第22話 あたたかな冬を待つ
今回で第1章最終回です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
皆様の応援もあり、順調に第2章執筆中です。
今後も、☆での評価やブックマークで応援よろしくお願いします。
秋の始まり。
王都を吹く風にも、少しずつ冷たさが混じるようになっていた。
夏に始まった暖房魔導具の研究も、いよいよ終わりを迎えている。
「……これで、正式採用ですね」
研究室に広げられた最終の設計図を見つめながら、リリアは小さく息を吐いた。
保存魔導具。
浄水魔導具。
灌漑補助魔導具。
そして、暖房魔導具。
“困っている人を助けたい”
そんな願いから始まった研究が、いつの間にか王都を越え、国中へ広がっている。
届いた報告書には、魔導具を導入した人たちからの喜びの声がいくつも記されていた。
そして今度は、暖房魔導具が冬を迎える人々のもとへ届けられる。
「……おばあさま」
ふと、幼い頃の記憶が蘇った。
『あなたの優しさで、たくさんの人を幸せにしてあげてね……』
その言葉を胸に魔導具に関する勉強に励んだ。
いつの間にか魔導具を作ることが好きになっていた。
魔導回路を組み、計算を重ね、昨日できなかったことが今日できるようになる。
それが楽しくて、夢中になっていた。
けれど今なら分かる。
研究は、作って終わりではない。
完成した魔導具が誰かの手に渡り、その人の暮らしを少しだけ変えて、その変化がまた次の誰かへ繋がっていく。
そこまで見届けて、初めて自分の研究には意味がある。
「研究して、作って、それで終わりじゃない」
リリアは、静かに設計図へ手を置いた。
「誰かの暮らしが変わるところまで、見届けたい」
その言葉を口にしたときだった。
「それが、君の答えか」
「……殿下?」
いつの間にかとなりにエーヴァルトが立っていた。
「いつからいらっしゃったんですか?」
「今来たところだ」
「本当ですか?」
「……少し前からだ」
「やっぱり」
リリアが苦笑する。
以前なら、こんなふうに気軽に笑うことはなかった。
王子と研究者。
男爵令嬢とは言え、身分を考えれば、当然だった。
けれど今は違う。
二人の間には、研究を通して積み重ねてきた時間がある。
食事を忘れるほど研究に没頭した日も。
失敗して研究室を水浸しにした日も。
王子の誕生日に、一緒に踊った夜も。
そして、「君の研究を守る」と言ってくれた、あの日も。
リリアはエーヴァルトを見る。
その瞬間、胸の奥が小さく跳ねた。
もう、誤魔化すことはできない。
この人と一緒にいると嬉しい。
声を聞くと安心する。
褒めてもらえると、誰よりも嬉しい。
困ったときに助けてもらえば、そのたびに心が温かくなる。
そして、離れていると……少し寂しい。
「……殿下」
「なんだ?」
「私、最近おかしいんです」
エーヴァルトが眉を寄せる。
「体調が悪いのか?」
「いえ、そういう意味ではなくて」
リリアは少しだけ俯いた。
「殿下が研究室に来てくださると、嬉しいんです」
エーヴァルトの表情が止まった。
「……そうか」
「はい」
「それは……」
珍しく、言葉が続かない。
リリアはそんな彼を見て、少しだけ笑った。
「殿下も、少し困っていらっしゃいますね」
「君のせいだ」
「私の?」
「ああ」
エーヴァルトは静かに息を吐いた。
そして、リリアの前に立つ。
「私は今まで、自分から何かを欲しいと思うことは少なかった」
「王子だから……ですか?」
「それもある。欲しいものがあれば手に入る。必要なものなら、誰かが用意する。そういう環境で育ったからな」
けれど、とエーヴァルトは続ける。
「君だけは違った」
「私……ですか?」
「君は、私が何者かなど気にしなかった」
リリアは目を瞬かせる。
「王子だからではなく、一人の人間として私に接した」
「それは……」
「そして、君は自分が何を成し遂げたかさえ、よく分かっていない」
エーヴァルトは苦笑した。
「君はもう十分王国で役に立っているというのに、すでに次は何を作ろうかと考えている」
