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セーラは好敏を、エッフェル塔近くのレストランに誘った。好敏は、セーラの誘いに首を傾げた。
「おい、お祝いとしても、席が取れないぜ。予約は……」
セーラは澄まし顔で、言い返した。
「予約は取れてます! あたしが、今日の朝に、ちゃあんと取って置いたの!」
「ははあ!」
好敏は頷いた。にっこり笑って、セーラの腕を取る。
「それじゃ、お言葉に甘えて……」
レストランに入ると、すぐにギャルソンが飛んで来て、セーラの予約を確認する。ギャルソンは、皺深い顔つきの、この道ウン十年といった風格のある老人だった。
セーラの腕を取る好敏を見て、額に幾本も皺を刻んだが、何も言わず、ドア近くの席に案内する。
好敏は、かっとなった。
「おい、俺を馬鹿にするのか?」
ドア近くの席は、はっきりと差別感情を表している。上客の席順は、店の奥である。好敏がアジア人と見て、軽く見たのだ。
セーラも顔を真っ赤にさせた。
「無礼だわ! あたしは、セーラ・リリエンタールよ! 予約は、きちんと取ってあります!」
セーラの大声は、店内に轟いた。セーラの態度に、ギャルソンは狼狽を見せた。店内の客が「何事?」とばかりに、一斉に顔を挙げ注目している。
「それでは、こちらへ……」
ギャルソンは尊大な顔つきで、二人を店の奥へと案内する。
席に着いても、セーラはまだプリプリ怒りが収まらない。
「信じられないわ。ここは、とっても客の扱いについては評価がされているのに!」
「もう、よせ」
好敏はむっつりと呟いた。こんなあしらいは、欧州に来てから何度も経験している。
欧州は、アメリカに比べ、有色人種の差別が少ないとされている。
しかし好敏は、はっきりと態度に出さないだけで、ヨーロッパ白人にある、有色人種への差別感情は根深いものがあると確信していた。
だいたい、ドイツ皇帝が、日露戦争前後に「黄禍論」という説を堂々と唱えているくらいだ。つまり、黄色い肌のアジア人が、世界を席巻する危険を論じているのである。
それでも、食前酒が出され、メイン・コースに移る頃には、セーラの怒りも静まって、口数も多くなった。
セーラの話題は、取りとめもない。
「ねえ、好敏さんの故郷って、どんな所?」
「どんな所と言っても……」
好敏は漠然と手を上げた。
脳裏に、東京の風景が浮かぶが、正直なところ、セーラにどう説明して良いやら、途方に暮れていた。
何から何まで、違いすぎる。
石と煉瓦で造られたパリの市街に比べ、木と紙で構成された、日本の町並みは、あまりに距離があり過ぎた。
「日本には、サムライっているんでしょ? 死ぬときは、刀で自分の腹を切るのよね? 好敏さんも、死ぬときは腹を切るの?」
これには微笑を持って返事に替える。まともに答える気にもならないではないか!
セーラは「日本語を覚えたいわ」とか「あたしにも、日本の着物が着られるかしら?」など次から次へ話題を変える。
好敏は、セーラの話題の底流に「あたしを日本へ連れて行って!」という要求を感じ取っていた。
セーラを連れて、日本へ帰国する……。つまりは、妻として、である。
そんなことが、可能だろうか?
飛行学校に入学して、好敏はセーラと急速に接近した。どちらともなく、お互いに好意を寄せ合い、気がついたら、深い仲になっていたのである。
好敏は頭を振った。
実家の、徳川家は決して、セーラの存在を許さないだろう。好敏の洋行に際しても、徳川宗家、親戚の水戸家両方も、極めて頑固に反対したものである。
好敏は宗家の家達、水戸家当主の篤敬に粘り強い説得を重ね、ようやく飛行学校の留学を勝ち取ったのだ。
飛行機の技術を修得するというだけで、あれほどの抵抗を見せたのである。外国人の妻をなど、まず不可能と思える。
「どうしたの?」
セーラが、不意に黙り込んだ好敏に、心配そうな顔つきになって話し掛けた。
好敏は、どうにかこうにか、笑顔を作った。
「何でもない。ほら、肉が冷めるぜ」
二人は黙って食事を終えた。
食事を終え、セーラを伴ってホテルに戻ると、意外な人物が好敏を待っていた。松岡洋右。優秀な外務官僚で、後の外務大臣である。




