36、盗人は花を嫌う
「あれは、春の大祭が終わった頃でしょうか、」
指を折って「4月の満月の頃か、」とブワイヨさんが尋ねると、チッタさんはくるりと首を回して「そうです」と言った。
ブワイヨさんがさりげなく「ここいらの土地では春を呼ぶお祭りがあります。街中総出で野焼きをする日を合わせて一斉に始まるので、大祭と呼ばれています」と教えてくれる。
「春の嵐がやってくる前にしておかないと、山火事になるもんな、」
ブワイヨさんは独り言のように言って、「気にしないで続けてくれないか、」と軽く咳払いをした。
わたしの契約する春の嵐の精霊のオルジュは、春を告げるために王国中を駆け巡る。季節の遅れを危惧した風の精霊王様がわたしとオルジュの契約をいったん切り離したのも、丁度同じ頃だ。
「いつになくちょっと肌寒い日が続いていた頃、珍しく私に大きな仕事の依頼が来ました。厄介な依頼です。私は、アンシ・シでは墓守の仕事をしていますが、ガルースでは占い師をやっています。あとは旦那の下僕です。」
どんどん繁華街から離れて歩いていくので、灯りが乏しくなってきていた。
ひと気のない街角に、アハハと明るく笑ったブワイヨさんの笑い声が軽く響く。
「俺以外の下僕の依頼ではないよな?」
「当たり前です。墓守の方の仕事の依頼が、占い師の方に来たんです。」
「それは妙だな。」
「ええ、結果として最悪でした。」
「なにがあったんですか?」
思わずわたしは尋ねていた。「詳しく教えてもらってもいいですか?」
「ビア様、要するに、占い師チッタが墓守のチッタ・ゴンであると、知っている者がいるのがおかしいんです。俺ですら知らなかったのに。」
「もしかして、地下の街に関係がある人だったりしますか?」
「まあ、そんなところです。依頼主は、異能を持たずに地上で暮らし始めた者の子孫と言った方が判りいいですね。」
この街にはチッタさんと同じに、地下の街いや古代都市ヴェロニカに起源を持つ者が暮らしているのだと思うと、何気ない日常がとても危うく思えてくる。
「ここ、アンシ・シの街には、いくつかの『表立ってはいないけれど街を支配する名家』があります。これから向かう場所は、そういう家のひとつの近くだと思ってください。」
ブワイヨさんは黙って頷いている。フォイラート公領のブロスチをいくつかの家門を連想して、わたしも頷く。古くからある街には古くからある人間関係があって、現存していればいるほど影響力がありそうではある。
「同じ頃、いきなり、その中でも一番の名家の主人が突然の病で臥せってしまいました。その日あるはずだった取引は中止となり、双方に結構な損害が出たそうです。次の日以降、どんどんと他の名家も、壊れるはずのない家が倒壊したり、自慢の新店が不審火で消えたり、正規品として売ったはずの商品が偽物で大損害となったりと、とんとん拍子に不幸に見舞われ始めたのです。名家という大きな家ばかりがくりかえす不幸に街の者たちは根も葉もない噂を立てるでもなく、小さな我が家が巻き込まれないよう見守るだけでした。一応アンシ・シには墓守としての見回りでやってきている私も小耳に挟む程度に事態を知ったのですが、そのうち、誰かが呪われていると言い出しました。こんなことはおかしい、どこかの誰かがこの街を呪う呪術師を呼んだのだと噂になり、念のためにと、ガルースの私のところへ占いの仕事が舞い込みました。呪われているのかどうか、呪い主が誰なのかを占ってほしいと頭を下げられたんです。」
ガウッと暗い街角から出てくる影が吠えた。近くに飼い主がいない様子なのと体の大きさで野犬なのだろうと思ってみていると、尻尾がひとつ多かったりする。魔力が、ゆらりと影から立ち上るのが見える。
ブワイヨさんもフクロウのチッタさんも、妖の出現に驚くことなくそのまま進んでいる。
「チッタさんの占いの店って、アンシ・シまでも名を馳せるほど有名なんですか?」
「そんな訳あるはずないですよ、ビア様、」
