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一瞬、目を閉じたが、やはり最後まで見届けようと、好敏は両目を見開いた。
熊蔵は操縦桿を倒し、片方のプロペラを逆回転させて、飛行船を横倒しに傾ける
船首から突っ込んでは、さすがに衝撃が強すぎると判断したのだろう。飛行船は、船腹を山肌に押し付ける格好になった。
ばきばきばき……! と、山肌に押し付けられた飛行船本体が、悲鳴を上げる。
衝撃が横方向から突き上げ、好敏は必死になって、船内あちらこちらに突き出している手摺にしがみついた。
「わあああーっ!」と、カシムが絶叫している。好敏も我知らず、腹の底から咆哮していた。
ゴンドラ船窓に、山肌が近々と接近している。山頂まで生えている短い雑草が。はっきりと見分けられた。
なぜか、下生えに隠れていた山鳥の群れが慌てて飛び出すのを、好敏はぼんやりと眺めている。
山には低い灌木の類が生えている。それらの木々が、飛行船の衝撃を受け止め、速度を減じていた。
壁が床になり、床がほぼ、垂直になった。熊蔵は振り返り、怒鳴った。
「逃げろっ! 今なら、間に合うっ!」
好敏と、カシムは「はっ」と顔を見合わせた。熊蔵は口を閉じ、操縦装置から手を離して、出口へと殺到した。
「カシムっ!」
好敏はカシムに叫ぶと、熊蔵の後に従った。
出口に頭から飛び込むと、柔道の受け身を取って、背中を地面にするよう、転がった。
ちらりと、カシムが従いてくるのを、視界の隅で確認した。
後はもう、何が何やら、覚えていない。
くるくると、全身が回転する感覚があって、身体中に痛みが走る。どこまでも、回転は止まらない。
手足を突っ張り、何とか動きを止めようと格闘した。
目を開けると、視界一杯に、青空が広がった。こんな状況なのに、見上げる青空には、ひどく散文的な、千切れ雲が浮かんでいる。
慌てて飛行船を振り返ると、横倒しになったまま、山肌をずりずりと擦ってゆく。
ガス気嚢を格納した本体が、奇妙に歪んでいた。
と、目の前に、ぱっと白い光が弾けた。
ガス気嚢が破れ、金属骨格が擦れ合い、火花が散って、水素ガスに引火したのだ!
飛行船の全体が燃え上がった。
白い色は、水素ガスと酸素が反応して、水蒸気になったものである。が、熱は次の反応を引き出す。
飛行船の船体に塗られている銀色の塗料は、酸化鉄を含んだアルミニウム塗料である。それが、水素ガスが燃え上がった際、熱に反応して、還元反応を引き出す。
いわゆるテルミット爆発だ。
塗料に含まれている酸化鉄が還元されて発生する還元熱は、鉄をも熔かす、猛烈な熱量だ。
一瞬にして、炎は飛行船を包んでいた。燃え上がる火炎の熱が、好敏の顔に届き、ちりちりと眉毛が焦げた。
「ふうーっ!」
すぐ近くに、熊蔵がいた。地面にべったりと尻を突いて、大口を開けている。
目が合うと、なぜかお互い、ニヤリと笑い合う。
「何とか生き延びたな」
熊蔵の言葉に、好敏は無言で頷いた。
「あっ!」とカシムを思い出す。
きょろきょろと、何度も好敏は周囲を見渡した。
カシムはとうに、姿を消していた。




