5 この兄ちゃんは使えないんだろう?
カークと割り方を覚えたフリッツが裏庭の物置小屋の前で黙々と薪割り競争をしていると、「休憩にしませんか」と何度か女中たちがお水やら水蜜桃やらを持って励ましに来てくれた。
「すまない。助かる。」
フリッツがカークと休憩がてら、まだ刃を入れていない丸太を椅子代わりに水蜜桃を齧っていると、若い女中の後ろから手が伸びてきた。
「俺にもくれないか、かわいいお嬢さん、」
背の高い男は訛りのある話し方をしている。
「誰です、」
若い女中は慌てて手にしていたトレイを隠した。
「これは私たちからの差し入れなんです。よその方には差し上げられません。」
見かけない顔立ちの青年は、焦げ茶色い髪を短く刈って、白い下着のようなシャツにナイトウェアとしか思えない白い簡素な半ズボンを履いて、妙な木の靴のようなものを履いていた。一重の吊り上がり気味な黄茶色い瞳はまっすぐに、フリッツを見つめている。いや、フリッツの頭上を、見つめている。
「そうかい? 俺はここの宿屋の客だし、この兄ちゃんたちのツレだ。な?」
「私たちは関係ありません、」
飲んでいたコップをトレイに返すと、カークはフリッツに無言で掌で食事を止める合図をした。関わり合いになる前に立ち去ろう、と言うことなのだろう。
「お客さんなら余計に困ります。ここには入ってきてもらっては困ります、」
頭を振って困った顔をした女中は、宿の方を指さした。「あんまり態度が悪いと出て行ってもらいますよ、お客さん。早くあっちに帰ってください、」
「ごちそうさまでした。あなたたちはもう行きなさい。」
真顔で斧を持つカークとフリッツを見て頼りになると思い直したのか、女中たちは感激したように目を輝かせる。
「お粗末様でした。では頑張ってくださいな、」
女中たちが行ってしまうと、カークがさらりとフリッツの腕を引いてその場から去ろうとした。「行きましょう、」
「待て、怪しいものではない。俺はあんたと話がしたい、」
あんた、とはまさか私のことだろうか。フリッツはここまで砕けた話し方をされるのは初めての経験だと驚いてしまった。見知らぬ他人でも庶民はそんなに親しくするものなのだろうか。
変わっている。そう思ってしまって、ああ、この青年が特別に距離感がないのだと理解した。
ポリポリと首筋を掻きながら、青年は近寄ってくる。
「何者だ。私たちに何用か、」
カークが背にフリッツを庇いながら威嚇のつもりなのか胸を張った。「用件によっては問答無用で切る。判っているな?」
「怖い顔しなさんな。あんたじゃないよ、そっちの、綺麗な顔した兄ちゃんの方、」
フリッツのことだ。指名してくるとは。
「なあ、あんた。あんただろう、魔香を嗅ぎ当てた一領民ってのは、」
不敵な表情で微笑む青年は、フリッツの頭の上に手を伸ばして、何かをぎゅっと掴んだ。開いた手の中には白いヒト型の紙がくしゃくしゃになっている。
フリッツの脳裏に閃くものがあった。
最近、白いヒト型の紙の話を聞いたばかりだ。
「あんたを探していたんだ。よろしく、俺はナチョ、からくり屋ナチョだ、」と無理やりフリッツの手を掴んで握手してきた。
「止せ、放せ、」
振りほどこうにも、がっちりと捕まえるようにフリッツの手を握って、ナチョは放そうとしない。
「認めるまではそうしたくはないな。そうだな、話がしたい、」
「話をする必要などない。手を離さないつもりならその腕ごと切る。」
カークが薪を割っていた斧を構えた。
「おい、止せって。本気か?」
目の座った顔で振りかぶったカークに、ナチョと名乗った男は慌てて手を離した。
「その警戒心。この端麗な容姿。必死で守るのは従者か。わかった。なるほどなあ。」
