第23 メンラーのプースー
自分の住んでいる市であっても、行ったことがない場所は
意外とあるものである。
俺が住んでいる市には、いくつか市民用の体育館的なものが
あるのだが、その中には二つ、大きな市営体育館がある。
今日は、そのうちの一つを利用しての部活であった。
実は、この辺りにはあまり来たことがない。
腹も減ったことであるし、折角なので何か食って帰ろうかと思う。
チェーン店であれば、ある程度出てくる料理の味の想定はできるが
どうせなら、ここら辺でしか味わえないものを食べたい気がする。
自転車をゆっくりめに漕いでいると、一軒のラーメン屋が
俺の目に留まった。チェーン店ではなさそうだ。
自転車を停めて、店の外に出ている立て看板を見てみる。
なんと大盛り無料だそうだ。
駐輪場があったので、そこに自分の自転車を停める。
そのラーメン屋の入口は、威勢の良い店員の挨拶が合いそうな
音を奏でる、引き戸であった。
「いらっしゃいませ!!」
「……どうも、一人です。」
「すみません、カウンターのお席でよろしいですか?」
「ああ、はい。」
「こちらへどうぞ!」
定員に導かれ、カウンターの端の席に腰掛ける。
ラーメン屋はなかなか店内が汚い場合もあるが、この店は
よく掃除されている。テーブルも、隈なく拭かれている。
カウンター越しに、水が運ばれてくる。
「お冷をどうぞ。お決まりになりましたら、お知らせください。」
「あ、どうも。」
一応、品書きに目を通す。
店内は、広くも狭くもない。カウンターの他には、テーブル席が
4つほどある。俺の他に、二人、先客がいるみたいだ。
にしても、随分と若い女性店員である。
ざっと見積もって、俺と同世代である。
その髪は後ろに束ねられ、頭にはタオルが巻かれている。
お若いのに大層立派な方だ。微力であるが、援助したい気分になる。
いや、別に、ホ別2万とか言い出すつもりはない。
今は、性欲よりも、食欲を満たしたいと思う。
「あははは、学生さんですよね?」
「……え? まぁそうですが。」
「若いひとに来てもらえると、うれしいです!
サービス、させてもらいますね ふふっ」
「はぁ、どうも」
「もし、おいしかったら、宣伝とかしてもらえると……」
「はあ、」
カウンターの向こう、すなわち調理場に立つ彼女から
俺の個人情報についての質問が飛ぶ。
俺は友達がいないし、通信端末も持っていないので
宣伝の期待には応えられそうもない。
どうやら彼女がラーメンをつくるようだ。少し驚いた。
カウンターの席から、調理場に立つ彼女に注文する。
こういう時、自分の声が、割と通る声であることを自覚する。
「じゃ、すんません。このノビリカラーメン大盛りと、
餃子半チャーハンセットで。」
「麺の硬さは、どうされますか?」
「硬さ?うーーん普通ぐらいで。」
「かしこまりました!ノビリカラーメン大盛り麺普通と、
餃子半チャーハンセットですね。お待ちくださいませ!」
よくわからんが、彼女は今、一人でこの店を回しているようだ。
いやはや、実に大変そうだ。色々な事情があるのだろう。
例えば、おやじが借金作って蒸発したとか、母親が隣の八百屋の旦那
と駆け落ちしたとか、まぁ、考えだすとキリがない。
先に、先客の席の方へ、品が運ばれる。 俺のは後となる。
待つことは、別に苦痛ではない。
なんとなく点けられているテレビを、なんとなく眺める。
「お待たせしました!」
「あ、どもども、」
「あの…結構、サービスさせてもらいました。ごゆっくりどうぞ!」
「どうも」
自分の頼んだ料理が運ばれてきた。
見た感じは、なんの変哲もない感じである。
そもそも、ノビリカとは何だろうか。
割り箸を手に取る。個人的には、塗り箸でなくてよかったと思う。
味はそんなに悪くない。今までに食べたことがない感じだ。
わかりやすくいえば、マジェスティックな感じだ。
第一に、俺は大した味覚を有してはいない。
なにより、量があることはありがたい。
今まさに食欲を満たしている俺の後ろから、ぶっきらぼうな
声が発せられる。
「このラーメンは、クズだ。食べられないよ。」
「……え…?」
すぐさま店員は、その客のもとへ向かう。
「麺は本来のシコシコシを失っているし、問題はスープだ。」
