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プシ猫の欺瞞


                  ☆




 ――時刻変わらず、『スターダストオンライン』内、キャリバータウン・救難アンテナ塔。



 ……戸鐘路久はもうログインしているのだろうか?

 メニュー画面からフレンド一覧を覗くが、昨夜彼がキャラロストしたことを思い出して操作する指先を止めた。


 釧路七重――プレイヤー名・プシ猫は”キャリバータウン”を一望できるアンテナ塔の上にいた。

 アンテナ塔といっても現実世界にあるような立派なものではない。とりあえず高いところで電波を広げられるように。

 そんな要望の元で作られたソレは、お世辞にも安全性が高いとはいえない。

 鉄骨を地面に突き刺して根元をコンクリートで固め、引力で傾いても構うことなくアンテナを天辺に設置した、そんな手抜きな建物だ。

 天辺には一応、アンテナ装置をメンテナンスできるよう、足場が設けられている。


 きっとこの建物は、ジェンガじみたバランスゲームのルールでつくられたものに違いない。


 足場でしゃがみこんで白息を吐きながらプシ猫は皮肉気に笑った。


 いつもなら隣で瀬川遊丹が「どうしたの?」と小首を傾げてくれる。

 話すと、彼女は上品に笑い声をあげて「ナナちゃんのそういうところ、大好き」そう言ってくれる。


 こんなどうでもいい発想は、遊丹がいるおかげで価値あるものに変わってくれる。


 言葉に、行動に、意味が生まれる。



 ――だから、彼女を好きになった。

 恋愛という行為は、独りで生きることができない人間が進んで行うものだと信じていた。けど何を隠そう、私が一番の欠陥だらけだった。

 でも他人の疎む反面、他人から認められたいと考える面倒くさい性格を遊丹は認めてくれた。

 その上で、私を頼ってくれた。



「恩を、返す。それだけです」



 たとえこちらの情愛が一方通行なものだとしても、彼女の特別な感情が別の誰かに注がれていたとしても、遊丹が私にしてくれたことは少しも揺るがない。

 


 プシ猫が天上をみた。

 宙高くには星空が見えているというのに、キャリバータウン内では雪のようなものが降り注いでいた。



 スペースコロニーに位置するという設定なはずだが……たしか、戸鐘路久が得意げに何かを語っていた気がする。

 核の冬がどうのこうの……。


 一応、遊丹とのつながりで彼とは幼馴染である。

 彼は、自己主張が変なところで強かったり、彼のお姉さん・戸鐘波留にたいして異様にムキになることがある。

 そういう子供臭いところを私はあまり好きではなかった。


 

 ……でも、彼は尽力してくれている。

 遊丹をキャラロストさせた人間を、私が同じ目に合わせる。

 その目的が果たせるように動いてくれている。

 未だに、私がプレイヤーキルすることを彼は望んでいないようだが、……そんな彼の美意識やら美徳に付き合う暇なんて、ない。

 最後に彼が私を嫌ってもいい。

 お姉さんのゲームをそういう風に使う私なんて。



「!」



 プシ猫の視界に映るミニマップが反応する。

 彼女はすかさず、ライフル銃のバレル下に装着された【エレキ・バヨネット銃剣】を構える。

 昨夜、受けた襲撃で彼女のライフルはとある襲撃者によって半壊させられていた。

 もはや手に持つこの銃器には近接戦闘ができる機能しか備わってはいない。


 それに加えて、彼女の装備するリザルターアーマー【キャノンサス】のコンセプトは一言でいえば”固定砲座”、アーマーに搭載されたパーツ群は全て、安定した射撃環境をつくるためのものである。


 ミニマップにプレイヤーが映るのは、バンディット(一般プレイヤーに攻撃を行ったもの)か、”戦闘状態”(互いに戦闘行為を行ったもの)となった相手しかいない。

 つまりは、自身に対する(エネミー)だ。



「まさか昨夜の約束に応じてくれるとは思っていなかった……」



 来訪者の声が聞こえるに伴い、大挙として押し寄せた風圧にプシ猫が目を眩ませた。

 再び瞳を開くころには、目の前に白銀の装甲に身に纏った青年がいた。



「”リヴェンサー”……」



 地上とプシ猫のいる救難アンテナ塔の足場までは50m以上はある。

 ミニマップによる接近者の認知、そこから地上を見て、階段で登ってくる相手を威嚇する。

 その手はずがまるまる崩れ去ってしまった。


 昨夜、プシ猫の兵装を見事なまでに撃ちぬいて無力化した”リヴェンサー”という名前のプレイヤーは、あろうことか、翼の生えたリザルターアーマーでこの上空まで飛翔してきていた。



