Prinz_Eugen_4.5
Prinz_Eugen_4.5
旧イシュトバーン王国領内に出現した『塔』を巡る人類と魔族の戦闘が開始された。
総勢5万の人類の軍が整然と前進を開始する。
「全部で5万と言ったところか・・・今回の作戦、随分熱が入っていますな」
その様子を横目に見つつ森を進む者達が3名。
そのうちの一人、艶のない黒い鎧を纏い十字の槍を担ぐ大男が感心する。
「ベンジャミン、うるさい」
大男に苦言を呈したのは打って変わって小柄な少女。
この地方にありがちな色素の薄い肌にこの地方には珍しい赤い瞳と黒い髪の少女は自分の背丈よりも長い杖で大男を叩く。「あち、あちち、我が主、ちょっとした好奇心ですな」
杖が当たった鎧が赤熱し、大男がうめく。
少女、クロエは苦々しくその様を見上げる。
この大男は野垂れ死んでいたところを自分の術で従者にしたが、図体に反しいまいち頼りがいがない。
今回の戦闘にしても、どこかの王国の遊撃隊に加わったほうが報酬がたっぷりもらえたというのに、怖じ気づいたのか代わりに目の前の男の依頼を受けようと言い出した。
かと思えば戦場をみて子供みたいにはしゃぎ始める。
全く、この男を引き入れたのは間違いだった。
「あの家紋はグスタフ王家。10年前は小国だったがここまで勢力を伸ばしていたとは、私も予想外だった」
目の前を先導する『依頼人』は淡々と説明する。
「グスタフとは、某も初耳ですな。なにぶん長くこの地を離れていた故、時事に疎いもので」
よせばいいのに『依頼人』が説明したことでデカ物が調子に乗り始めた。
「ユージンさん。相手しなくていいですよ」
『依頼人』はユージンと名乗る流浪の男だった。
流浪の身らしい粗末な服に反して、銀色の髪、晴天の空のような蒼い瞳からはなにか品格のようなものを感じる。
どこかの貴族の次男三男が後継者争いに敗れて傭兵まがいのことをしているんだろうとベンジャミンは見ている。
そう言われてみるとこの『依頼人』の物腰からはなにか品の良さを感じなくはない。
顔もハンサムだし。
『依頼人』の依頼は、現在魔族の勢力圏となっている『塔』に行き、クロエの術である人を探して欲しいというものだった。
ーあそこは今人間が近寄れる場所ではありませんぞ。
ーそれでも、私はやらねばならない。
はじめは断るつもりで進めていたが、『依頼人』の熱意は強かった。
そうこうしているうちに、人類側で大規模な攻勢が行われるとの通達がクロエ達のギルドにも出回ってきた。
これを好機とみた『依頼人』は攻防戦の間隙をついて『塔』に侵入することを提案してきた。
ーいいですかな?侵入前に会敵した場合や侵入出来なかった場合はすぐに撤退しますが、その場合も報酬はいただきますぞ。
魔族に投降した場合、捕虜交換はないこともご承知いただきたい。
ー構わない。
前報酬として貰った家紋の付いた盾は随分できが良く、売ればいい値が付くらしい。生まれがいいことは間違いなく、報酬の支払いについても心配はないとベンジャミンは判断していた。
顔もいいし。
「あと二つの家紋はペーネミュンデ、もう一つはシュマイザー王国だ」
「ほう、ところで道は合ってますかな?森を伝っても『塔』にはたどり着けないと思いますぞ」
「問題ない」
『依頼人』はベンジャミンの質問に淀みなく答える。
その間、地図も見ずにするすると森の中を進んでいく。
「随分このあたりの地理に詳しいようですな」
「10年ほど前に住んでいた」
『依頼人』はそれだけ答えると切り立った崖の前に着いた。行き止まりだ。
「ここだ」
『依頼人』は崖に向かって手をかざすと何やら呪文を唱え始める。
「何の術ですかな?」「知らない」
クロエとベンジャミンをよそに『依頼人』が呪文を唱え終わると、『依頼人』の手の指輪が輝き、崖の一部が左右に分かれていく。
「おお!これは凄い!あの指輪と呪文を組み合わせないと開かない抜け穴ということですな!」
