10.彼方からの応援
関所街ラルドフィーネはまごうことなき都会である。
王都ストルスタットよりはかなり南方に位置するため、都会の中で考えればやや順位は低いかもしれないが、寒村出身の俺にしてみればもの凄く都会である。
そしてその大都会ラルドフィーネの市場は、これまた凄まじい盛況ぶりだった。
ツィーゲの市場を初めて見た時も驚いたが、今回のはそれを越えている。
だってそこそこ広い道なのに、およそスペースと言うものが無い。
道の中心は馬車が、店舗や露店のある端の方は人がひっきりなしに通行している。どこを歩いてても体に触れそうな距離で何かしらとすれ違う必要が出てくるのだ。
「ちょいとぶつかってスリとかし放題だなこれ……」
と、考えがてら呟いた俺だったが、その危険性をすぐに深く自覚した。
なにせ俺は大きな薬箱を背負い、その側面に荷物袋を吊るしているような状態だ。立ち止まった状態だったら、荷袋の口を開かれても気付かない自信がある。
「やっぱり先に荷物置いた方が良いか。ええっと宿屋は……」
辺りを見渡して、宿屋っぽそうなところを探す。
これまで立ち寄った街と変わらないならすぐ見つけられるはずだ。
そうして少しの後、俺は宿に荷物を置いて改めて市場に繰り出すことになった。
宿が見つかるまでの紆余曲折は、まあ色んな人に評判とかを訪ねたくらいなので割愛である。
■ □ ■ □ ■ □
「さてさて、まずは賦活化装備の店でも冷やかすかな」
荷物を置いた後、宿を見つけるまでの間に目星をつけていた店に入る。
まずは消耗品とかを買えって? いやいや、この街を拠点に少し討伐クエストもこなすつもりだし、消耗品を買うならどんなクエストがあるのか見てからの方が良い。
というか賦活化装備を見に来たのは言葉通り冷やかし目的だしな。
安かったら即決で買うけど。
ところで今俺の手元にある金は、大体金貨一枚分くらいだ。
この国の通貨には銅貨、銀貨、金貨が用いられているが、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚のレートである。
それぞれの価値が日本円でどれくらいかは良く分からないが、俺がギルドで寝泊まりしてた時に使ってた金額は一日銅貨三十枚くらいである。
それ以外の細かな雑費(服とかを買い替えるための積立てとか消耗品)を含めると銅貨四十五枚は下らないだろう。
今俺は大体その二百倍くらいを手にしていると言う訳である。
よくよく考えたら結構稼いでるな俺。
まあ等級外ポーションって単価安いから見えにくいけど、原料がほぼタダ(道中採取した薬草)だから利率はいい。それでいて単価の安さ=売れやすさだから、ボロい商売なのだ。
すぐまねされるだろうからいつまで続くかは分からないが、それまでにはちゃんと賦活化装備を揃えてレベル上げの下地を作って、次の商売の準備をやっとかないとな。
さて、それより賦活化装備だ。
流石に大都会ラルドフィーネだけあって品揃えは多い。ほとんど手が出ない値段だけどな。
「魔力プラス1の指輪が銀貨五十枚か……」
今俺が持っている魔力プラス1のステータスがついた篭手は、値崩れで投げ売りされ、半額くらいになって銀貨二十枚くらいだった。元値を考えればこの指輪は同等か、少し高いくらいの値付けがされているわけだな。
「うーん」
顎に手を当てて、俺は考える。
手元には金貨一枚。銀貨で言えば百枚分。この指輪なら二つは買えるが、同じだけ稼ぐのにまた一ヶ月くらい掛かると思えば無駄にはできない。
はたしてこの街でもツィーゲと同じ様に投げ売りされるようなことがあるのだろうか。
それとも需要があるから値下げなんてないだろうか。
ツィーゲからこちら投げ売りされてるところなんてなかったから今に至ってるので、最低品質品なら値下げ無いと買う気が起きない。
ただ、今の俺は魔法軽減のスキルのおかげでクロウを魔力2で召喚・送還できるようになっている。
一日に召喚できる数が決まっている以上、今すぐに魔力プラス1の装備を二つくらい買って召喚回数を増やし、レベル上げを加速するべきなのだろうか。値下げがあるのかないのか、そしていつ値下げされるのかが分からない以上こちらの方が良い気もする。
それとも魔力プラス1にこだわらず、少しいい物に目を向けるべきか?
