旅の終わりと大商人
さて、王都についた訳だが。
俺はこれからアーニャの家にでも顔を出しに行こうと考えているが、同行者たちはどうするんだろうか。
「僕は冒険者ギルドだよ。というか君もだろ?」
「それもそうか」
到着報告をしてギルドに自分の位置情報を伝えると言うのは、義務であると同時に冒険者の権利でもある。
俺のようなギルドと契約を交わした冒険者は、ギルドに縛られていると同時に後ろ盾になってもらっているようなものなのだ。これから王都で住むところを探す時の身元証明にもなるだろう。
しかしまあ、最近はほとんど行商で納めるべきお金を稼いでたから、本分がどっちにあるかの意識が薄れてきてるな。最初は「メイン:冒険者、サブ:商人」って感じだったのに今じゃメインが商人みたいなもんだし仕方ないとも言えるが。
もちろんこうした状況は、旅に出る前にレミリアさんと話し合って決めていたことなので、別に困ることは無い。予定調和だし、どちらかと言うと上手くいきすぎている感じがあるくらいだ。
等級外ポーションの隙間産業っぷりが王都に近づいても変わることなく、色んな人に色んな側面から興味を持ってもらえたのが大きかったな。
商人は新しい商材と見て大人買いするし、冒険者は気軽に使用できるからか毎日買ってくれる人が多い。
もちろん隙間産業なのは理由があって、利率の低さや薬師の高級品志向が関係しているようだ。
俺みたいに自力で森に入って素材を得られて、かつ自力で調剤できる人間でもなければ旨い商売とも言えないようなのである。冒険者になって、クラスが召喚士だった時はどうなることかと思ったが、スキルの組み合わせ運に恵まれて何とかやっていけているってことだな。
閑話休題。
「じゃあギルド向かうとして、その後はどうするんだ?」
「もちろん狩りに出るよ」
こいつら午前中ずっと馬車で移動してたのに、目的地に着いた直後に狩りに出るのか。
ステータススキル法の恩恵を受けた冒険者の体力と言うのは大したものだ。俺なんかレベルが上がってもステータスが上がらないからこういう超人じみたことはできる気がしない。魔法使いみたいな後衛職でも似たようなことができると言うから、召喚士がどんだけステータス低いクラスか良く分かるというものだ。
ただまあ、こうした恩恵は魔物との戦闘って言う危険を代償にして得られるものだ。前衛だろうが後衛だろうがこれは同じで、当然こののほほんとしたジュリアスだって例外ではない。常識外れの体力は、それを許容できる人間のみ得られる力と言うことだな。
元の世界の感覚的には、普通の生活を代償に身体能力を鍛え上げるアスリートに近い感じかも知れない。
「ちょっとは休めよ。肉体的にはともかく精神的な疲れだってあるだろ?」
「それこそ、僕らの道中は馬車に揺られてるのが大半だったからね。最初は徒歩で向かうつもりだったから、予定より凄く気楽だったよ」
そう言うものか。予定より楽だからと言って実際に楽だとは限らないと思うが……。
まあその辺は個人の事情とか心の持ち様だから良いか。
「俺にとっては都合の良い護衛だったけどな。まあお互い旨い取引だったわけだ」
「そうだね。討伐クエストも手伝ってもらって君の召喚術も見れたし、僕としては取引の内容以上に旨い話だったよ」
とそこで、一旦言葉を区切って、ジュリアスがうかがう様な視線を向けてくる。
「……ところで、僕らはしばらくこの街で活動するつもりだけど、もし良かったらまたクエストを手伝ってくれないかな。……どうだろう?」
そんな遠慮気な目で見るなっての。
ここまで大体四ヶ月。もうそんなに遠慮し合う様な間柄でもないと思うんだけどな。
最初の俺の態度があったからか、彼はどうも俺への遠慮が無くならないようである。
最初のアレは初対面のせいで警戒心の表れただけだし、最近はそう冷たい態度とってないつもりだったんだけどなあ。
俺としてもさすがに、長旅を共にしたこの冒険者仲間にこうまで気を遣わせるのは気が引ける。