「王城まで続いている」
城が落ちた際の抜け道だ、ここからなら戦場を回避して目的地にたどり着ける。
『依頼人』が説明すると、上空に通信魔法が展開された。
「暗号通信ですな」
「なんて書いてるの?」
上空を見上げるベンジャミンに
「はて、某の知らない暗号ですからなんとも言えませんな」「役立たず」
「部外者が見て分かったら暗号の意味がありませんぞ」
「救難信号だ」
通信内容についての答え合わせをしたのは『依頼人』だった。『依頼人』は上空に展開された魔方陣から、
グスタフ王国軍の前衛に第三勢力が出現、戦列が崩壊したと言う内容を読み取った。
「それが本当なら面倒なことになりましたな」
ここは既に魔族の勢力圏だ。
グスタフ王国側が想定より早く経戦不可能になったとなれば、現在魔族の勢力圏となっている目的地に軍勢が戻ってくる可能性が高い。
そうなれば侵入は困難になることが予想される。
「どうするの?」
クロエは二人の大人を見上げる。
「撤退でしょうな」
前金は返す、ベンジャミンはクロエを見て即答。
『依頼人』はその様子を見る。
ベンジャミンの判断は妥当といえる。
魔族は多勢、こちらは三人、うち一人は戦闘には耐えられない。
「報酬を倍に増やす」
「金の問題ではありませんな」
「一刻、一刻でいいんだ」
「その時間で捜し人とやらは見つかるんですかな?」
「・・・分からない」
「確証のないことのために使うには一刻は長いですぞ」
「ベンジャミン、うるさい」
勝手に話を進めるベンジャミンに苛立ったクロエが割り込む。「ユージンさん、一刻でいいの?」
「ああ・・・」
「分かった、一刻だけ付き合う」
ただし、報酬は三倍。
「構わない。心遣い、感謝する」
「じゃあ、報酬よろしく」
「一刻過ぎたら捨てて行きますぞ」
ベンジャミンは図体に反して小心だ。
せっかくの儲け話、金払いのいい『依頼人』の機嫌は取っておくに越したことはない。
顔もいいし。
「それじゃ時間を合わせましょ?」
三人はそれぞれに持っている懐中時針を時間を合わせると、『依頼人』を先頭、殿にベンジャミンを据えて抜け道に入っていった。
『依頼人』の歩みに迷いはない。
暗く入り組んだ抜け道をするすると進んでいく。
「ちょ、ユージンさん、速い」
「巻きで行きますかな」
離されそうになるクロエをベンジャミンが小脇に抱えて追従する。
「再度の確認だが」
『依頼人』は息も切らさずクロエに問う。
「痕跡というのは、躯の一部でいいんだな?」
これは、依頼時に何度も確認した内容だった。
「ええ、できれば完全な状態がいいんだけど、髪の毛一房とか爪5枚くらいとか、その辺があれば、何とかなるかも、足りない部分は、後で考えましょ?」
捜し物が終わったら万事解決ではなく、課題はまだ残っているが、何しろ時間が押している。
「そうか・・・」
ユージンは探し人の躯がある場所に心当たりがあるようだった。
「ちなみに、某は左目と右腕と左足を代用していますぞ。なかなかに使い心地がいい」
「ベンジャミン、うるさい」
「止まれ」
余計なことを言い出したベンジャミンとそれを鬱陶しく感じているクロエを『依頼人』が制する。
そのまま唇の前に指を当てる。
「う、うあああああああっ!」
坑道の中でよく通る悲鳴。
ー我が主、後ろへ
ベンジャミンがクロエを降ろし前に出る。
十字の槍は閉所では取り回しが悪い。
腰の片手斧を手に洞窟の奥をのぞき込む。
ーゴブリンのようですな。
坑道内はしばらく使われていない間によそ者が住み着いているようだ。
ゴブリンは群れで何かを取り囲んでいる。
その中心にはなにか、光が少なくてよく見えない。
見えるように出来ないことはないが、自分の所在をゴブリン
に悟られるのは避けたい。
「いぎゃあああああああ!?」
群れの中心に向かって、ゴブリンは運んできた岩を落とした。甲高い悲鳴、人間のものだ。
人間がなぜここに?
