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Under the Rose  作者: 泉夏
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ローゼが扉に近づくと、外から侍女達の話声が聞こえてきた。

いつもなら気にせずそのまま出ていくのだが、勘が働いたというべきか。

扉を半ば開きかけていた侍女のグラースの行動を制止させた。

止めておけばいいものを、ローゼは思わずその場にとどまり耳を傾けてしまう。


「あら?ブラット様はこちらにいらっしゃっていないの?」

「予定はなかったけれど?どうして?」

「……先程、見かけたのよ。ということは……」

「あちらにいらっしゃるのね……。全く困ったものだわ」


しばらく沈黙が続き、侍女達は重く低い声で会話を開始した。


「……姫様がお可哀想」

「リーリエ様もブラット様も少しは考えてくださればよいものを―――」


ローゼは開きかけた扉をそっと閉じ、やはり聞かなければよかったと小さく目を伏せた。

彼女の側では一緒に会話の内容を聞いてしまったグラースが心配そうに様子を窺っているのがわかる。


「―――庭を散歩するのはやめておきましょうか」

「……ローゼ様……」

「大丈夫よ。いつものことだもの」


ローゼはグラースににっこりと微笑む。

私は気にしていないからと精一杯のポーズだ。

グラースは痛ましそうな表情をしていたが、彼女も笑顔を作る。

主人を椅子まで導き、明るい声を出した。


「お飲み物をご用意しますね」

「ありがとう」






グラースが出て行ったのを確認すると、ローゼは大きく項垂れた。

わかっていることだが、ああいう話を聞いてしまうとさすがに辛い。

こんなことがどちらか(・・・・)が結婚するまで続くのかと思うとうんざりしてしまう。

もういっそのこと、あの2人が婚約すればいいのにとすら考えてしまうこともしばしばだ。


ローゼは部屋に飾られている薔薇の花を眺めた。

それは最近彼女の元に届くようになった、送り主が不明のもの。

もしやブラッドからなのではと期待し、それとなく話題をふったが彼は何も知らなかった。

ブラッドがそんなことをするはずがないと冷静に考えればわかるはずなのに。

それでもローゼはわずかな期待にかけたのだが、あっけなく散ってしまった。




ローゼはグリューン国の第二王女である。

その身分ゆえ、幼い頃から決められた婚約者がいた。

彼の名はブラットといい、公爵家の跡継ぎ。

ローゼにとって彼は婚約者と同時に幼馴染であった。


そしてブラットにはもう1人、幼馴染である人物がいる。

ローゼの姉でグリューン国の第一王女リーリエだ。

彼女はブラットと同い年ということもあり、とても(・・・)仲が良い。




―――リーリエとブラットは恋仲である―――




ではなぜブラットの婚約者がリーリエではないのか。

それはリーリエにもすでに別の婚約者がいるからだ。

それも彼女のお相手は、赤ん坊の時に決められていた。


お相手は大国ヴァイスの王太子フォーゲル。

グリューンは小国な上これといった特産物もなく、ヴァイスにとっては取るに足らない存在の国であった。

そのためグリューンの姫がヴァイスの王太子の妻になるなど通常では有り得ないことだ。


どうしてそうなったのかと言えば話は単純なことである。

かの国の王がグリューンの王妃を垣間見、惚れたからにつきる。

幸い王は他国の王妃を奪い取ろうという愚かな人間ではなかった。

だが、心の奥にいつまでも王妃への想いが燻っており、どうしたものかと悩み続けていた。


そんな中、グリューンの王妃が娘を出産したという話を耳にする。

そこで、王の苦悩を知っていた側近がある提案をした。

「その娘を我が国に迎えてはいかがでしょう」と。


王女―――リーリエはまだ赤ん坊であったが、将来王妃に似た美しい娘になるだろうとすでに言われていた。

王が大いに悩んだ結果、側近の提案を受け入れることにした。

ただし、自分の妃ではなく、すでに産まれていた息子の妃として。


突然の婚約話にグリューンの王達は驚いたが、断る理由もなかった。

むしろ滅多にない縁であると、嬉々として受け入れたのである。


そして今現在、リーリエは予想以上に美しい娘に成長した。

リーリエは何度かヴァイスを訪問しており、かの王も彼女の美しさを直に見て満足していた。


しかし、リーリエ自身は憂鬱だ。

一国の王女として生まれたため、勝手に決められた相手と婚姻を結ばなければならないという理不尽さに、胸中顔を顰める。

彼女には他に愛している男がいるため、その思いはさらに拍車をかけた。


お互いに決められた婚約者がいるにもかかわらず、リーリエとブラットは今なお愛を育み続けている。

2人の仲は宮中では公然の秘密であるが、箝口令が敷かれていたため、市井や他国には伝わっていないはずだが―――






今日も届けられた美しい薔薇。

いつも色取り取りの薔薇が届けられるが、今日はローゼが一番好きな品種であった。

サーモンピンク色をしたそれは他の薔薇とは違い、ころんと可愛らしい形をした小さな花を房状にたくさんつける。

華やかに咲き誇る薔薇は好きだ。

しかしローゼは自分の名を意識してしまい、そのような薔薇よりも可愛らしい薔薇を好んでいた。

あるいはいつも煌びやかな姉リーリエと自分を薔薇に重ねているのかもしれない。

今年初めて見るその薔薇に、庭園にも同じものがあったはずだと思い出したローゼは庭園へ行くことに決めた。






ローゼは途中まで連れ立っていたグラースを始めとする供の者を、庭園の入り口で待たせた。

当然皆渋い顔をしたが、グラースが説得してくれたため、ローゼはようやく1人になれた。

向かう先に迷いはない。

ただ一直線にたくさんの薔薇が咲く場所へと向かった。


優しい風が吹き、ローゼの黒い髪に結ばれた赤いリボンの先がひらひらと舞う。

風が薔薇の香りを運び、ローゼは心地よさに目を閉じた。

嫌なことを全て忘れられるようだった。

実際そんなことは無理なのだが、せめてこの一時はと思ってしまう。

ローゼは注意力が散漫になっていたため、背後に忍び寄る影に気付かなかった。

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