「……だって、まだ困っている人はたくさんいますから」
「そういうところだ」
エーヴァルトの声が、わずかに柔らかくなる。
「私は君の才能を尊敬している。研究者としての君も好きだ」
リリアの心臓が、大きく鳴った。
「だが、それだけではなかった」
エーヴァルトは、まっすぐ彼女を見る。
「研究している君が好きだ。失敗して落ち込む君も、成功して嬉しそうに笑う君も好きだ。夢中になって食事を忘れるところは心配になるが……そんな君も愛おしいと思っている」
「殿下……」
「君が私を頼ってくれると嬉しい。君が笑っていると、私も嬉しい」
そして、ほんの少しだけ苦しそうに笑った。
「君が他の誰かと楽しそうに話していると、理由もなく気になることさえある」
リリアの頬が熱くなる。
「それが何なのか、ずっと考えていた」
エーヴァルトが一歩近づく。
「だが、もう分かった」
蒼灰色の瞳が、真っ直ぐにリリアを捉えた。
「私は、君が好きだ」
静かな研究室に、その言葉だけが響いた。
リリアは何も言えなかった。
嬉しい。
その気持ちが、胸いっぱいに広がっていく。
けれど同時に、信じられない気持ちもあった。
自分が……この人に……。
「……私も」
ようやく声が出た。
「私も、殿下が好きです」
言葉にした途端、胸の奥にあったものが、すっとほどけていく。
「殿下が来てくださると安心します。褒めていただけると嬉しいです。何かあったとき、真っ先に殿下に相談したくなります」
リリアは恥ずかしそうに笑った。
「だから……きっと、これが恋なんですよね」
「ああ」
エーヴァルトも微笑む。
「私も、そう思う」
しばらく、二人は見つめ合った。
王子と男爵令嬢。
本来なら、簡単には許されない関係なのかもしれない。
けれど今だけは、ここには、二人しかいない。
「リリア」
「はい」
「……触れてもいいか?」
リリアは頬を赤くしながら、小さく頷いた。
「はい」
エーヴァルトの手が、そっと彼女の頬に触れる。
その手は、思っていたよりずっと優しかった。
そして、ゆっくりと距離が縮まる。
唇同士が触れたは、ほんの一瞬だった。
それでもリリアには、世界が変わったように感じられた。
離れたあと、二人とも何も言えない。
ただ、どちらからともなく笑ってしまった。
「……なんだか、変な感じですね」
「そうだな」
「難しい計算をしていても平気なのに」
「君らしい感想だ」
エーヴァルトが笑う。
リリアも笑う。
その笑顔を見ながら、エーヴァルトは思った。
この笑顔を、これからも守りたい。
研究者としての彼女の未来も。
一人の女性としての彼女の幸せも。
どちらも諦めるつもりはなかった。
「リリア」
「はい?」
「これからも、研究を続けるのだろう?」
「もちろんです」
即答だった。
「まだ作りたいものがたくさんありますから」
「なら、私も付き合おう」
「……お忙しいのでは?」
「忙しい」
「では……」
「だが……」
エーヴァルトは、少しだけ笑った。
「君のそばにいたい」
また胸が熱くなる。
「それに、君が作るものを一番近くで見ていたい」
「……では、約束です」
リリアが手を差し出す。
「また一緒に、作りましょう」
エーヴァルトはその手を取った。
「ああ。約束だ」
窓の外では、秋の風が静かに木々を揺らしている。
もうすぐ冬が来る。
けれど、この冬はきっと、以前とは違う。
誰かの暮らしを暖める魔導具が、各地へ届けられる。
そしてリリア自身もまた、一人ではない。
自分の研究を信じ、守ってくれる人がいる。
隣にいてほしいと思える人がいる。
王子直属の研究者として始まった新しい人生は、いつの間にか、彼女自身が望んだ幸せへと繋がり始めていた。
リリア・エーデルの研究は、まだ始まったばかりだった。
彼女の魔導具が王国を変えていくように。
二人の恋もまた、これから少しずつ、新しい未来を作っていくことになる。
読んでいただきありがとうございます!
今回の話、面白いと感じたら、下の☆☆☆☆☆の評価、ブックマークにて応援していただけると励みになります。
今後ともよろしくお願いします。