「あ、ちょっと!」
後方、クロエの制止の声と共に、『依頼人』が飛び出した。『依頼人』は腰の剣を抜き放つ。
一本は鈍い鉄の剣、もう一本は蒼い輝きを放つ光の剣。
「我が主、後ろへ」
ー聖盾
蒼い剣が鞘を滑ると、その軌跡の形に、収束した魔力が放たれる。
ベンジャミンが展開した光の盾が余波でビリビリと振動、その向こうで勝ち誇るゴブリンの首がばらりと地面にこぼれ落ちた。
「なんと、業物ですな!」
ベンジャミンの賞賛に耳を貸さず『依頼人』がゴブリンの群れに突入する。
仲間を殺されたことを理解したゴブリンたちが応戦、大型の弩から放たれた鉄球を『依頼人』は苦もなく回避、そのまま様子を見ていたクロエ目がけて飛翔、
「おっと」
ベンジャミンが飛来してきた鉄球を左手でつかみ取ると右手の片手斧を投擲し、弩を放ったゴブリンの頭を粉砕した。
「&&%#’(%!?」
有効な攻撃手段を失い半狂乱に潰走するゴブリンに『依頼人』は一切の慈悲も見せずその全てを撫で斬りにした。
業物の蒼い剣に比べて、切れ味は悪く鈍い鉄の剣に斬られたゴブリンは苦痛と恐怖で醜い命乞いを繰り返し、血液を失ったことでそれもやがて聞こえなくなった。
「ベンジャミン?」
「ほう」
ゴブリンが取り囲んでいたのは見慣れない異国の装いをした紫の髪の若い娘だった。
なぜこのような場所にいるのかは分からないが、魔族の身内ではなさそうだ。
その証拠に娘は両の手足を潰されていた。
これはゴブリンが攫った獲物を逃げられなくして孕み袋にする手口だ。
ベンジャミンが近寄るより速く、逃げるゴブリンを殺し尽くした『依頼人』が娘に駆け寄った。
「・・・セ・・・ア・・・」
『依頼人』は娘に何かをささやくと、横抱きに抱きかかえた。「戻ろう。目的は達成された」
依頼は予想外に早く終わった。
洞窟内で救助した娘を抱きかかえて出てきた3人は森に潜伏しながら今後の方策を話し合う。
「どうやら、魔族もかなりの損害を受けたようですな」
魔族側の通信魔法を解読しながらベンジャミンが分析する。
今回の会戦は、予期せぬ乱入者、第三勢力によって人類、魔族双方に予想を超える損害が出たようだ。
両軍とも、即座に次の動きを取ることは出来ないようだ。
とはいえ、大手を振っての帰還とは行かない状況。
人類、魔族双方に大損害を与えた第三勢力がこの近くを徘徊している可能性が極めて高く、不用意に動くのは危険と考えられた。
特に、洞窟で見つけた娘は重傷だ。
手足の骨を粉々に砕かれているだけではなく、折れた肋が肺に刺さり、内臓にも損傷が見られる。
生きているのが奇跡といえるが、これでは自力で動くことは出来ない。
この状態で戦闘になれば、自力で動けない娘を護りながら戦うのは困難だ。
「わ、この人凄い美人」
娘の応急処置を行いながらクロエが感嘆する。
細くすらりとした手足に、透き通るような白い肌、苦痛にゆがんでいても整っているのが分かる美麗な顔立ち。
美の頂に最短距離でたどり着いた無駄のない引き算の美しさ。羨ましい。
折れた手足に添え木を巻き付け、躯に刺さった骨を取り除く。
ー無痛
クロエの魔法によって、娘の表情が緩む。
「治るのか?」
『依頼人』が不安そうにのぞき込んでくる。