思わせぶりな発言にフリッツは一瞬怯んでしまったけれど、掴まれた腕を払って、背筋を伸ばした。侮られてはいけない。私は『新人騎士フリッツ・レオン』で、王都から来た『貴族の息子』だ。貴族ならどうするか。無礼を働くような身分の違う者に話しかけることなどはしないだろう。話しかけられても無視するだろう。何しろ、王族と違って、民の誰からも好かれなくてはいけないという努力などしなくてもいいのだ。好かれるのは自分より身分の高い王族だけでいい…。
無言でカークと立ち去ろうとしたフリッツに、慌てたようにナチョは自分の居住まいを正して、敬礼をした。形のなっていない、いかにも平民が見様見真似で真似ただけの敬礼だったけれど、背の高くまじめな表情になったナチョが声を裏返らして「協力を頂きたいのであります、」といった様子は滑稽で、思わずフリッツは吹き出してしまった。
「あ、笑った、笑ったね。これで俺らは友達だ、よろしく頼むよ、貴族の坊ちゃま、」
ナチョが豪快に笑顔になって改めて握手を求めてきた。
「いけません、同情などしては、」
「同情でも友情でも、どっちだっていいさ。まずは話を聞いてくれ、」
握手はせずにフリッツは背を向ける。カークと、ナチョが付いてくる。自分の持ち場に立って斧を手にしたフリッツは、刃を地面に向けたままカークに向き合った。
さて、どうしよう。フリッツは小さく首を振るカークを見て、迷いはじめてしまった。素直にカークの意見に従うのが王族のフリッツの立場では当然のことと思えた。距離感のない異国の民など無視するに限る、と判断するのが貴族の息子だろう。でも、ランスの話通りの祓い屋なら、皇国の果ての島国からやってきた珍しい術を使う存在だ。新人騎士フリッツ・レオンなら、敵にするよりは親しくなっておいた方が得策だと思えてきた。
「カーク、いいさ、話だけでも聞いてやろう。聞くだけなら薪割りをしていても聞ける。」
「いいね! 兄ちゃん、よく判ってるじゃないか!」
軽いノリのナチョに、ふうッとカークは溜め息をついた。斧の刃は、ナチョに向けたままだった。
「本当にお前は馴れ馴れしい。それ以上図々しいことを言うなら、容赦しませんよ、」
「あんたの方は真面目だなあ。ま、いいか、俺は誰とでも仲良くなれる男、からくり屋ナチョだ。喧嘩上等薪割り最高!」
手を打って明るく笑うナチョに呆れつつ、フリッツは「いいから話せ、」と促した。
※ ※ ※
「俺はからくり屋ナチョ。本名はイグナチオってんだ。俺の親がどっかの偉人から頂いた名前らしいんだけどさ、ま、俺ってば昔から機械仕掛けにときめいちゃってさ。人の幸せを願うより人を幸せにするからくりを作り出す方が性に合ってたのよ。」
フリッツとカークが薪を割りだしたのを合図に、ナチョは二人の様子を見つつ、話し始めた。
「うちは代々ぜんまいからくりを得意としているからくり屋でね、皇国の皇都にある大からくり時計の修復に奉公に上がったりしてたりもしてた家なんだ。俺のじいさまのうちはもともと祓い屋をやってたんだが女だてらにからくりを操るばあさまに惚れちまってね。婿養子に入ったんだよ。そっからだ、うちの家業に祓い屋って屋号が混じったのは。」
繰り返す薪割り作業に体が熱くなってくる。フリッツは、そっと腕で額の汗を拭った。
「魔物を倒すのは剣士や魔法使いじゃないと無理だろう? でも、父ちゃんはそう思わなかったんだ。『わざわざ危険を人間が担わなくてもいい。危ないことはからくり人形にやらせればいい。何しろ、壊れても部品を交換するだけで永遠に働き続けることができる。ワシはからくり人形を極める、』って言い出して、ずっと研究してたよ。俺も、父ちゃんが正しいと思ってる。無理に魔物と戦って怪我をして、騎士をやめて田舎に引っ越してくるやつをいっぱい見てきているからな。」
カークが忌々しそうにナチョを見た。「そんな話を私たちにして何の得があるんです?」