そう言うわけで、俺は右手を差し出した。色んな意味での『肯定』の握手である。
「これは……?」
「遠慮すんなってことだよ。なんやかんやで一緒に長旅を終えたんだ。気を遣われる方がもやもやする。正直言って、俺だって知り合いに素材採取を頼める方が安心だしな」
「そうか……なんだか少し嬉しいね。君が心を開いてくれたみたいで」
俺の差し出した手を握り返したジュリアスは、はにかんだような笑みを見せる。
うん、まあ俺としても改めて友好を確認できてうれしい限りだ。。
ただ……どうしてこうこいつはいちいち言動とかがホモホモしいのかね。
ベルナデットさん、俺たちを見て目を輝かせるの止めていただきたい。
その後、俺たちはギルドへと移動し受付を済ませた。
そして最後にもう一度再会を約束し、それぞれの目的地へと歩き出した。
■ □ ■ □ ■ □
「よーし、何か一区切りついたし、メシでも食べよう」
「アーニャに会いに行くんじゃなかったの?」
「あいつの実家って商家だし、メシ屋で聞いたら場所も分かるだろ。あと、俺が個人的にお腹減ったってのもある」
首を傾げたファミーネさんの質問に俺はそう答えた。
実際ちょうど昼ごろだしな。
ギルドまでの道中、それっぽい店から漂っていた匂いにやられて食欲も上昇傾向だ。
「レイ、あのお店とか、興味あるんだけどどう?」
飲食店街っぽいところを少し歩き、どこにするかと言うことになった時、カティアさんがそう言った。
彼女の指差した方を見ると、カレーっぽい絵の描かれた看板が見える。
それっぽい匂いも漂ってくるな。
というかこの世界ってカレーもあんのか。今の今まで知らなかった。
「俺も興味あるな。あそこにしよう」
即決してカティアさんと頷き合う。
ファミーネさんも乗り気なようなので、満場一致で俺たちはその店へと向かった。
「へいらっしゃい!」
威勢のいい店主に、看板に書かれた文字通り看板メニューを三つ頼み、俺たちは適当な席に着く。
少しして運ばれてきた水に口を付けつつ(水も有料だが、元の世界で言うチャージ料、席料みたいなもので支払いは必須である)、雑談しながら料理が来るのを待った。
「そう言や、アーニャの実家の名前ってなんだっけ? エリンウッドだっけ?」
「エリンウッ『ズ』……じゃなかった?」
「エールウッドって言ってたような気がするんだけどなぁ」
雑談の中でこれから探すアーニャの実家の話になったのだが、俺、カティアさん、ファミーネさんの記憶は見事にバラバラであった。
確かアーニャ自身の姓はオルトラムだったはずだ。商家の祖父母と言うのが母方らしいので、その姓ではなかったことは覚えているんだけどな……。
まあ四ヶ月前の話題だし、道中特に話題にも上がらなかったから忘れてても仕方ないか。
場所の聞き込みには時間が掛かるかもしれないけど、聞けばなんとかなるだろう。
「兄さんら、エールウッドに用なのかい?」
そう思っていると、料理を持ってきた店主が答えを教えてくれた。
ファミーネさんの記憶が正しかったようだな。
正解してドヤ顔をしているのにはちょっといらっと来たのであとでデコピンでもしておくことにしよう。
それより、店主がアーニャの実家を知ってるなら聞き込みをしないとな。
俺がエールウッドについて問い掛けると、料理を並べ終えた店主は苦笑いを返してくる。
「あそこは一般人が近寄るようなところじゃないぜ? でかい商家ってのは商人を相手に商売するもんなんだよ。兄さんらは……言いづれぇがちょっとそうは見えねぇな」
なるほど確かに。俺たちは村人の上から旅装を被ったような出で立ちだし、商人には見えないだろう。実際には薬を売って商売してる訳だが、見た目じゃ分からんわな。
「実は知り合いの実家らしいんだよ。ホントなら住んでるところを訪ねるのがいいとは思うんだけど、住所が分からないんだ。それで、取りあえず探しやすそうな店の方にって感じだ」
「なるほどな。それなら理解できる」
