第2 たとえ寿司であっても
年をとるにつれて、雪で喜べなくなっていく。
どうやら積もることはなさそうだ。
明日はいよいよ入学試験当日である。担任との面談の後、盤輪の偏差値を
調べてみたが、なかなかのものだった。
担任は、自分の過去問演習に付き合ってくれた。結構良い先生だったみたいだ。
顔も良ければ、なおよかったが。
夕食は済ませた。やはり前日は早く寝るべきか。
とりあえず忘れ物はしてはいけない。
不意に玄関のチャイムが鳴る。こんな夜に誰だ。怖いぞ。
ドア越しに外の様子を窺うと、老女が立っていた。大家だ。
さすがに居留守は使えないだろう。 ドアを開ける。
「こんばんは 何か用ですか大家さん」
「あははははは 用って程でもないのだけどもね
いやいや ほんと寒いね 温度が 網走って感じかねこれは」
ボケているのか 用件はなんだ と言いたくなる。
「いやああ Y君明日受験でしょう ね いや私の孫はたしか去年でねぇ」
「はあ そうですか」
二人の間の気温が下がる。ドアが開いているのだから当然である。
「で、これよ Y君にはきっと合うと思ってね。」
大家が両手で皿を持っていることに今更気付いた。なんだこれ
「いなり寿司よ あ、いや、ちらしじゃないよ 入試は弁当がいるでしょう。」
い な り 寿 司 だ と ?
「…」
「…」
「…それはそうですけど いなりは…」
「いやね 孫にも作ったんだけどもね、いらんて言われてね。でもY君には
もってこいでしょう 顔的にねぇ」
自分の顔といなり寿司を関連付けられたのは初めてだ。寒い。ドアを閉めたい。
「 あの お気持ちは嬉しいですが、自分にはもったいないというか。
いなりに対する覚悟が無いといいますか。ええ」
「やさしい嘘はいらないよ。」
「はえ?」
「老人に未来がないことはわかっているのさ。いなりにもね でもね
若者の背中を押したい そんな思いももっちゃいけないのかい」
「あ いや そこまでは…」
「わたしゃ死にたいよ 長生きはするもんじゃないね
この国もいなりも終わりだよ 終わりの終わり お開きだよ」
ならとっとと召されてくれ とは言えない。
「わかりました すみませんいただきます」
「役に立ててよかったよぉ 明日は晴れるねこれは
じゃあ頑張んなさいよ 応援しているからねコタツから」
「……ありがとうございました。」
漸くドアが閉まる。地獄への道は、きっと善意で舗装されているだろう。
入試前日に、一人でいなり寿司と向き合う。 コアな経験だ。
これを食べても食べなくても、入試に落ちそうな気がする。
一度雨に変わった雪は、再び雪に戻る。