「プシ猫、か。

 遊丹と一緒にいた君は、もう少しだけ大人しいイメージだったが。」



「ッ――どうして私をしってるのです?」



 昨夜、強制ログアウトの直前でも、リヴェンサーはこちらに”遊丹”という名前をちらつかせた。

 その上でこちらに話がある、と場所を指定し、このアンテナ塔へ呼び出していた。


 プシ猫は嫌な予感を感じずにはいられなかった。

 下手すれば彼女は、今すぐにでも目の前の人物を切り殺したいという衝動に駆られるかもしれなかったのだ。



「わかっているに決まっている。 遊丹の……親友だからな」



 侮辱……、その一言が脳裏をよぎる。

 いや、ちがう。正統な他者の眼差しだとプシ猫は自身に言い聞かせた。

 けれどリヴェンサーは続けざまにいった。



「”恋人”のことだ。わからないことのほうが少ないって自負がある。」



 リザルターアーマーのヘッドパーツを外し、力ない笑みを浮かべる彼に戦う意思はない。

 それはプシ猫にもわかっていた。

 だがそれでも認めたくない事実があった。


 衝動を抑えられぬままにプシ猫は駆け出していた。

 銃剣【エレキ・バヨネット】が起動して刀身に稲妻を纏わせて駆ける。



「ユニを守ることすらできずに、よくもそんなことがいえるッ!」



 ゲーム内で意図的に変えていた口調が崩れ、釧路七重――遊丹を想う者として彼女は吠えた。

 七重の強襲にリヴェンサーは反応しなかった。

 銃剣の切っ先が彼の下腹部を捉えている。

 彼の白銀のアーマーを貫けるとは思っていなかったが、しかしプレイヤーキルしようという気迫だけはあった。


 けれど、七重は刀身がリヴェンサーに触れる前に膝から崩れ落ちた。



「……やらないのか? 君にはその権利がある」



「ユニがそれを望みますか?

 ユニが自分を守れなかった恋人を傷つけてほしいって、望みますか?

 私はわかんないです。ユニの親友でしかない私には。

 両想いの貴方ならわかりますか?」



「……思わないだろうな。 彼女は博愛主義を絵に描いたような子だよ。

 他人の思いに敏くて、傷つけぬように自分が傷つく」


「そうやって、答えられるのもイラつきます……私を殺しますか?

 月谷芥つきたにかい元会長……」



 リヴェンサー・月谷芥は眉間にしわを寄せて首を振った。



「プレイヤーキルなんてするものか。 むしろ、聞きたいのはこちらのほうだ。

どうしてネームレスに加担している?

 奴はこの狂気じみたVRゲームの中で人殺しを楽しんでいる。

 遊丹をキルしたのも、あいつの可能性が高い!」



「違います。彼は、私の前に遊丹をキルした犯人をつれてきてくれると約束してくれました。

 それに、彼は私と組んだときから一度だってプレイヤーキルをしたことがありません。

 ……ユニが目を覚まさない原因の一つだと考えられているV.B.W.の脅威を一番理解しているのも、彼です。」



「っ、随分と信頼しているな。

 俺が奴と対峙したとき、奴は俺を怒り狂った目で見てきたと知ってもそう言えるか?」



「それは……」



 七重はバレないように心の中で溜息をついた。

 彼女の知る限り、ネームレスこと路久が怒りをあらわにするのは、大抵、激しい嫉妬心とか羨望によるものだった。

 おそらく……。

 七重が眼前の白銀羽根付きアーマーをマジマジと眺めた。


 彼の着ているアーマーが原因だろう。

 路久は七重が今装着しているリザルターアーマー【キャノンサス】ですら、渡す際に相当渋っていた。 自分で作っておいて、かつプシ猫が装備しているほうが都合がいい、と自分で言ったくせに渋っていた。



「ともかく、私は彼といくです。 ――遊丹のことがなくても、今の学院会のやり方に賛同もできないです」


「本当にそれでいいのか? 遊丹だって学院会の一員だった。

 なのに、君は否定するのか?」



 この場において、無類の強さを誇るリヴェンサーと決別することは得策じゃない。

 彼と組んで遊丹を殺めた犯人を調べるのが一番いいとわかっている。

 

 それでもできないのは……まだ心の中でこのリヴェンサー・月谷芥に先んじて犯人を見つけたいと願っているせいかもしれない。

 

 何のために?


 ……遊丹に好かれたいから? 見直されたいから?

 ちがう。 ネームレスと活動するにつれて、学院会に疑いを持つようになったのは確かだ。外側から見ないとわからないことだってあるはずだ。


 

 七重は理屈に丸めて自分の選択が正しいと思いこもうとした。


 そのせいで彼女は背後からくる脅威に対応できなかった。

 突如リヴェンサーが声を張り上げる。



「伏せろ!」



 言われるがままにプシ猫がしゃがみ込むと、その頭上は火花を散らす剣戟によって彩られた。

 




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