「そうなんだよ。……ところでおじさん、そのエールウッドの場所知ってるか? 不慣れなもんでそもそもその店の場所すら分からないんだよ」
「ああ、それなら……」
この昼時に、店主はわざわざ紙まで取り出してきて行き先を教えてくれた。
お礼にと追加でスープ(店主おすすめ)を注文し、俺たちは料理に舌鼓を売った後アーニャの実家へと足を向けた。
「なんか……だんだん人通りが増えてきてるね」
「そりゃ相手は大商人だ。店を構えてる場所も一等地なんだろうさ」
馬車も人も数多く、道はしっかりと石畳で整備され、通りには整然と店が並ぶ。
王都と言われて真っ先に思い浮かぶ貴族街的な印象とはまた違う、非常に活気のある風景であった。
「お、あれかな?」
そうこうしている内にひときわ大きな建物見えてきた。
書いてもらった地図の場所とも一致するし、あれに違いない。
店の前までたどり着き、店員の接客を受ける。
今になってここを訪ねて良かったのか不安になるが、住居なんて簡単に調べられないだろうし、間違いではないはずだ。
店員さんは業務外のこと言われて嫌がるかもしれないけどな。
「承知しました。会頭をお呼びいたしますので、応接室にてお待ちください」
接客スマイルでどう思われたか分からなかったが、とりあえずなんとかなったようだ。
その店員は奥に引っ込み、秘書かお茶くみか分からないが美人のお姉さんが出てきて別室に案内される。
「……ねえレイ、ここでホントに大丈夫なのかな?」
行き着いた応接室のソファに座りつつ、カティアさんが言った。
曖昧な言い方だが、まさしく場違いと言うべき場所にたどり着いてしまったため、不安なのだろう。
俺だってその気持ちは分かる。身なりも身分も場違いなのは言うまでもないし、改めて考えれば知り合いの保護者が居るとは言え、仕事場にアポイントも無しに訪ねるなんて常識外のことだ。
……やばい、めっちゃ不安になってきた。
「アーニャのやつ、自分は見習いって言ってたから……本人が出てくる可能性がゼロってわけでもないだろ? それに会頭ってことはアーニャのお爺さん? が出てくるってことだろうし、大丈夫大丈夫」
「そ、そうだよね、うん」
完全に自分に言い聞かせてる言葉だが、ファミーネさんは安心したようだ。ちょろい人である。
「ホントにそうかなぁ」
カティアさんは誤魔化したのに気付いたのか、胡乱気な視線を向けられた。ちょろくない。
その後しばらく、俺たちは振る舞われたお茶で気の休まらないティータイムを過ごし、そして数分後、ノックと共に数人の御付きを連れて痩身の老人が現れた。
「失礼する」
その老人は、風貌こそ総白髪の頭髪とあご髭も相まって枯れた印象を受けるが、それとは逆に声には力が満ちていて、総合的には威厳があると言った感じだ。
間違いなく現役バリバリなんだろうな、と言うのが俺の第一印象である。
この人がアーニャのお爺さんか。
「……君が、レイモンドくんかね?」
俺たちの対面のソファのところまでやってきた彼は、俺たちを一巡眺め、最後に俺に視線を定めてそう言った。
「はい、そうです……けど」
「そうか……」
ふう、と長い息を吐き、彼はおもむろに御付きの人たちを振り返った。
「ならば、君たちは下がっていてくれるか。私は今から、少々私的な時間を貰うことにする」
「よろしいのですか?」
「ああ。少し訳ありでな。予定は三十分ほどずらしておいてくれ。連絡も頼む」
「承知いたしました」
それだけの問答で御付きの人たちは部屋を出ていった。
「さて……挨拶がまだだったね。柄にもなく気が急いていたようで申し訳ない」
老人は再び俺たちに向き直り、第一印象を打ち破る好々爺然とした笑みを浮かべた。
「私はバドル・エールウッド。この商会の長をやっている。そして君たちからすれば、アーニャの母方の祖父といったところだな。よろしく」
差し出された手を、俺たちは立ち上がって順に握り返していく。
「レイモンドくん……君にはまず礼を言わせてほしい」
