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PART4

 そっと玄関をレアが覗き込む。

 外観こそ古びていて小汚くも見えたが、内装はしかし漆塗りの木目と調整された魔導器による暖色の灯りで清潔かつ穏やかな雰囲気に満ちていた。


「わあ……なんかヘンなカンジ……」

「ヘンって……せめて不思議とかって言いなさいよ」


 アウトロス・ラリアットの街を形作る家屋たちも“異界”の様式を取り入れたものであるのなら、今ガウスたちの前にある宿屋もまた“異界”の様式で建てられたものであった。


 “和式(ワシキ)”と呼ばれるものであるとガウスはレアに教えるが、見ることに注意しているレアはきっとすぐどころか聞いた側から忘れていることだろう。


「おまちどお~」

「おっ」


 そうこうしている内にも先の少女と入れ替わる形で現れたのは桜の咲き乱れた着物を纏った女性だった。

 背丈はそれ程でもないが、すらりとしていて色白の肌。控え目な化粧に、血色の良い唇は生命力の高さを感じさせるように張りよく瑞々しい。一つに結った艷やかな黒髪が軽やかに舞っていた。


 それまで玄関の外で背負ったベイクの様子を見ていたガウスだったが、女性の姿を見るなり玄関でうろうろしていたレアを押し退けてガウスが玄関へとその身を乗り出した。


「はじめまして、よおこそぉ。“伝々でんでんてい”へ〜。一応店主のレンといいます。どうぞあがってくださいなぁ」

「レンさんってんだあ。いきなりホントごめんなさいね~」

「いやですわ、謝らないでくださいな。どうせひまな店ですもの。せっかく来てくださったんですから、おもてなししなきゃバチが当たりますよ」

「ばち? あはっ、なんにしたって当たりゃしないって。なんなら俺が護っちゃうっつーか……あ、俺はガウスってい~ま~す」


 いつにも増して覇気の無いへらへらした顔をして、レンの前で媚びへつらうガウスの姿をレアは眉間にしわを寄せ、下唇を突き出した変な顔で見ていた。


 これまで自らとベイク、そしてアウトロス・ラリアットの男衆としかいなかったため知る機会の無かったガウスの意外な一面。

 軽薄でお調子者だが頼りになる大人だと思いかけていた矢先のこの光景で、レアはガウスにすっかり呆れてしまっているのだ。


「お子さん大変でしょうから、まずお部屋に案内しますね。どうぞお、こちらへ~。あっ、お履き物は脱いでいただいてからお願いしますねえ」

「ホントそんなこんなのに気なんか遣わなくていいのに~。レンさんてば好い人だなあ、もう」


 でれでれしているガウスの存在感が鬱陶しく感じているところに、あろうことか彼にぞんざいな物言いをされたレアは歯軋りをして顔を覗き込むと白々しく「こんなのお~?」と聞き返した。

 だがガウスもわざとなので臆すること無く、「こんなのお~っ♪」とクラリスに流れる旋律に合わせて繰り返すのだった。


 そしてレンに促されるまま履いたブーツを脱ごうとして背負ったベイクを一度降ろそうとして、ガウスは気付く。ベイクもレアも靴が履けない身の上であり、その足が汚れていることを。


 脱ぐ靴も無いのでそのままあがろうとするレアをガウスが慌てて制すると、今度はなんだとレアはガウスを睨んだ。

 冷ややかなレアの視線を無視し、ガウスがレンへと二体のことを説明しようとすると、軽やかな足音を立てて一度は引っ込んだはずの少女が再び現れた。その腕には桶が抱かれていた。


「おみ足は小梅コウメにおまかせくださ〜――いっ」


 あっ――レア、ガウスそしてレンから同時に声が飛び出した。

 彼らの目には不思議なことに空を飛ぶ桶の姿と、ゆっくりと飛んでゆくそれが徐々に中身の温水を放出してゆく光景が映されていた。


 遅れてどてんという鈍い音がして、その音が少女――コウメの転倒した時のもの。続けざまにばしゃり。これは桶の中の温水が“たたき”の地面にぶちまけられた音。

 その中に混じってごつんと響く鈍い音の正体は……


「いった~……はっ!? ああっ、ごごっ、ごめんなさい!!」


 床にぶつけた額をさすりながら起き上がったコウメの顔が蒼白する。彼女の眼前にはびしょ濡れになって桶を被ったレアのなんとも言えない表情があった。

 傍らで笑いを堪えているガウスが言う。


「ぶふっ、水も滴るイイ女って言葉があるらしいぜ?」


 レアは強く溜め息を吐いて「あっそ」とだけ返すのだった。

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