PART1
「兄さんっ」
「ジョウか、助かった……」
銃声の主は駆け付けた白服の青年ジョウの拳銃であった。
放たれた弾丸は惜しくもロックの刀により受け流され明後日の方角へ。そして哀れにも黒服の一人に命中し破壊した。
「逃がすとでも――」
ジョウが拳銃を乱射する中、ゼンが彼の方へと駆け出す。
だが超高速で飛翔する無数の弾丸はことごとく弾き飛ばされ、それを成すロックがゼンを追って駆け出そうとすると、彼の目の前であの“赤い札”が舞った。
構わず“赤い札”を斬ろうとするロック。
しかしその直前、“赤い札”に描かれた特異な紋様が燃え上がり札が膨張、間もなくさく裂した。
これにはロックも面食らい、押し寄せる熱気と朱色の煙幕に左手で顔を庇いながら前進を止め飛び退る。
ただの衝撃や熱波ならば強引に突破もできたであろう。
しかし後退することをロックが選んだのにはわけがあった。
「奥の手ってやつか」
両手切り落としておくんだった――そう言って苦笑するロックを朱色の煙が取り巻き、やがて彼の眼前でもうもうと立ち込めていたそれが形を成してゆく。
出来上がったのは金色の体毛に覆われた犬……と言うにはいささか痩躯で、しかし狼とも異なっていた。
何よりそれは巨大で、全高は三メートル近くあるだろうか。上階の廊下を支える天井に届くほどある。
そして尻尾の数である。
獣の尻尾は原則として一本のみであるが、それにはなんと五つもの尻尾が生えており、あまつさえ豊かな体毛に包まれ筆先のようになっている尻尾の先端には蒼い火が灯っているのだ。
狐である。
金色に輝く大狐。
伸びた鼻にしわを寄せ、連結し鋭く尖った牙を覗かせ唸り声を上げるその大狐の、燃えるように真っ赤な瞳がロックを見詰める。
だがその瞳に映ったロックは不敵な笑みをたたえていた。
彼に直感がささやくのだ。眼の前の化け物が式神とは異なる存在であると。
するとロックの中に湧き上がったのは恐怖とは違う、その対極とも言える感情だった。
「……うん、少しは愉しめそうだ」
歓喜だった。
やるかやられるか。案山子を叩くのとは全く違う、互いに痛みを感じ、傷を刻み、血を流す命のやり取りが眼の前にある。
その予感がロックに歓喜を思い出させ、心臓を強く脈打たせ、血潮に熱を滾らせる。
らんと輝くロックの茶色い瞳。
不敵でいた笑みはやがて獰猛に歯を剥き、刀の柄を両手で持ったロックはここで初めて構えを見せた。
「じゃあ、早くやろうかあっ」
號――と双方の咆哮が交錯し、飛び出した勢いで集まり始めていた黒服たちが弾け飛び紙切れに戻ってゆく。
大量の紙吹雪と、“異界”からもたらされた超常による斗いはまるで演劇のようで見る者たちを魅了した。
逃げる足も止めて、黒服の誘導も聞かず。
危険を目の前にしてむしろ身を乗り出そうとすらする。
破壊の渦が仮初の異界を蝕む。