「まあ、聞けって。父ちゃんは祓い屋の才能もあって、そっちが生業になってる。でも仕事の合間に、ずっと、からくり人形を研究している。俺も自分の作ったからくり人形が、そうやって誰かの役に立つのを夢見て研究してきた。でも、三国間の協定で、魔竜王の討伐が正式に決まっちまった。」
私が成人したら旅に出ると決められた話だろう? 当事者であるフリッツは、ナチョが何を言い出すのか気になった。ナチョは、フリッツたちは旅など出なくてもいい、自分が作ったからくり人形に任せればいい、とでも言うつもりなのだろうか。
「俺は焦ったね。できればその旅の一行に、末席でもいいんで加えていただきたいと思ってる。勇者殿たちは必ず地の精霊王さまに謁見するだろうと思っている。この世界を収めている12人の神話の存在を頼ることなく竜魔王の討伐なんて出来っこないと思っているからな。」
カークは、薪を割るのをやめて、真剣な顔で話に聞き入っている。フリッツは話を聞き流して、薪を割り続けていた。
「俺は地の精霊王さまにどうしてもお会いしたい。願い事を聞いていただきたいと思っている。そのためには、ここにいるわけにはいかないんだ。」
ナチョは興奮しているのか、大きく身振り手振りを加えて話をしている。
「それが、どうしたというのです? 私たちには関係ないのではありませんか?」
「そこで、だ。あんたたちに頼み事ってのは、これからが重要なんだ。」
脈ありと判断したのか、話しながらナチョはカークに近寄って身を寄せている。
「こんなところで足止めされていたら、王都に行けないだろう? 王子様のお誕生日は8月って話だ。俺は王都に行ってひと稼ぎして資金を溜めた後、ミンクス領ってとこまで行って、月の女神さまの神殿で王子様たち一行が冒険者の誓いをしに来るのを待ちたいと思っているんだ。ここにいちゃあ時間が足りないのさ。」
魔香の影響で騎士階級のフリッツたちがこの街を出られないのと同様に、平民のナチョたちも出られないのは当たり前だった。
「綺麗な兄ちゃんが魔力持ちなのを見込んで頼みがあるんだ。俺らは稼業で、魔力を込めた道具をいくつか持ち歩いている。術の封じ込めた護符もいくつか持ってきてる。水を降らせる儀式を行いたいんだ。もちろんこの術にはたくさんの協力者がいる。みんな雨を降らせて家に帰りたいから必死さ。」
「それは、何をするつもりなのです?」
カークが恐る恐る尋ねてみた。「まさかの召喚?」
「そのまさかだよ! この作戦は俺一人じゃないぜ。この街で知り合った商人たちが何人もつるんでいるんだ。俺一人だとできないことも、少しずつ力を寄せ集めて大きな術式を創るんだからな!」
「私たちに、何を頼むつもりです?」
興奮するナチョが口を滑らせるのを期待してか、カークはすかさず尋ねた。
フリッツは話の流れから、魔力を持つ自分が召喚獣との契約をさせられるのだろうなと思った。ありえない夢物語に、思わず笑ってしまいそうになる。
いくら魔力を持っていたって、自分で魔法など使ったことがないのに。
魔法が使えたなら、もっと変わった状況だっただろうに。
魔力を持っていて、その力を誰かに使われてしまうのなら判る。現に地の精霊王には使われていた。でも、それは、地の精霊王が良い結果となるように使っていてくれただけのこと。悪意を持って悪行を為そうとする存在に使われていたなら、魔力を持っていることを後悔していただろう。
魔香の存在に気が付いたり異質な何かを見えているのは、きっと、王城のフリッツの部屋に住む猫のような何かのあの髭の影響だろうと思う。
私は、自分が魔力を持っているかもしれない、と言えるが、持っているとは言い切れない。
そんな状態なのに、召喚などとても無理だ…。
「悪いんだけど女装して、水竜王を騙すエサの役をやってほしいと思っている。」
エサ?
