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PART7

 無理せず応援を待てば良い――ずたずたに引き裂かれた地面。打ち砕かれた家屋。瓦礫の影に身を潜め乱れた呼吸を調えながらガウスはそう胸中で呟いた。


 彼が相対するジョウの力は凄まじく、杖の一振りで地面が抉れ、蹴りの一つが家を吹き飛ばす。

 魔術障壁は頑強、その身のこなしは鳥のように軽い。


 まるで“異邦人”の如き理不尽な力の前にガウスの闘争意欲は萎えかけていた。ベイクが早々に決着をつけてくれるか、ロックが追い付いてくれれば、本物の“異邦人”であればあの化け物を倒せるかもしれないと。


「……いや、ないな」


 あれやこれやと誰かの顔を思い浮かべた末、ガウスは呟く。

 それからなんのために自分はここにいるのかを彼は考えた。


「……俺は、俺だろ? なぁ、ガウスよお」


 俺は親父じゃねえ――ガウスは腰のポーチから弾丸を取り出す。薬莢やっきょうに彼岸花の彫刻がされた弾丸。


 彼はそれを手際よく長銃の薬室へと押し込み、弾薬を衝撃で炸裂させるためのレバーを引いた。良く調整されていて、抵抗は少なく音も静かだった。


 彼は長銃を夜空へと向け、そして引き金を絞った。

 がおんっと銃口が吼え、赤い閃光が空へと昇ってゆく。

 その光景を、ガウスを見失っていたジョウが見上げていた。


 なんだ――と赤い光弾を見ながら怪訝に思ったジョウが、光が打ち上げられた地点を予測しつつ警戒を強める。

 ガウスの居場所は分かった。しかし何故居場所を晒すような真似をしたのかが気掛かりだった。


 打って出るべきか、様子見をするべきか。

 ジョウの思考がそこで一瞬、足を留めた。


「なぁ〜に、考えてんのっ」


 そのほんの刹那的な迷いにつけ入ったガウスの長剣の切っ先がジョウの喉元へと迫る。


 この戦闘でガウスの身体能力が非常に高いということを理解していたジョウであったが、瓦礫から飛び出し瞬く間に両者の合間にあった距離を詰めたガウスの速度は彼の予想を凌いでいた。


「……だが、“狐眼こがん”は冴え渡っている!」


 ぎらりと輝きを放つ、狐の白面はくめんに朱い隈取くまどりで縁取られた双眸。“狐眼”と呼ばれる、見えない獲物すら見透かし捕らえる狩人としての眼がガウスの一挙手一投足に注視し、ジョウの視界の中でゆるりと淀んだ。