アハハ、とブワイヨさんは乾いた声で笑う。
「ダンナー、私は一応由緒正しい墓守の家系なんですよ。というのもね、お嬢様、なんといっても先の大戦下でこの街に暮らす多くの人が入れ替わって、魔法も魔力も縁のない人が増えました。そんな中、この領内で現存する『異能』の血筋で一番名が知れているのが私、と思いたいですし、姉ちゃん以外にいないんですよ、実際。こういう能力者って。」
ホウホウと鳴くフクロウの口調は、自虐的だけど楽しそうだ。
「占いは依頼するためのこじつけっぽかったですよ。あの名家の者たちは消えかかった古い伝手を利用して私を探したようです。魔法使いまで呼んで捜索したみたいでしたしね。怖いですよね。」
「占いと呪いは全く別物だろうに。お前を頼るなんて愚かだな。」
ブワイヨさんは怒ったようにぶっきらぼうに言った。
「でも、ま、報酬がかなりよかったんでうっかり引き受けちゃったんですよ。仕事の内容は胡散臭すぎでしたけどね。なんとなくの感覚ですが、似非占い師を呼ぶことで新たに犯人を作って体面を保とうとしたんだろうなって思ったくらいです。」
似非って扱いがひどいし、犯人を作るってとても醜悪な発想で、ひどく傲慢な印象を受ける。
「真犯人を名家の人たちは知っていたのに、無関係なチッタさんを犯人に仕立て上げようとしたんですか?」
「ビア様、昔から飢饉や天候不良の際には生贄を捧げて神の怒りを鎮めるって考え方があります。チッタは身寄りがないと思われて都合がいい人材だとされているなら、それに近い感覚かもしれないです。」
ブワイヨさんは冷ややかに笑った。
「旦那もそう思いますか。アンシ・シの街に来てみて直接に見て感じて、こいつらは責任を私に全部押し付けて消そうと考えているのだと思いました。なんとなく犯人も原因も知っているけれど手も足も出ない相手で、広がってしまった街の噂を消すためには生贄が必要だからそれなりに信憑性のある者を呼んだのだ、としか思えなかったです。」
「誰でもいいならお前でなくてもよかったのではないか?」
「私もそう思ったんですが、実際に行ってみて、私じゃないとダメなんだと思いました。私の他にも聖堂の霊験あらたかな修道女ってのが呼ばれていましたが、供物にするには惜しい美人でしたから。」
チッタさんは自虐気味に軽く笑う。
「だいたい、あんなのは王国に持ち込んじゃダメですよ。何しろ客室の朱色の棺桶の中に眠っているのは一見か弱い乙女なのに、浮かび上がる魔力や影は大きな化け物なんですよ、どう考えたって危険な代物です。」
「あ、それでお化け…、」
「どういうことだ?」
ブワイヨさんはむんずとフクロウのチッタさんを捕まえた。「お前、中身まで確認させられたのか?」
「もちろん、その修道女と一緒にでしたけどね。この街に異変を起こしている異物を取り除きたいから占いで探してほしいって依頼だったんで、鳥の姿で探し回って、ある家の近くに集まる鳥の集団がおかしな家があるって言い出したんで、家を特定して報告しました。修道女や依頼主たちと確認しに来て、屋敷の至るところの陰に人ではない者の気配を見つけたんでそのまま報告したら、家主に捕まって、客室に通されて、家主が『コレのことだろう』って言い出して突然大きな箱にかけてあった布を剥がしたんですよ。綺麗な朱色の棺桶で、異様な魔力が溢れだしたんですよ。かけてあった布は護符でも仕込んであったんだと気が付いて、早くその布でしっかり隠して置いてほしいって頼んだら激昂ですよ、いきなり。」
「狂人の逆鱗は予測がつかないからな。」
「よくわからないんで対応できないですよね。しかも、もっと見ろと言われて、嫌がっている私や修道女を引っ張って行って目の前で蓋をご丁寧に開けてくれましてね?」
「見たのか?」
「ええ、あんなに綺麗なのにとびきりの危険物でしたよ!」
「人か?」
「娘です。目を瞑ってやり過ごそうとしていたら、修道女がえらく感嘆して、なんと美しいとか、まるで生きているみたいですねなんて興奮して言うんで、私も見ましたよ、ばっちり!」