「……。」
「グルタミン酸が強すぎて、イノシン酸の存在が薄くなっている。
基本のき ができていないんだ、このラーメンは。」
「……申し訳ございません…。お、お取替え…しましょうか…?」
「取替えても同じでしょ。俺はそういうのじゃないからね
責任もって食べるよ。」
「…ご、ごめんなさい……。 失礼します…。」
店員は、消沈した様子で、調理場に戻っていく。
一体なんだあの客は。その年齢は30歳ぐらいだろうか。
俺は店員のことを不憫に思った。
だいたい、こんな時間からラーメンを一人で食っているようなやつだ。
ちゃんと定職についているのだろうか。
が これで終わらなかった。
まさに尊大と言うより他ない声が、店内に響き渡る。
「ふっふっふっ…それだけか?四郎。」
「!!!!! …貴様は!!!」
新たな参戦者が登場した。
俺は後方を気にしながら、ラーメンをすする。
「なぜ、貴様がここにいるんだ!?!」
「言いたいことはそれだけか? 四郎、お前はラーメンの
何を知っている?」
「…なんだと? だいたい、俺はお前のことを、一生許さないからな!」
「ふっふ、ほざけ、この狼藉者が‼」
何なんだこいつらは。静かにラーメンも食えないのか。
しかし、面白そうなので、俺は体を斜めにして、様子を窺いながら
餃子にかぶりつく。
店員は、困惑したままである。
「四郎。先程、お前は麺とスープについて偉そうに講釈垂れていたな?」
「……それがどうした。麺とスープは、ラーメンの基本だろう。」
「この愚か者!!! お前がここまで愚鈍だとは思わなかったわ!
もう一度、そのラーメンをよく見てみろ、たわけ!!!」
もはや、この二人は、威力業務妨害罪で立件できるのではなかろうか。
俺は、米粒をこぼさないように、チャーハンを口に運ぶ。
「……わからない…。俺に、何が足りないんだ…?」
「ッこの大馬鹿ものっ!!!! そのラーメンの具をよく見てみろ!!」
具だと? なにいってんだこのオッサンは。
てか、このオッサンも無職かもしれない。無駄に高そうな和服を着てはいるが。
「!!! ああ、そうか!! そうだったのか……!」
「ふっふッふ、やっと気付いたか、四郎。」
自分たちの珍妙さに気付いたのだろうか。
俺は割と食べるのが早いので、もうすぐ食事の終盤に差し掛かる。
「……なると だ…。」
「そうだ。このラーメンには、なるとが入っていない!!
あの、なるとだ!!」
なるとだと?
「くそ! 麺とスープに気を取られて、なるとまで気が回らなかった…」
「ふっはっはっは!! 未熟だな、四郎。
所詮、お前はこの程度だ。わかったか、このごくつぶしが!!!」
大丈夫か、この二人は。
なるとが好きなら、自分で買って食ってろ と言いたくなる。
「……まだだ、まだ終わっていない! 次はチャーハンだ!」
「ほう?まだ恥をかき足りないと言うのか?」
「その傲慢な鼻の根を、へし折ってやる!!」
「ヴはははっは! よかろう! 私が三郷で経営する、ダイスキ倶楽部で
勝負してやる。徹底的に叩きのめしてやるわ!!」
「望むところだ!!!」
そうして、どこぞの美食漫画のような二人は店を出て行った。
俺は、あらかた自分の頼んだ料理を食べ終えていた。
思わず、俺は店員と、目を見合わせる。
「……」
「……」
「す、すみません。お見苦しいところを見せてしまって…」
「あ、いや……別に、」
あの二人は、それぞれ、テーブルの上に一万円札を置いて
去って行ったようである。
無駄に金はあるみたいだ。常識はないが。
「…じゃあ、追加でドリンクのサイダーと、……デザートの
抹茶アイスを、お願いします。」
「……あ、はい! すぐにお持ちしますね!
それと食器、片付けさせてもらいますね。」
「ども。」
何となく、追加注文してしまった。
あの二人は、あの後どうなったのか。
「ありがとうございました。 また、ぜひ、お越しください!」
「ごちそうさまです。」
会計を済ませて、店を出る。結構散財してしまった。
ポイントカード的なものをもらった。
また来るかどうかは微妙なところであるが、若い店員というのは
それだけで魅力的だ。
しかし
ノビリカ とは何だったのだろうか。
俺はその料理を食べても、その答えがわからなかった。