 ガウスが追い詰められた一番の原因がそれだった。だが、だからこそ彼は罠を張った。捨て身の罠を。


 狐眼の見切りによって長剣の切っ先を半身開いて避けつつ、反撃の杖による刺突をガウスへと放つジョウ。

 しかしその直前、二人を赤い閃光の雨が襲った。


「が……っ!?」


 その閃光に両者ともに打たれ、体勢を崩したジョウの刺突はガウスの頬を掠めるだけとなり、しかしガウスだけは苦痛を堪え、もう一振りの長剣をジョウへと差し向けた。


「も一つ! どおだあっ」

「こいつ……!」


 長剣に青い光が灯り、巨大な刃を形作る。

 その光の大剣を見て、ジョウはガウスの“正体”に気付いた。彼の優れた身体能力にも、それで納得がゆく。


 肉薄した状態では障壁は機能しない。身のこなしも体勢が崩れた状態では活かせない。ジョウは左足を地面へと叩き付け、その反動で飛び上がり刃の回避を試みる。


 だが元々無理な体勢からの跳躍であり、すでに刃も迫っていたため、伸び切った左足は逃げ切ることができず切断。


 激痛の中、それでもジョウは右足の翼をうって宙空で姿勢を整えると右足のみで着地を成功させる。

 二度と近付かせまいと狐眼によりガウスを睨んだジョウだが、ガウスは長銃を彼へと向けていた。


「ちっ……」


 放たれた赤い弾丸。ジョウの狐眼はそれの軌道をはっきりと捉え、危なげ無く避けてみせる。

 追撃が来るかと彼が身構えて、そして彼は背中に重い衝撃を受けた。死角からの予想外の奇襲であった。


 弓のように背をしならせ、片足では到底堪えきれずに倒れ込もうとするジョウへとガウスが迫り、長剣で斬り上げる。

 間一髪、左腕の障壁で受け止めたジョウの体が跳ね上げられる。


「参ったしろよ!」


 強引に起き上がらせられたジョウの胸へとガウスの上段蹴りが突き刺さり、突き飛ばされたジョウは背中から地面に叩きつけられる。


 膝下から切断された左足からはおびただしい出血があり、放っておけば失神したのち死に至るだろうと思えた。

 しかしジョウはすぐ跳ね起き、右足だけで立ち上がると果敢にガウスへと襲いかかる。それがガウスへの返答でもあった。


 もう元の機敏さも速度もジョウには無かったが、杖による一撃の威力は健在。舌打ちを鳴らしてガウスが杖の一振りを躱すと、やはり地面が粉砕された。


 だが消耗したジョウでは自らの力を制御できず、杖を振り下ろしたところで合間が出来てしまう。そこへガウスの蹴りが叩き込まれ、ジョウの顔面から白面が砕けた。


 右足の翼を広げ、飛ぶようにガウスから距離を取るジョウ。すかさずガウスは長銃を突き付け引き金を絞る。

 すると射出されるのはやはりか赤い弾丸で、狐眼を失ったジョウがそれをなんとか障壁で弾き飛ばすと、彼方へと飛んでゆこうとしていた弾丸が炸裂を起こし、そこから無数の閃光弾が生み出されジョウへと再び向かった。


「やはり、この魔術――!」


 最初の奇襲。そして背後からジョウを襲った攻撃。

 全てはガウスの放った弾丸から生じたものだったのだ。


 一度目は空に打ち上げた一発。ジョウはそれを仲間に応援を要請する信号か何かだと勘違いしていた。二度目はその一度目の奇襲を誤解したために生じた油断ゆえ。


 全て手遅れであった。ジョウはガウスが仕掛けた捨て身の策にまんまと踊らされ、いまや閃光弾を防ぎ切る余力も無い。


 分裂した閃光弾たちを障壁で受け止めるものの、数発を防いで障壁は消失。残る数発がジョウを直撃し、右足の翼すら撃ち抜かれ墜落した。


 どうやら貫通力を付与されていないらしい閃光弾。おそらくガウスが自らも巻き込まれることを考慮してそうしているのだろうが、そのぶん打撃力は凄まじい。


 そんなものを数発纏めて、強かにくらったジョウの骨格はひび割れ内臓は体内をのたうち回り、口から胃の内容物と血を混ぜた吐しゃ物を彼は撒き散らす。


 そこへと歩み寄るガウス。彼は長剣を地面に這いつくばるジョウへと突き付け「いい加減にしないと、ほんと死んじまうぞ」と声を掛けた。


 大量失血によるショックでジョウの意識は飛びがちで、彼の視界はかすみがかかり暗黒が迫り始めていたが、ガウスを見上げる瞳はいまだに闘志を宿していた。


「生きてりゃいくらでもやり直しできんだろ。バカみてえじゃねえか、こんなんで死ぬのなんか。そこまでする必要あるのかよ」


 ジョウのその眼を見て、ガウスが表情を歪めると訴えかける。


「……オレの全て、なんだ……」


 するとジョウがぽつりと、焼け爛れた喉かられた声で零した。直後、右手にした杖をガウスへと突き出す。


 バカだぜ、あんた――ガウスがジョウに突き付けていた長剣にまた青い魔力が灯り、予備動作の一切が無い大剣の形成とともに瞬く間に切っ先が延長される。


 それがジョウの額と言わず顔面を貫き、思考を途絶えさせた。杖は惜しくもガウスの喉元へと届く直前で停止していた。


 思わず吐き捨てた言葉に嫌悪するように溜め息を吐いたガウスが力無く崩れたジョウから目を逸らす。


「ほんっと、なんでさあ……俺ってば、こうなんだ……」


 そんなことを夜空に呟きかける中、「ガウスっ」と追い付いてきたロックの声にガウスが振り返る。

 いけねえと目元を擦り、それから駆け寄ってくるロックを見たガウスは「早かったな」と笑い掛けるのだった。

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