チッタさんは興奮してホウホウと鳴く。
「若い娘の遺体にしては腐ってないし綺麗だし生きているみたいなんで自動人形かと思っていたら、これは皇国でもめったにお目にかかれない『ヒパルコスの乙女』ではありませんかって修道女が言い出して、とても貴重な術具ではないかって教えてくれたんです。誰もその場に居合わせた者は知らなかったんで、修道女に寄付を申し出てもっと詳しく聞こうとしたんですよ。なんでも、皇国独特の術を施した封具だとか言ってましたね。家主が言うには、持ち主の皇国人がガルースでの用事を済ませるまでしばらく置いておいてくれと言われて預かっているが、これが来てからこの街はおかしくなったと言われたんですよ。預かっている以上燃やせないがもう限界だからお前さんの力でどうにかならないかって言われましてね。どうにもならないから持ち主に相談してくださいって言ったら、そんなことができていたらお前なんぞに相談などしないと言われたんですよ、失礼ですよね。」
「で、どうやって逃げてきたんだ?」
「棺桶の蓋を開けたら中身の娘が見えたってお伝えしましたね? その時ついでになんかが棺桶から漏れ出てくるのが見えちゃって、開けた者たちはみんな見えていないみたいだったんで、いよいよマズいって思っていたら、その場で一番年配の爺さんが胸を押さえて苦しみ始めたんですよ。黒い大きな得体の知れない化け物の影が爺さんの影を追いかけるように揺れていて、逃げる爺さんの影を捕まえて…、まるで影が影を喰っているみたいでした。」
「よくそんな場所から逃げられたな、」
ブワイヨさんは深く頷いて感心している。
「部屋にいた者たちは見えていないみたいで何が起こったのか理解できなくて大騒ぎになっているんで、その間に大急ぎで逃げてきました。もちろん、謝礼なんぞ要らないし代金もいらないって部屋を出る時にも家を出る時にも言ってきましたよ? 無給で怖い目に合うほど働くなんて、旦那、私ってえらいと思いませんか?」
興奮気味なチッタさんに若干引きながら、ブワイヨさんは「で、大丈夫なんだろうな、お前、呪われていないのか?」と念を押している。
「あったりまえですよ。ほら、無事でしょ、元気でしょ? だいたいあれは呪いっていうより生きた怨念とかじゃないですか? 詳しくは知りませんけど。あんなかわいい女の子がとんでもない術具って、皇国はどうにかしてますよ、」
「お、おう…、」
「最近まで同じものがアンシ・シにあったから、チッタさんは中を見なくても魔力の気配でヒパルコスの乙女だって判ったんですね?」
「ガルースで同じ気配の同じような大きさの荷物を運ぶ行列を見たから、ついていったら案の定アンシ・シに戻ってきたんです。運び主は違うみたいですが、念のために鳥の姿で宿屋までついていったらあの時と同じ布がかけてあって、持ち主が変わってもどっちも誤魔化し方が下手なんだよなーって思いました。」
「持ち主が変わったんですか?」
巻き込まれただけなトマスさんは関係ないと判っているからこそ、念のために確認してみる。
「としか思えないですよ。宿屋が違うのと、術具であるという扱いじゃないっていうか、管理の仕方が緩くなっていますし、周りにいる者たちの制服の色も違いますよ? 何より、中のお化けがいなくなってます。」
「あ、だからお前、地下の迷路にお化けがいると言って騒いでいたのか。術具から抜け出たお化けが迷路に迷い込んでいるだと思ったんだな?」
「旦那、ご明察です。閉鎖された街から出られるのは空だけじゃないですからね。地下の私の縄張りに置き土産なんて勘弁してほしいですからね。」
「ちょっと質問なんだが、最初にアンシ・シに来た時に入っていたのは皇国から密入国した貴族の娘、ではないのか?」
ブワイヨさんが首を傾げながらフクロウのチッタさんに尋ねている。
「皇国人は魔力があって魔法が使えるだろう? 仮死状態にしてあったのではないのか?」
