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暁の双翼  作者: 万卜人
第一章 秘密指令
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2

 パリ市街に戻り、投宿しているホテルの入口に二輪車を停めると、偶然、熊蔵が出てきたのにバッタリ鉢合わせをした。

「日野さん! 飛行試験に合格しました!」

 勢い込んで報告すると、熊蔵はちょっと顔を上げ「うん……」と生返事。

 好敏は不審に思った。熊蔵は、まるっきり、好敏の合格に興味を示さない。

 ちら、と好敏の背後にいるセーラを見て、熊蔵は僅かに眉を顰めて見せた。セーラの存在が、気に食わないのか?

「おめでとう……。俺はこれから、ドイツへ向かう。飛行機の買い付けだ」

「ドイツです……か? 日野さんが買い付ける飛行機というのは、どのような?」

 好敏の問い掛けに、ようやく熊蔵は表情を緩めた。

「ハンス・グラーデという、飛行機だ。中々、優秀な性能らしい。操縦も簡単で、一人乗りだが、有望だ。君のアンリ・ファルマンⅢ型は複葉機だが、これは単葉機だ」

 好敏は、任務の性質上、欧州で開発されている飛行機については、情報を集めていたから、熊蔵の「ハンス・グラーデ」という機体についても、知識があった。

「確かに日野さんの仰る通りですが、ハンス・グラーデ機に搭載されている、発動機の出力は、ファルマン機より低いのでは?」

「しかし、ファルマン機の半分の重量だ。重量/出力比率から算定すると、ファルマン機より有利と言える」

 つまり、大出力のエンジンを搭載して、大きな機体を飛ばすより、重量を軽減した機体に見合ったエンジンのほうが経済的、という理屈である。小出力のエンジンなら、エンジン自体を軽量化できる。

 二十世紀初頭、飛行機は複葉機が主流であった。そもそも、ライト兄弟が初飛行に成功したのが複葉機ということもある。

 が、一番の理由は、複葉機なら翼面積を大きく取れ、揚力を稼ぎ、失速を防ぐという考えである。

 単葉機の利点は、揚力計算が単純で済み、また下の翼が起こす乱流が、上の翼に影響を与えないという利点である。

 この頃、様々な形式の飛行機が試されつつあった。

 一例を挙げると、プロペラの取り付け位置についてである。

 好敏の操縦するファルマン・タイプは機体後方にプロペラがあり、推進式と呼ばれる。

 一方、熊蔵が買い付けようとしているハンス・グラーデは、前方にプロペラがある。

 やがて飛行機は、機体前方にプロペラを置く形式が主流になる。機体と昇降舵の真ん中にプロペラを置くと、前後の機体そのものに乱流が発生し、揚力を損なう、という事実が発見されたからであった。

 が、飛行理論はそこまで進んでいない。試行錯誤の時代であった。

「では、行ってくる!」

 熊蔵は短く言葉を押し出すと、素早く敬礼をして、急ぎ足になってホテルから通りに出て行った。

 好敏は慌てて答礼をしたが、すでに熊蔵の姿は、曲がり角に消えていた。

 セーラに目をやると、呆気に取られたという顔つきである。

「忙しいお方ですこと!」

 無視されたと感じているらしく、やや憤然とした口調である。今までの熊蔵と、好敏の会話は日本語で交わされたからだ。

 好敏はセーラの顎に手をやり、笑いかけた。

「怒るなよ!」

 囁き、素早く唇を寄せ、キスする。

 セーラは忽ち、耳まで真っ赤になった。くるりと背を向け、小さく呟いた。

「いけない人!」

 今の場面を目撃したのか、通りの真向かいに立ち話をしていた中年の婦人が、物凄い剣幕でこちらを睨んでいる。

 服装から推測すると、上流階級の婦人らしい。一見してアジア人である好敏が、白人の娘に口付けしたので、驚いているのだ。

 好敏はわざと、その婦人に向けてウインクをしてやった。中年婦人たちは、そそくさと顔を背け、立ち去ってしまった。

 セーラは、悪戯っぽく笑っている。好敏は、セーラの背に手をやり、ホテルのフロントへ向け、歩き出した。

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