PART2
清々しい風が吹いて、顔を上げると木々の枝葉の合間に青い空が広がっていた。どこまでも続く空が。
地上がどんな風に変わっても、空だけはいつも変わらない。
そんな空をぼんやりと見上げていると、大きな翼が影を落として飛んでいった。きっと退屈なのだろう。
追いかけてやらなければへそを曲げてしまう。そうなれば面倒だ。また海まで行ってクジラを取ってやらなければならなくなる。中々に酷な仕事だ。
傷は癒えた。またヒトが襲ってきても戦えるだろう。
また大空に羽撃いて、安心させてやらなければ――
「――ご、が……っ」
思わず引きつって出た声。
自らの声と体の痙攣に驚いて目を醒ましたベイクがいの一番に視界に収めたのは、目を丸くして口を開けたままにしているコウメの間抜け面だった。
「ああーーーーっ!!」
「ああーーーーっ!?」
そして突然コウメが大声を上げたものだから、驚いたベイクもまた大声を上げてしまい、すると叫びながらコウメは駆け足で部屋を出ていってしまった。
部屋に一人になったベイクはコウメが出て行った出入り口をしばし呆然と見詰めたのち、自らが寝かされている布団と部屋を見渡し、ここが伝々亭であることを知った。
「……どうなった……?」
思わず口に出す。おかしな夢もそうであるが、戦いの記憶が途中からベイクには無かった。
ずっしりした掛け布団の中に入っている自らの右手を引っ張り出して眺める。砕かれた鱗など一枚もなく、折られた手足も思い通りに動くし痛みも無い。
よもや一から十まで全て夢だったのではないだろうかとベイクは思って、かっと体が熱くなる。
そうしていると彼の耳にどたどたという騒々しい音が複数届き、右手に落としていた視線を部屋の出入り口へと向けた直後、コウメが開けたままで出て行ったそこからガウスとロック、そしてレアが揃って顔を出してベイクを凝視した。
しばしのお見合い。ベイクはなにを言おうと迷ってとりあえず「……あ」と声にしたが――
「ああーーーーっ!!」
ガウスとロックが同時に上げた声はコウメと同じものだった。
呆れてしまったベイクはさっきの通り、しかし覇気の無い、気の抜けたような声で「ああ~~~~……?」と返す。いったいなんなんだと言うように。
「起きてんじゃねえかよ、おい! 大将~っ」
「無事で良かった。痛いとことかないのか?」
「今な、今。コウメちゃんとレンさんがメシ作ってるからな。できたら持ってきてくれるってよ。腹減ってんだろ?」
「ずいぶん深く寝入っていたから、結構心配したんだ。今、コウメとレンさんがごはん作ってるからさ。お腹空いてるだろ?」
ばたばたと部屋の中に押し入って、ベイクが腰を据えている布団の左右に陣取ったガウスとロックがぎゃあぎゃあとまくし立てる。ベイクは好き好きにものを言う二人ではなく、入ってこないレアへと目を向けた。
するとレアはベイクと目が合うとなにか言いたげに口を開くが、すぐに閉ざして廊下の奥へと去ってしまう。
彼女の態度にベイクが首を傾げていると、彼の頭にぽんと手が乗せられた。
「とにかく、良かったぁ……」
くしゃとベイクの赤い髪を雑に撫でながら、安堵の溜め息とともにガウスが零した。ロックも腕組みして何度も頷いている。
それぞれを見て、そしてベイクは言った。
「なにがあった?」
ガウスとロックが顔を見合わせる。