ソファーに腰を落ち着けた後、バルドさんはそう切り出した。
「この度は娘を救い出してくれて、本当にありがとう。心から感謝する」
そう言ってバルドさんが頭を下げる。
こういう立場の人が頭を下げるってのはかなり重大事な気もするが、私的な時間と言っていたしアーニャの祖父として、と言うことだろう。
「俺……いえ私が彼女を助けたのは偶然と気まぐれによるものですが、それでもこうして喜んでくださる方がいるのであれば、その甲斐はあったと言うことですね」
「当然だとも。……あの子の父親に私が課した試練が、巡り巡ってこのようなことになろうとは……何度自分を呪ったか分からん。本当に、感謝している」
どうやらこの大商会の一員として認められるべくアーニャの父親は単独で商売をしていたらしい。
そのせいで彼は王都に住んでおらず、アーニャとその母は王都との住居を行き来する頻度が増え、野盗に襲われる確率を上げてしまったのだという。
「それで……だ。君には何か感謝の言葉を伝えるだけ、と言うのでは私の気が済まん。何か、物での礼もしたいのだが、何か希望はあるかね?」
話し終えた後、バルドさんは改まった様子でそう言った。
なんかそう言う話の流れかなとは思ったが、予想は外れていなかったらしい。
ただ俺としては既に野盗の財宝と言う対価をもらっている訳で、流石にこれ以上は欲を張り過ぎている気がする。
しかしそれをバルドさんに伝えると、
「ははは、それで欲を張ると言っては、私など欲まみれのジジイになってしまうな。だが一つ言わせてもらえば、その対価はあの子が救われたことに対する、あの子からの対価だろう。私は私の感謝の気持ちに対して、君に対価を得て欲しいのだ」
そんな風に朗らかな笑みを返されてしまった。
ううむ。流石に口が上手いと言うか、説得上手な人である。
そう言われるともらって差し支えない気もしてくるものだ。
ただ、もらうとすれば果たして何が適切だろうか。
何を言っても断られない雰囲気はあるけど、むちゃくちゃな要求をするわけにもいくまい。
……ん? あれ、これって俺、試されてるのか?
いやいや、深く考えないようにしよう。
大商家の長ゆえ、この老人の評価は「お金を稼いで家族に楽をさせる」と言う俺の最終目標に関わってきそうな気もするが、背伸びをしたところでどうしようもないだろうしな。
「……では、貸し家を探すのを手伝っていただけないでしょうか。これからしばらくアカデミーに通う予定があって腰を落ち着ける必要があるのですが、なにぶん王都は不慣れなので……」
「なるほど……私は構わんが、それでは少し私の気が収まらんのう。他には無いのかね?」
うーん。そう言われても丁度いいのは思いつかない。
いやこれから色々入り用だけど、そんなこと言ったらとどのつまり「金をくれ!」ってことになるだろうしな。
「今のところは……。王都で生活を始めるにあたっての費用は既に準備していますし……強いて言うならこれから何かあった時に助力いただきたいなと、そう思います」
大商人のコネとかいうのもあるだろうけど、俺みたいな弱小商人が得たところで生かし様がないしな。そんなものよりは、先行きの不安に対する保険になってくれる方が俺にとってははるかに意義のあるものになるだろう。
「ふむ……無欲な青年だな、君は。だが了解した。今後君が助けを求めた時には、惜しまず力を奮うと約束しよう」
おおう。なんか大仰に返されたな。まあいいか。
そう言うわけで、俺たちは貸し家の紹介先と生活の後ろ盾(と言うほど堅苦しいものではないが)を手に入れた。
その後も俺たちはアーニャの話題で少し話しをし、バルドさんの時間が来たのでこの場はお開きとなった。
アーニャに会うためにと夕食にも招待してもらったし、目的は果たせたと言えるだろう。
バルドさんと入れ替わりでやってきた担当の人とやらと貸し家の条件を話し合いながら、その日は暮れて行くのであった。
私用にて、おそくなりました。話もあまりすすんでなくて申し訳ないです。




