第10 命のせんたく
姉貴の襲来以来、家の風呂の給湯設備の調子が悪い。
思えば、姉貴が来るたびに、何かがぶっ壊れているような気がする。
以前より、家では風呂をわかしてはいなかった。面倒だからだ。
なので、週1ぐらいのペースで、近所の銭湯を利用している。
自分が、誰かに連れられて銭湯に行っていた頃は、ここらへんにも
数件銭湯があったような気がするが、今は一件を残すのみである。
前回行ってから一週間経ったかはわからないが、気晴らしもかねて
銭湯にでも行こうと思う。
自転車を使おうかとも思ったが、ケツに服が張り付く感じが
アレなので歩いていくことにする。
さしたる距離ではない。割とすぐに着く。
銭湯の入口の先、カウンターの奥に、銭湯の主が座っている。
「いつもありがとな。今日はバラの湯だから、あったまっていって。」
「ありがとうございます。」
自分は小人料金でなくなって久しい。少し、値上がりしたみたいだ。
ここの銭湯は、一度建て替えを経験している。
その建て替えの前までは、古き良き番台を持つ銭湯であったが、
今では小ぎれいな内装で、男湯、女湯は完全に分かれている。
しかしその煙突は、今でも、見上げる俺の視線の先にある。
なんにせよ、営業を続けていることはありがたい。
当然、利用者の年齢層は高めである。
運動部の練習の帰りみたいな集まりも見かけることがある。
やや遅めの時間帯だと、仕事帰りっぽい人も目に入る。
ここに集い集まる者すべてが、H2Oによる癒しを求めていると思うと、
なんだか感慨深いと思う。
今日はなんだか客が少ない。
どんなに素晴らしい場所であっても、人が多すぎることは良くない。
今日の自分はついているといえるだろう。
服を脱いだ後、前を隠すかどうかについては悩ましいところだが、
自分は隠すことはしない。
別に自分のものに自信があるわけではないが。
最初に体を洗うことを忘れてはならない。
浴槽に入ると、欲望も理性も消失する。
先客がいたことに気付いた。やや若い人だ。見覚えがあるようにも
思えるが、思い出せない。
目があったように思ったとたん、その人は浴槽からあがっていった。
実は、サウナをあまり利用したことがない。
何度か入ったことはあるのだが、良さがわからなかった。
姉貴には中年童貞一直線だと煽られたが、サウナ童貞というのも
あるのだろうか。
湯と水と戯れた後、脱衣所に上がる。予め、ある程度体は拭いておく。
個人的には、あがった後の服を着ていく時間もなかなか至高であると思う。
普段、着替えというものは、手短に済ませるものである。
もちろん脱ぐという行為は特筆に値するのだが、着るという行為も
多様な想像を駆り立ててやまない。
事後 というシチュエーションだ。
いや、いわゆる、ストリップの逆バージョンだろうか。
まぁ、俺が服を着ようと着まいと、世間の特段の関心を
集めることはないだろう。
「本当に申し訳ありません! 勘弁してやってください。」
「いやー こっちとしてもなぁ お客さんだからねぇ でも
こういうことは一応、知らせるとこに知らせにゃならんよ。」
さて、何を飲もうかと思って脱衣所をでると、なにやら人がもめていた。
銭湯で喧嘩とは、世も末である。
いや古代のオリンピックは、全裸だったらしい。
いずれにしても、あまり目を合わせないようにするのが賢明だ。
Yは、これが喧嘩などではないことをまだ知らない。