第1 進路、変更
雨が降らない程度に曇った空は、この教室の空気そのものである。
「本当に志望校は一つでいいのかしら。Y君?」
「はい」
「 でも 普通は併願校とか その、複数受験するものよ。」
「そこ落ちたら えっと 働きます。 どっかで」
整列しているとはいえない机が多い教室で、この学校の生徒Yの、進路についての
面談が行われている。
「そう… でも ちょっと言いにくいんだけど」
「?」
「その学校、来年度から募集停止するのよ。いわゆる統廃合の一環で」
「はへぇ そうなんですか」
自分が志望校として書いたのは、近所の第三工業高校である。
さてどうしようか。
しばしの間、小雨といって良いような空気が流れる。
「……先生、 ここから一番近い高校で、三工以外にどこかありますか。」
「え」 「あ、そうね ここから近いのは、えっと普通科の盤輪高校があるけど」
「そこにします あんま電車とか乗りたくないので」
「えっと ……それでいいの? もっといろいろ考えた方が…」
「結構考えました。 自分にしては」
「自己評価は大事よね。 うん でも盤輪はY君の内申だとだいぶ厳しいけど
大丈夫かしら。」
「お守り的なものもあるので。 …内申って偏差値のやつでしたっけ 先生」
「ここで内申と偏差値について説明する気は、もはや起きないわ。
Y君みたいな生き方、 結構憧れるかもね」
「恐縮です。」
曇り空で持ちこたえそうだ。
「とりあえず志望校は決まったとして、盤輪は3教科は共通問題じゃなくて
独自の問題になるの Y君は数学の成績が良いから、そこで差をつけられる
かもしれないわ。英語と2教科は、過去問を中心とした反復演習が重要で、
量をこなしていく必要がある。」
「……詳しいですね、先生。 コアな感じですか?」
「一応担任だからね。 ほんと 憧れるわ」
ともあれYの進路は決定した。
人生は些細な感情で決まっていくものである。