薬草園のお屋敷で山猫オリガと見た朱色の棺桶の中の娘は皇国人にしか見えなかったけれど、娘の生きた体自体が古の魔性を閉じ込める術具となっているのなら仮死状態ではないと言い難い。
皇国人の娘が納められた棺桶という表現は間違ってはいない。生きていたのか、もう亡くなっていたのか、この国に入って来たばかりの状態を知っているのは、どうやらチッタさんだけなようだ。
チッタさんはどう説明するのか気になって、いつもよりも耳を澄ませて様子を窺う。
「はああ、旦那、持ち主は盗賊団ギルドか何かだと思ったんですね? 眠り薬で眠らせて棺桶で運ぶなんて荒業、昨今の盗賊団ギルドはやらないと思いますよ?」
「違うのか、」
「持ち主は皇国のお貴族様みたいですが、従者の名前で宿には泊まっていたみたいですよ。ケチ臭いですよね。」
ブワイヨさんは「そうか、」と呟いた後、「お前はこの街に今こうして戻ってきているが、大丈夫なのか?」と尋ねた。
「大丈夫ですって。ほら、鳥の姿ですし。見つかっても黙っていればバレませんよ。それにあの後、名家側は持ち主と揉めて、ガルースまで追い出したみたいですから。」
「朱色の棺桶ごとか?」
「呪いなのかどうかはわかりませんが魔力の発生源なのは特定できて、その後重鎮と言われるような爺さんが倒れたりしたら、誰だってこんなものはもう預かれないって思うんじゃないですか?」
「よくそんな曰く付きの棺桶を再び受け入れる気になったな、」
「なんでも、気がついたらなくなっていて脅迫されて仕方なく見逃したみたいですよ?」
「倒れたっていう爺さんが亡くなったのか?」
「違いますって。『なくなった』違いです。爺さんはピンピンしてますよ。持ち込まれた時には中の娘が握っていた術具があったそうなんですが、どうもなくなったらしいんですよ。蓋を開けた時に誰かが持ち出していたに違いないって騒がれたんで、名家のうちの一人が懐から金貨を一枚取り出して、これでしのいでもらえないかってもちかけたようです。」
「口止め料、だな?」
「よく効いてましたよ? 修道女にも効果があって、良い心がけだと褒められていましたから。」
「その術具はどこでも手に入れられるのか?」
「さあ、聞いたことがありませんから、無理じゃないですか?」
チッタさんは首を捻った。
「あの時分は本当に最悪な日々で、ガルースへ追い出した家の誰かが関わっているのではないかって無責任な誰かが言い出したのを真に受けた連中に随分責められたらしいですよ? あの騒動の際になくなったんじゃないかって言われていて、ほら、そこ、」
フクロウのチッタさんが片羽を広げた先にある住宅街にある一軒の店の隣の倉庫と思われる大きな建物の、扉が開いたままの入り口から見える作業場には、紺色の作業用エプロンに紺色の丈夫そうな手袋、紺色の帽子姿の数名の男性が作業をしていて、紺色のエプロンに紺色の丈夫そうな手袋をしつつ帽子は被っていない老人が腰かけて監視している。
形状や大きさからして色とりどりで様々な花が人ひとり入れそうに大きな籠に盛られていて、作業台へと運ばれていくのを男たちがさらに細かな何かを分別していた。
「あれは…?」
「ここは鼻が利く者の家系なので、花問屋をやっています。ここでは様々な花を乾燥させて上質の精油に浸すんです。この倉庫はこう見えてこの領で一番の生産量を誇る室内香を作っている工場なんですよ。」
花問屋が売れ残った花や見目が悪くて売れない花を使って室内香を作るなんてなんて合理的なんだろうって感心していると、ブワイヨさんは「そうか、」と言ってわたしをちらりと見やった。
むんずとチッタさんを捕まえて肩から降ろすと胸に抱え、「じゃあ、行こうか、」と言うなり明けっ放しの倉庫の中へ入って行ってしまった。
「え、」
突然の行動に戸惑いつつも追いかけると、ブワイヨさんは「お仕事中にすみませーん」と話しかけ始めた。
「道に迷ってしまったんですが、ガルースまでどう進めば行けますか?」
ありがとうございました。




