第6 姉、襲来
Yが住むアパートは、ちょうど甲市と乙市の境目あたりにある。
そして、甲市では、午後5時に夕焼け小焼け、乙市では午後6時に
家路が流れるのだ。
その両方を聴くことができるのは、このあたりぐらいだろう。
音楽は、両市を隔てる壁をものともせず、鼓膜を揺らす。
夕暮れは、感傷を置き去りにして過ぎていく。
家路が流れるころ、帰路につく影が走っていた。
仮入部期間とは何だろうか。
クーリングオフ的な期間が必要なのはなんとなくわかる。
先輩たちも、美男美女が入部しそうになったら、彼らが翻意しないよう
努めるのかもしれない。
間違ってどブスが入りそうなものなら、そこはかとなく
阻止に動くのだろうか。
アパートの前で、大家が雑草をとっている。軽く会釈する。
なんか嬉しそうだ。というより、ニヤニヤしている。
気味が悪い。 いなりの効果だろうか。
いなりの礼はしてあるし、皿も返してある。
自分の部屋は二階にある。端の部屋だ。
帰り道の途中、寿司屋とすれ違った。誰かが寿司を頼んだみたいだ。
平日の夜に寿司か。羨ましい限りである。
二階へ続く階段の塗装が、剥げかかっている。
このアパートはオレンジコーポという名前だ。
屋根がオレンジ色に塗られている。ただそれだけのことだ。
端の部屋の前に立つ。ドアノブに鍵を挿すと、異変に気付く。
自分の部屋の鍵が開いているのである。
男は困惑した。確かに施錠して出掛けたはずだ。
空き巣だろうか。大家は何をやっていたのか。
雑草なんかとっている場合じゃないだろう。
いや、一人の老女にそこまでの負担を負わせるのは酷だ。
いずれにしてもこの部屋には、誰かがいる可能性が高い。
男は逡巡した。警察を呼ぶべきか。いや人質がとられているかもしれない。
国家権力は、自らの保身の際、最も機能するものである。
武器になりそうなものは、空のア○エリアスのペットボトルと、
比較的分厚い歴史の教科書のみだ。
英語や数学は意外と教科書が薄い。いやそんなことはどうでもいい。
リュックを投げつけるという手もある。
ベルトを鞭のように使うのはどうだろう。おそらくパン一になってしまうが
拳銃を持っていたら対処不能だ。
いや
マト○ックスという映画を観たことがある。
男は決断する。
この男、意外と賭け事に向いているかもしれない。
とりあえず、静かにドアを開けて、玄関に足を踏み入れる。
床を見れば、女性の下着が落ちている。うちにこんなものはない。 はず
空き巣が落としたのか はたまた身につけていたのか。
下着泥棒なら、この部屋はお門違いのはずである。
「っあ おかえりー なにしてんのあがんなよ」
なんだか抑揚に欠ける声がきこえてくる。
「…!」
Yの部屋で、煙草をふかし、缶酎ハイを手に持ち、特上の出前寿司を
食らっている。
そして呆れるほど露出の多い服に身を包んでいる。
この女が、Y の姉である。




