PART5
ベイクの振るった拳が、蹴りが火炎と爆発を伴って黒服たちを消し飛ばしてゆく。
今や一人。しかし怖気づいてなどいられず、白服とレアの匂いを追って彼はボトムを走った。
「っ……レアぁあっ! 返事しろぉーっ!!」
黒服に包囲されたとき、ベイクが地面を殴りつける。すると拳から溢れ出た火炎が放射状に拡散し、黒服たちを纏めて焼き払った。
そうしてからありったけの力を込めて彼がレアの名を咆哮すると、呼応するように手足から炎が噴き上がった。
「――ベイクっ」
ちろちろと地面で揺れる火の中、降り注いだ声のした方へとベイクは振り向いて、そして二階建ての家屋の屋上でその姿を見つけるのだった。
「ぅえ〜んっ、ベイクぅぅ〜っ」
声の主はレアその人。
しかし彼女は何やら紫色の光を帯びる怪しげな鎖に縛られていて、手も足も出ないような状態にされて半べそだった。
そのうえ、傍らには白服のレゲイルがおり、彼はレアを縛る鎖を持ち上げて彼女を吊し上げながら屋上より身を乗り出し、不敵な笑みをたたえてベイクを見下ろす。
「よお、兄ちゃん。随分派手じゃねえかよ、おい」
そんな風に呼びかけるレゲイルに一瞥くれたのちベイクはレアを見て微笑を浮かべ、そして言った。
「レア、なんともねえか?」
「これ見てなんともないとかっ、あなたの目はフシアナですか!」
「……ああ、なんともなさそうで安心した」
「ベぇぇイぃぃクぅぅっ!!」
きぃきぃと憤慨するレア。するとそんな彼女を後ろにやって、レゲイルが再び声を上げた。
「無視なんざ非道えじゃねえか。俺も混ぜろよ」
「あんたはどーだっていーんだよ。そいつ置いてさっさと消えろ」
「おうおう、勇ましいねぇ……」
元気があってよろしい――がははと自らを歯牙にもかけないベイクを見て豪快に笑ったレゲイル。
しかしレアを放すような気配は無く、ベイクが四肢の熱を上げ始めたときであった。レゲイルは驚きの台詞を口にした。
「だが、このお方を前にしてもそう調子付いていられるかな……? この、“竜狩り”ゴルドンを前にしてなあっ」
“竜狩り”ゴルドンの名前が出た刹那、ベイクの表情が凍てつき、レアもバツが悪そうにうつむいてしまう。
そして屋上の奥より歩み出てきた、片方だけ垂らした前髪が鬱陶しげな金髪の男――
「ご紹介に預かりました、ゴルドンでぇす。久しぶり」
以前ベイクとレアの村を襲撃し、竜人たちをさらっていった“竜狩り”部隊の一人にして、二人を蹴散らしたその男の名前はゴルドン。
彼は縁に足をかけるとベイクの覗き込み、笑みを携えて馴れ馴れしくも挨拶をした。当然ベイクからの返事はなく、「失礼な奴だ」とゴルドンは肩を竦める。
無言でゴルドンを睨んでいるベイクに、彼は言う
「もっとこう……なんでお前がっ! とか、どうしてお前がっ! って、これは同じか。なんにせよ、なんかないのかねぇ、感想とかさぁ?」
ぶっコロしてやるっ――と喚いたのはレアだったが、件のベイクは落ち着き払った様子であった。
それはゴルドンが不審がるほどで、不思議そうに唸り小首を傾げるゴルドンにベイクは告げる。
「ヤル気ねぇなら失せろ。これで良いか?」
火の粉を吐息に乗せ、つまらなさそうに告げられたその言葉にゴルドンは目を見張り「くはっ」と堪えきれなかった笑声を吹き出した。ベイクは彼のその態度にこそ眉をひそめる。
「くふふふっ……いやいや、失敬失敬。ベイクくんとやら、少し……大きくなったかな?」
「あ?」
「アハハハッ、こりゃまた失敬した。悪くない。六十点をあげようじゃないか。んふふふ、ふふっ。あぁ……悪くない」
どうにも笑うことを抑えられないらしいゴルドンは片手で顔を覆いながら、もう片手をベイクに差し向けひらひら踊らせる。
馬鹿にされているように感じて、ベイクが舌打ちを鳴らしたころ、二人のやり取りを静観していたレゲイルが妙な雰囲気を感じ取りゴルドンに訊ねた。
「“竜狩り”殿、この娘の報酬……」
「んん〜? あぁ、はぁいはぁい。そうでしたそうでした」
レゲイルの方を見るといくらか可笑しさから開放されるらしく、ゴルドンは柏手を打ってレゲイルの方へと歩み寄る。そして彼の肩にぽんと右手を覗き込むと笑顔で顔を覗き込み、こう言うのだ。
「気が変わった」
「なにっ、を……?」
「よぉく考えてみたら、“リュウグウ”分家のお方は我が“帝国”にとっても敵のようなものでだね」
「ですからっ、その事はこの娘を引き渡すということで……」
「いやぁ、スマン。やっぱり良くないだろう、敵から賄賂なんて受け取っては」
顔を青くしてゆくレゲイルと、真面目な顔をして言うゴルドン。
二人のやり取りを側で聞いていたレアもまた困惑し始めたころ、彼女の側に白装束をしたエルフの女が姿を現した。
突然出現した彼女にレアが驚きの悲鳴を上げる。
気付いたレゲイルが慌ててレアへと手を伸ばそうとして、ふわとレアはエルフの女とともに地面を滑るようにして後退。レゲイルの手は虚空を掻いた。
「テメェっ、この……!」
「ここからは私が仕切らせてもらおう」
おべっかを止め、レゲイルが敵意を顕に、眼前を悠然と歩いてエルフの女とレアの方へと向かうゴルドンに向けた。
そうこうしている内にも、屋上へと足の炎を爆発させ、その勢いで跳んだベイクがやって来る。ベイクとゴルドンたちの合間にレゲイルは取り残されていた。
「騙しやがったな、クソガキがあっ」
「元々敵同士――だろぅ?」
役者は揃った――ぱんとゴルドンが一度柏手を打ち、ベイクとレゲイルの両者を視界に捉え、そして口角を釣り上げ告げる。
「ベイクくぅん、愛しのレアちゃんを返してほしかったらその男を倒したまえ」
まずはベイクに向けて。
「レゲイルさぁん、あんたが彼を捕まえることが出来たなら、二体の竜人の報酬として邪魔者は私が責任持って排除しましょう」
次にレゲイルに向けてそれぞれ告げると、へらへらしながらゴルドンは二人に向けて「はい、はじめぇ」とまた柏手を打った。
なんの余興か、戯れ言なのか。
判断に窮する二人は沈黙を生み、どかりとゴルドンはその場に腰を落とし座り込んでしまう。
「どうしたね。二人とも引くに引けんのだろう?」
さぁ、やったやった――いつまでも突っ立っている二人を、如何にも投げやりな調子でゴルドンが戦いを促した。
ベイクが文句を言おうと口を開こうとして、その直前に「ちっくしょうがあぁぁあっ」と叫んだレゲイルが身を翻し、遂にベイクへと襲い掛かった。




