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PART5

「その子は関係ないでしょ!? 放しなさいっ」


 巨漢に威圧されながらもレンは気丈にコウメの解放を眼鏡の男へと訴え掛けた。

 眼鏡の男はうつむきがちに、額に浮かぶ脂汗をハンカチで拭いながら言った。


「貴女が悪いのですよ、貴女が……。僕とてこんなことはしたくない。けれど、あの化け物を止めるためにはこれしか無い」


 そして獣人へと目配せすると、獣人は頷き暴れるコウメを抑えつけながらこの場を後にしようとして踵を返した。


「コウメちゃんっ」


 引き留めようとして腕を引くが、巨漢の鍛え上げられた肉体から発揮される膂力を振り切ることなど女の身であるレンには出来るはずもなし、巨漢をきっと睨みつけるレンであったが巨漢は鼻を鳴らすばかりだ。


「こっ、コウメならだいじょうぶですから〜っ」


 おかみさんはしんぱいしないで――獣人の頭に生えた体毛を引っ張ったり必死の抵抗を試みながらコウメは言う。


 しかしそれで安堵できる人間などいないだろう。レンが巨漢から眼鏡の男へと涙の滲んだ目を向けきつく睨む。

 眼鏡の男が彼女から目を逸らした、そのときであった。


 ぎゃんっと蹴られた犬のような悲鳴を上げ倒れる獣人。一同が彼の方へと注目する。その傍らにはコウメを脇に抱えたベイクの姿があった。


「獣人って初めて見たけど、案外たいしたことねえな」


 ベイクは昏倒する獣人を足で端へと退けたのち、次は巨漢へと視線を向け歯を剥いた獰猛な笑みを浮かべる。


 威嚇、または挑発。

 ひたりと裸足のベイクが歩み出すと、巨漢の肉体が強張り雰囲気が変化する。


 レンもコウメも、ベイクについてはガウスの背中で子どもらしい寝顔を浮かべているところしか知らず、獣のような目付きに口許にたたえた不敵な笑みを見て固唾を呑んだ。


 それはおよそ子どもがするべき表情ではない。


「いつから寝てたかちゃんと覚えてねーが、あんたは寝起きの運動くらいにはなんだろうな」


 その言葉は明らかな挑発であり、巨漢は舌打ちするとともにレンを眼鏡の男の方に放り出し歩み寄るベイクへと自らも歩み寄ってゆく。


 相手は子どもだと、巨漢に代わり自らを拘束する眼鏡の男へレンは訴えるが、眼鏡の男は無言。

 無言であるが、彼は確かに巨漢に伝えていた。


 殺せ――と。


 巨漢は右手首に着けた魔導器の核石に触れ、光を灯す。

 魔術が行使され、巨漢の身体能力はさらなる向上を果たした。


 一足一刀の間合いで両者は立ち止まり、ベイクは巨漢を見上げ、巨漢はベイクを見下ろし怪訝な表情を浮かべている。


 対するベイクはと言うと笑みは消え去り、ただでさえ良くない目つきをさらに歪ませヤジリのように尖らせ、まくり上げた口唇こうしんから歯を剥き出しにしていた。


 彼のその憤怒の表情を見上げていたコウメが何か言おうと口を開こうとする。


「起き抜けに人さらいなんつー胸クソ悪ぃことしてんじゃねえよ。ヘドが出んだよ、クズが」


 ――言い終わるか終わらないかというところで、ベイクの足元の石畳が砕かれた。

 砕いたのは巨漢の男である。彼は地面にめり込んだ右拳を引き抜く。その拳は黒鉄色に変色していた。魔術だ。


 レンとコウメの顔が蒼白する。

 巨漢は自らの拳を撫でながら、再びベイクを見下ろした。しかし――


「……外してんじゃねえよ、下手くそ」


 ベイクは舌を覗かせ、事も無げに言い放つ。

 すると当然というべきか巨漢の顔が見る間に赤く紅潮し、黒鉄の拳を振りかぶる。が、そのときには既に彼の顔面へとベイクの右足が突き刺さっていた。


 身長差を補うべく跳躍し、その勢いを伴ったベイクの昇竜が如き飛び蹴り。それの直撃を受けた巨漢の体は宙を舞い、そのまま背中から力無く墜落。起き上がる気配はすでに無い。


 逆に軽やかに着地したベイクは小さな舌打ちをして「やり過ぎた……」と零すのだった。


「あっ、あの……っ」


 ベイクの脇に相変わらず抱えられていたコウメが思い切ったように声を上げるが、言葉が続かない。

 しかしベイクはそれで思い出したようにコウメを解放。バツが悪そうに頭を掻くと謝罪した。


「悪ぃ、つい忘れちまって……」

「いっ、いえっ。すごかったです! かっこ良かったですっ」


 かんどーしましたっ――目を輝かせ、ベイクの予想を外れた言動を取るコウメにベイクはたじたじになってしまい、むず痒くなった頬を指で掻きながら彼女から顔を逸らすと「そっ、か……。そりゃ、なにより……」などと尻すぼみな調子で言う。


「そこまでだ」


 突如響いた声と、そして炸裂音にコウメは飛び上がり、ベイクは声と音の方角に顔を向ける。

 そこには眼鏡の男がレンの首を腕で抑え、空に向けていた拳銃を彼女のこめかみに向ける様子があった。


 汗で濡れそぼった顔にこれでもかとたくさんのしわを刻み、両目を見開き歯を剥いた男の形相には相応の威圧感がある。


 コウメは口を手で覆い肩を震わせ、ベイクは何度目かの舌打ちをする。眼鏡の男は叫ぶように言った。


「その子でなくても構わないんだ! ヤツを止めるだけならこの女でも――ッ」


 ヤツって誰だよ――と先程から全く状況が理解出来ていないベイクがついと零した直後、乾いた音が何処かから轟き、すると何故か眼鏡の男が白目を剥いて倒れてしまった。


 突然のことにコウメが目を丸くして、ベイクが頭を掻く。

 そして彼が目を向けた先で、片膝を突き、白煙を上げる長銃を構えたガウスが白々しく言うのだった。


「あはっ、なんか当たっちゃった〜。ラッキー」


 傍らにはロックも居る。

 そしてここに居ないのはレアだけ……

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