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PART6

 その拳は砲丸の一撃に匹敵しうる威力を秘め、そしてゼンはその一撃必殺の拳を機関銃の如く連射してくる。


 ロックが作り出した氷の壁は人一人を閉じ込めることが可能なほど分厚かったが、ゼンの“鬼の腕”による拳の連発の前には水溜りに張った氷のように脆く崩れ去る。


「なるほど」

「ああ? なぁーにが、ナルホドなんだあっ!?」


 足元に氷塊を生じさせ、それを一瞬で巨大に育て上げ迫るゼンから逃れるロック。


 しかしゼンの拳が氷塊を微塵に砕き散らし、足場を無くしたロックは宙空で姿勢を立て直しながらも身動きが取れなくなってしまう。


「そぉら、砕け散れぃっ」


 そこへとゼンが躍りかかる。彼は鬼の腕で地面を殴りつけ、反動で自らを跳び上がらせたのだ。


 宙空で旋回し、拳を構えたゼンがロックへと致命必至の右拳を突き出した――その刹那、舞い散る細かな氷の破片たちから鋭い氷柱《つらら》が伸びてゼンの胴体を次々に穿った。


 息の詰まったような悲鳴がゼンの喉から口の外へと転がり出て、鬼の腕の拳はロックの顔面を僅かに逸れて頬に一筋の切れ込みを刻んだだけ。


 落下が始まり、苦も無く着地を果たしたロックとは裏腹にゼンは地面へと墜落。全身を穿《つらぬ》いた氷柱からもたらされる激痛に彼は身動き出来なくなっていた。


 ロックは太刀を鞘へと収めながら、地面に這いつくばるゼンを見下ろしながら彼の問いに答えるのだった。


「なるほど、右腕以外は普通なんだな……って」

「テメッ――ぐぅぅっ」

「内臓は避けてある。下手に動いたりしなければすぐに死んだりしないだろうから、大人しく――」


 良いこと聞いたぜ――ロックの言葉を遮って、ゼンがなんと立ち上がった。氷柱を赤く染め、唇を逆流した血液で真っ赤に彩りながら、痛みを堪え、鬼の腕を構えながら。


「ガキがっ、ナメんじゃねぇ……!」


 ずんと重々しい一歩を踏みしめたゼンの顔が紅潮し、表情が強張ってゆく。こきん、ぱきんと骨が鳴るような小気味良い音が響き始める。異様な雰囲気に、ロックの表情までもが強張る。


「“酔之宮”は俺の家なんだよ。ジョウは可愛い弟分、親父は文字通り親父だ――!」


 もう一歩踏み出した足が地面を踏み抜いた。ゼンの体がみるみる膨らんでゆく。氷柱が体から押し出され、出血が止まる。


 むくんだ顔にゼンとしての面影は無く、額にはこぶのようなものが二つ。


「テメエら何ぞに潰されて堪るか! “竜宮”がなんだ! “白面”がなんだ! “酔之宮(おれたち)”が飲み込んでやる!!」


 侵食――そのような言葉がロックの脳裏に過った。

 ゼンの体はまるで鬼の腕に合わせるように今や二回り近く巨大になり、はち切れた白服から露わになった肌は茹だったような真っ赤。そして額のこぶは今や立派な“角”に変化し、金色の双眸が燃えるように輝きロックを見下ろしていた。


 歪な調子で咆哮したゼンが振るった《《両腕の》》鬼の腕は風を切り、周囲を砕き、破壊の嵐となってロックを飲み込まんと迫る。


「潰れろぉおっ」


 ロックの後退に嵐が追い付き飲み込んだ直後、両の鬼の腕が彼の左右の地面を抉り取り動きを封じ、それから組み合わされた二つの拳が槌のようにロックの頭上に振り下ろされた。


 ずんとその一撃は地面を震わせ、あまつさえ着弾地点に陥没を生じさせる。後退は間に合わず、左右への回避を封じられたロックは、さらに頭上から降り掛かる攻撃を躱すことが出来ない。


「……なる、ほど……」

「う゛ゔゔぉぉぉおおおっ!!」


 故に甘んじて“鬼のゼン”の拳槌を、頭上で交錯させた両腕で受け止めたロックの肉体に圧力が衝撃と伸し掛かり、骨格が軋みを上げて内臓が震え上がった。


 瞬間的に血液が端々に追いやられ、目や口、鼻といった人体の穴という穴から噴き出す。

 それでも“異邦人”としての恩恵を受けるロックは絶命せず、耐え切るとともに微かに口角を持ち上げ、呟く。


 それに反応したわけではないだろうが、獣地味た咆哮を上げて、拳槌を解いたゼンが両腕を垂らして佇むロックへと相変わらずの拳の速射を連発する。


「……魔眼、開放」


 デモンズ・オーバーロード――ロックがそう唱えるのと、拳の連打が彼を襲うのはほぼ同時だった。

 その時点ではまだ、ロックは納刀した太刀の柄に指先すら触れていなかった。しかし……


「ぐ、ぁ……おお、ぁぁあっ!!」


 ゼンの両腕が勢いで彼方へと吹き飛んだ。

 悲鳴を上げてひっくり返ったゼンの両腕は前腕の中ほどから消失しており、大量の鮮血が剥き出しになった筋肉に押し出されて噴き上がる。


 持ち上がる頭。血走った両目の、金色の瞳がロックを捜す。彼は変わらず、同じところにいた。

 だが、彼は同じではなかった。


「あんたは強い。愉しかったよ」


 そう告げるロックの肌は青白く、銀と黒だった髪は毛先に黒を残して全て銀色に染まり、茶色かった双眸は右目のみ、紫色の光を輪郭に纏う金色に変わっていた。


 紫色の光は目元から体へと溢れ出していて、それが辿り着く、いつの間に抜いたのか抜身の太刀を握るロックの右腕は刺々しい殻に覆われるようになっていた。


「お、おぉおお――っ」


 異様な姿へと変化したロックを前に、しかしゼンはもがきながら起き上がり襲いかかる。


 両腕を失い、残された武器は肉体のみ。単純ながらも巨大で大質量のそれを、大木のような足で勢い良く打ち出す。その威力は拳の一撃など優に凌ぐはずだ。


 密度も高く、腕のようには両断も出来ないだろう。

 何よりも溜めに溜め込まれた膂力の爆発を受けてゼンは打ち出されるのだ、それに反撃を合わせるというのは至難。


 やがて、遂にゼンが渾身をの力を解き放った。

 彼の足元の地面が深く抉れ、後方に吹き飛んだときにはもうそこにゼンの巨体は存在せず、彼はすでにロックと間一髪の距離にあった。


「火焔刃――」


 ゼンの肉体がロックを打ち砕いた――が、それはまるで幻のように掻き消える。ロックのその言葉と鍔鳴りの奏は、ゼンの背後からのもの。


「――夕凪《ゆうなぎ》」


 肉体の変化した部分が塵のように砕け散り、佇み独り言ちるロックの姿が元の人間としての形に戻る。

 そして二度とゼンの方に振り向くことなく、彼はベイクたちが向かった方角へと駆け出した。


 それまで戦場だった場所には静寂が訪れ、ゼンだった巨人は今、正中線から両断されそれぞれの肉塊は物言うことなく通りに転がるばかりであった。

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