いやそれだとどのレベルの品ならいいのかもう一度考え直さないといけない。すぐには無理か。
いやいや。
ああでも。
うむむむむ……。
俺はそんな感じで、思考を巡らせながらしばらく棚の前で唸り声を上げていた。
少しすると漫画に出てくるようなはたきを持った店主が「うおっほん」とかこれ見よがしに咳をしながら近づいてきたので、俺はとりあえず店を出ることにした。
まあ悩むだけならどこでもできるしな。
と言う訳で、頭を整理しがてら俺は次の目的地である冒険者ギルドへと向かった。
冒険者情報を記録しておかないといけないし、クエストも見繕わないといけないからな。
■ □ ■ □ ■ □
「じゃ、この用紙に記入してくれ」
「はい」
受付はおっさんだった。哀しい。
別に嫌とか悪いとかじゃないけど、ツィーゲではなんやかんやでレミリアさんと良く話をしていたし、綺麗なお姉さん成分が足りていない。絶望的に。
美少女成分でもいいのでお願いします、神サマ。
「クラスは召喚士で、現在は覚えた薬学で商売をやっている。で契約達成は金銭での支払い中心にしたい、納税も金銭メイン、と」
「そうです」
記入した用紙を手渡すと、おっさんがそれを読み上げた。
ステータスやスキルなど秘匿されることがスタンダードな情報は無いが、ギルドの受付はこの情報でおすすめするクエストや提供する情報を判断するのである。
おっさんも納得したように頷いている。
「珍しいクラスだ。名前はレイモンド。……って、そういやなんか、ツィーゲから要望書が届いてたな」
なんだそれ。知らんぞ。
おっさんは引き出しから何かの紙を引っ張り出す。
「ああこれだ。確かにお前さんに関する要望書だよ。個人名義だが、お前さん若ぇわりに肝入り冒険者なのかよ」
俺の年齢か、あんまり強そうに見えない所を見てかおっさんが胡乱げなを向けてくる。
「そ、それには何が書いてあるんです?」
「そんな大したことじゃないぜ? 個人名義だしな。まあ要するに、ちょっと目を掛けてやってください、ってやつだ。戦闘にあまり向いてないからクエストは吟味してやれとも書いてあるな。レミリアって受付嬢からだ」
お、おおう。
レミリアさん、俺が『適当なところまで行ったら手紙書きます』なんて言った時なんか含み笑いしてたけど、これだったのか。
というか嬉しいぞ。めっちゃ俺、応援されてる。
凄まじくやる気がわいてきた。
「そんにしても、お前さんがねぇ」
おっさんはやっぱり疑問なようだ。
ちょっと訝しげなのもいい加減にしてほしいね。
だって俺はレミリアさんの肝入りなんだからな。
あんまり良くないことだが、俺がレミリアさんに能力を認められた要因をほんの少し話すとしよう。
俺はともかくレミリアさんが舐められるのは我慢できないし。
「そんなに不思議なら、ひとつだけ理由を教えてあげます。俺、魔法軽減のスキル持ってるんですよ。今はお金を稼ぎながらアカデミーに向かってるところです」
俺の言葉に、おっさんは目を剥く。
この反応を見ると魔法軽減のレア度は結構なもんらしい。まあ効果自体もかなりチート気味だしな。
なんか目を付けられそうなので俺のレアな能力、アビリティ『学識』やスキル『目利き』のことは黙っておこう。
「なるほど……召喚士との組み合わせは聞いたことがねぇ。大成しそうな感じがするな」
「分かってもらえましたか」
「ああ、俺が初めにお前の担当になったとしても、肝入り冒険者として推すくらいにはな」
めっちゃ手のひら返されたな。
でも、これがステータススキル法のあるこの世界なのだ。たまたま得た一つの能力で評価がひっくり返ったりする。ファンタジーだね。
「じゃあ、俺はクエストを見てきます」
「ああ。いくつか持ってきても良いぞ。俺も一緒に吟味してやる」
同時に受領するわけでもない場合、複数の受注票を受付に持って行くのは禁止されている。
それをやっていいって言うんだから、偉大なるは魔法軽減さんってことだな。
まあ、向こうとしては有用な冒険者を死なせないように、ということなんだろうけど。
俺はクエストを見繕い、レミリアさんに応援されて上がったテンションのまま、翌日のクエストの受付を済ませた。
遅れた割に内容がない・・・。