想像していたよりもひどい内容に、フリッツは言葉を無くした。
初対面でこんな扱いをされるのも初めての経験だった。思わず笑ってしまいそうになる。
プルプルと肩を震わせているカークの顔が真っ赤に変わる。
「金はこの話に乗った商人から集めたからたんまりある。礼に全部くれてやったっていい。危なくないように護符もつける。俺たちも傍で見守る。水竜王は嫁取りにあちこち出歩いているという噂だ。美しく着飾って綺麗に女装して突っ立ってれば、まんまと騙されてくれるだろうさ。簡単な役だ。どうだ、出来そうだろ?」
むしろ、そこまで言われてやりますと喜ぶ者はいるのだろうか。フリッツは呆れて見つめ返してしまった。
「絶対に許せるか!」
我に返ったカークが目を向いて叫んだ。「さっさとどっかに行ってしまえ! 怪我をする前に消えろ!」
「待て、待ってくれ。魔力を持っているのは判るが、この兄ちゃんは使えないんだろう? そんなの俺だって察しが付くさ。魔力が使えるなら今頃検問所周辺にうろうろしている風水師たちと働いているんじゃないか? でも、この兄ちゃんはこんなところでお前と薪割りなんかしてる。なあ、大した爵位でもないんだろう? 貴族のようだが護衛が少なすぎるからお見通しだ。あんたたち、金、ないんだろ? 薪割りなんかして、宿代を稼いでるんだろ? 気の毒になあ。女装させて魔物が好きそうな魔力を持つ若い女の役をやれば、大金になるんだぜ? 薪なんか割らなくたっていいんだ。」
盛大に勘違いしているナチョの推測に、カークは絶句している。ちらりと、フリッツの顔を見て、カークに向かって肩を竦め皇国語で付け加えた。「あんただってこの兄ちゃんの価値がそれぐらいだってわかってるんじゃないか?」
フリッツは理解できたけれど、カークは理解できなかった様子だった。それでも、侮辱の色を感じ取ったのか、顔はますます赤くなった。
「つべこべ言ってないで、消えろ、」
激しく怒鳴ると、カークが斧を振りかぶって迫る。
「皇国語で話すなんて、どうせろくでもないことを言ってるんだろう! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
はっと驚いた表情になって、ナチョは手で口を隠した。この国の言葉で話していなくてもバレた、とでも言いたそうな表情だった。
「待て、話を聞けって!」
怒りに飲み込まれて殺気立ったカークは、本気で斧の刃をナチョに向けて振り回す。
「それ以上言うなら命は無いものと思え。二度と近寄るな。」
刃が掠ったのか、下着がはらりと裂ける。ナチョが顔色を変えて走り出した。
「なあ、女装するだけだ。気が変わったら訪ねてきてくれよ。俺はそっちの、安い方の宿に泊まってるからさ、」
「無礼な奴だ! 二度と近寄るな!」
怒鳴るカークの大声に、宿屋のあちこちの窓から人の顔が覗き込む。
はあはあと肩で息を切らし興奮しているカークに、フリッツは、「私は大丈夫だ、ありがとう、カーク、」と気持ちを伝えた。と、同時に、私は怒っているというより悲しんでいるな、と自分の気持ちに気が付いてしまった。確かに私は何もできないからここに守られているのだと自覚してしまうと、それ以上は何も言えなくなってしまった。
何もできないのは歯痒い。使えそうな力を持っていても使えないのも悔しい。
フリッツは斧を手に薪を割り始めた。さっさと終わらせて、自分が出来そうなことを探す時間を捻出することが今の自分にできる一番の最善だと思った。
ありがとうございました