「えー」
「治りませんな」
クロエの返答を待たずベンジャミンが無感動に答える。
「なぜだ?」
「言葉を選べ」
落胆する『依頼人』とベンジャミンにクロエが割り込む。
「正確には、ここにいたら治らないの」
「?」
クロエは疑念を持つ『依頼人』に一つずつ説明していく。
まず一つ目は、躯の損傷に対して、対応できる魔法が構築出来ないこと。
ベンジャミンが治癒の魔法に心得があるが、これほどの損傷は大がかりな神殿などに運ばないと治しきれないと説明する。
「あとこれ」
クロエが『塔』を指さす。
ー神の重力
『塔』が発する不可視の瘴気。
瘴気といっても、人類や魔族はことさらにこれを意識することはない。
人類には無害な存在、だが、この瘴気が毒となる種族が存在する。
クロエは娘の人類と異なる、三角にとがった耳を指す。
「この人、古代種でしょ?」
「ああ、母親がそうだと聞いている」
「神の重力が彼女の傷の治癒を阻んでて、魔法が受け付けないの」
「某の時代にはなかったものですな。道理で若い頃は道ばたの犬の糞ほど見た古代種がめっきりいないわけだ」
「ベンジャミン、うるさい」
だから神の重力の影響圏外に娘を出さなければ治療は不可能だ。
かろうじて効果があった鎮痛の魔法で応急的に処置しているが、ここで手をこまねいていても根本的解決にはならない。
ー四連光弾
急に、ベンジャミンが立ち上がり、右手から同時に4つの光の弾を放った。
光の弾は一瞬すらかからず上空に到達すると空中で小爆発を起こした。
「・・・どうやら、我々は見つかったらしいですな」
黒焦げになった右手で、落下してきた物体をベンジャミンが見せる。
金属で出来た、鳥か虫、あるいはその中間の形をした物体、人類も魔族にもないそれは、間違いなく会戦で大損害をもたらした乱入者の持ち物だ。
「早くここを離れた方がいいが、どうするか・・・」
乱入者の物体をしげしげと眺めながらベンジャミンが思案する。
『依頼人』は洞窟で見せた蒼い業物を抜く。
剣が放つ蒼い光、それは細い光の線となって一つの方向を指す。
「セレナリア・・・私を呼んでいるのか?」
剣は答えない。だが、『依頼人』にはその沈黙に答えを見たようだ。
『依頼人』は二人に剣が指す方向を示す。
「それ、信じていいんですかな?
「手をこまねいていても仕方ないでしょ?」
「では、我が主は走りでお願いしますな」
ベンジャミンが娘を担ぎ、『依頼人』が先導。
「探し人はもういいんですかな?」
ベンジャミンは『依頼人』に確認する。
もっとも、確認したからといってもう一度洞窟に戻るつもりはないが。
「問題ない。探し人は見つかって貴殿が背負っている」
「なんと」
「セシリア・イシュトバーン、私の妃だ」
「え?まじ?」
え?なにその美男美女の夫婦。てゆーかなんでその妃が洞窟にいるの?
「私にも分からん。だが、死んだと思っていた妃は今こうして生きている。セシリアを救うために協力願いたい」
「では、行きますかな」
日が沈む、魔物達の咆吼が聞こえ始める。
魔の時間が始まる。
「では、行くぞ!」
『依頼人』:オイゲン・ヨーゼフ・フォン・イシュトバーンは闇の中に踏み出した。
_to_be_continued.




