何本か欠けた氷竜の骨だった。
一同は驚きのあまり言葉を失い、やがてその視線はヤリスへと集まった。
「は……はは、何というか~、氷竜ってやつが、温泉のそばで死んでいたんですよ……だから、傷む前に解体しただけです」
「何だ、ヤリス~。てっきり、一人で竜でも仕留めたのかと思ったじゃない!」
「ははは、そう? ははは」
メイメイとヤリスは、互いにぎこちなく笑い始めた。
「何だ、ヤリスさん~。そういうことだったんですか? ははは」
「一瞬、ヤリスさんは隠れた『ハイローラー』なのではと思いました」
二人のぎこちない笑いに、ムジとテンも加わった。
ただ、ラムダとメジ、そしてナランは、笑っている皆の後ろから、これまでになく真剣な目でヤリスをじっと見つめるばかりだった。




