PART9
“酔之宮”は“異界”由来の奇っ怪な魔術を使う。
ロックはベイクとガウスへとそう忠告するが、ガウスはともかくベイクは「そんなモン関係ねえ、叩きツブす」と左の手のひらに右拳を叩き付けて意気込む。
「あんま先走りすぎないでくれよお?」
両肩に短剣、両の腰に長剣を提げ、背中に長銃を背負ったガウスはしかし、ベイクほど血気盛んとはいかないようだった。
手にした投てき用の鏢をブーツへと仕込み終えて立ち上がったガウスの発言をベイクははんと突っぱね言う。
「だったらちゃんとついてこいよ」
「あのねぇ、少しは年長者を尊重しろっての」
「けっ、さっさといこうぜ」
腰に両手をかけてベイクの物言いに呆れるガウスの前を、件のベイクはやはり鼻を鳴らして通り過ぎていった。
やれやれとかぶりを振って長い赤毛に包まれた頭を掻いたガウスもなんだかんだベイクを叱るでもなく彼に続いく。
すでに戸を開けて待っているロックが二人の後に続く形で“伝々亭”を後にしようとして、すると玄関先までついてきていたレンが三人に声を掛け引き留める。
ベイクらが何事かと振り返るとレンが隣のコウメへと目配せし、頷いたコウメがぴょんと一歩前に出て、そして両手に持っていた火打ち石をかちかちと叩いて火花を散らす切り火を行った。
「いってらっしゃいませっ」
「ご馳走、用意してお待ちしてますからねえ」
お辞儀をするレンと元気良く手を振るコウメ。
ガウスが人差し指と中指の二本による敬礼を返し、ロックは微笑して目礼。
そしてベイクも、二人の見送りに何処か村の家族の姿が重なって、特に懐かれたコウメに対し憂いの混じる笑みを浮かべながら小さく、そしてぎこちなく手を振り返すのであった。
「……レンさんのご馳走だ。みすみす食い逃すテはねぇぜ」
「おう、レアのバカ取り返してなんとかってヤツらをボコ殴り」
「夕飯前の運動には持って来いだな」
目指すはクラリス北東部。富めるものとは太極のものたちが肩を寄せ合い慎ましく暮らす場所。
狙うは貧しくとも穏やかな生活を隠れ蓑とする不逞の輩。
ベイクが打ち合わせた両拳の合間に小規模な爆発が生じ、白煙が上がった。これが反撃の狼煙となる。
1
「クソが、あの野郎……俺の腕を!!」
一度は追っ手を警戒して散り散りになった“酔之宮”の面々はクラリス北東の街であるクラリス・ボトムに再集結し、レゲイルを始めとしたゼンとジョウの白服三人も顔を合わせていた。
古びれた一室では照明魔導器が天井にぶら下がり、頼りない光で酒瓶の転がったテーブルを囲む三人を照らしている。
唯一負傷し右腕の肘から先を喪失したゼンは、残った左手に握りしめた酒瓶をテーブルへと叩き付け叫んだ。
その勢いでレゲイルとジョウの前に置かれたグラスが踊るように跳ね、するとレゲイルが倒れそうになるグラスを押さえつけながら「落ち着かねえか」とゼンをたしなめた。
「儂らにゃまだ“竜宮”の後ろ盾が残ってんだ、“お上”も儂らのことを認めてる。返礼ならたんまりしてやろうや」
そのために今はひとまず息を潜めるんだとレゲイルが告げると、子分であるゼンは黙るしかなくなる。
二人のやり取りをグラスの中の琥珀色を口に入れながら沈黙して見ていたジョウは察する。レゲイルの言葉には嘘があると。彼の言う“竜宮”の後ろ盾などもはや無いのだと。
“竜宮”は“酔之宮”を含め分家のことなど歯牙にもかけていない。一つ潰れたなら二つ作れば良いし、“竜宮”にはそれを為すだけの力がある。
襲撃者の追撃は自分たちでなんとかしなくてはならない。
生き延びさえすればまだ再建は可能――ジョウが掛けた眼鏡が照明の光を反射して輝く。
「ジョウ坊や」
やがてレゲイルがジョウへと声を掛け、ジョウは無言で一つ頷くと、それから応えた。
「すでにボトム各所に“上等式神”の配置は済んでます。連中が現れればすぐにでも迎撃戦になるでしょうから、我々はその間に……」
「流石だぜジョウ。テメェほどシキガミの扱いが上手いヤツは見たことねぇ」
「あとはその無愛想さえなんとかすりゃあ一人前だ」
資金源たる女郎は彼らの手元にあり、クラリスを離れるための手配が整う時間さえ稼げば“酔之宮”は復活する。すれば“竜宮”との繋がりも元通りだ。
必ず生き延びる――白服三人が決意を一つにし、同時に酒を煽る。
すると部屋への扉が叩かれ、ゼンが入室を許可すると入ってきたのは式神である黒服だった。それは何故かレアを一緒に連れていて、三人が顔をしかめた。
そして黒服がばつが悪そうにしているレアの右腕から魔導器を取り上げる。そうして見る間に変貌を遂げたレアの姿に三人は愕然としたのち、不敵な笑みをたたえたのだった。




