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暁の双翼  作者: 万卜人
第一章 秘密指令
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 セーラは好敏を、エッフェル塔近くのレストランに誘った。好敏は、セーラの誘いに首を傾げた。

「おい、お祝いとしても、席が取れないぜ。予約は……」

 セーラは澄まし顔で、言い返した。

「予約は取れてます! あたしが、今日の朝に、ちゃあんと取って置いたの!」

「ははあ!」

 好敏は頷いた。にっこり笑って、セーラの腕を取る。

「それじゃ、お言葉に甘えて……」

 レストランに入ると、すぐにギャルソンが飛んで来て、セーラの予約を確認する。ギャルソンは、皺深い顔つきの、この道ウン十年といった風格のある老人だった。

 セーラの腕を取る好敏を見て、額に幾本も皺を刻んだが、何も言わず、ドア近くの席に案内する。

 好敏は、かっとなった。

「おい、俺を馬鹿にするのか?」

 ドア近くの席は、はっきりと差別感情を表している。上客の席順は、店の奥である。好敏がアジア人と見て、軽く見たのだ。

 セーラも顔を真っ赤にさせた。

「無礼だわ! あたしは、セーラ・リリエンタールよ! 予約は、きちんと取ってあります!」

 セーラの大声は、店内に轟いた。セーラの態度に、ギャルソンは狼狽を見せた。店内の客が「何事?」とばかりに、一斉に顔を挙げ注目している。

「それでは、こちらへ……」

 ギャルソンは尊大な顔つきで、二人を店の奥へと案内する。

 席に着いても、セーラはまだプリプリ怒りが収まらない。

「信じられないわ。ここは、とっても客の扱いについては評価がされているのに!」

「もう、よせ」

 好敏はむっつりと呟いた。こんなあしらいは、欧州に来てから何度も経験している。

 欧州は、アメリカに比べ、有色人種の差別が少ないとされている。

 しかし好敏は、はっきりと態度に出さないだけで、ヨーロッパ白人にある、有色人種への差別感情は根深いものがあると確信していた。

 だいたい、ドイツ皇帝が、日露戦争前後に「黄禍論」という説を堂々と唱えているくらいだ。つまり、黄色い肌のアジア人が、世界を席巻する危険を論じているのである。

 それでも、食前酒が出され、メイン・コースに移る頃には、セーラの怒りも静まって、口数も多くなった。

 セーラの話題は、取りとめもない。

「ねえ、好敏さんの故郷って、どんな所?」

「どんな所と言っても……」

 好敏は漠然と手を上げた。

 脳裏に、東京の風景が浮かぶが、正直なところ、セーラにどう説明して良いやら、途方に暮れていた。

 何から何まで、違いすぎる。

 石と煉瓦で造られたパリの市街に比べ、木と紙で構成された、日本の町並みは、あまりに距離があり過ぎた。

「日本には、サムライっているんでしょ? 死ぬときは、刀で自分の腹を切るのよね? 好敏さんも、死ぬときは腹を切るの?」

 これには微笑を持って返事に替える。まともに答える気にもならないではないか!

 セーラは「日本語を覚えたいわ」とか「あたしにも、日本の着物が着られるかしら?」など次から次へ話題を変える。

 好敏は、セーラの話題の底流に「あたしを日本へ連れて行って!」という要求を感じ取っていた。

 セーラを連れて、日本へ帰国する……。つまりは、妻として、である。

 そんなことが、可能だろうか?

 飛行学校に入学して、好敏はセーラと急速に接近した。どちらともなく、お互いに好意を寄せ合い、気がついたら、深い仲になっていたのである。

 好敏は頭を振った。

 実家の、徳川家は決して、セーラの存在を許さないだろう。好敏の洋行に際しても、徳川宗家、親戚の水戸家両方も、極めて頑固に反対したものである。

 好敏は宗家の家達、水戸家当主の篤敬に粘り強い説得を重ね、ようやく飛行学校の留学を勝ち取ったのだ。

 飛行機の技術を修得するというだけで、あれほどの抵抗を見せたのである。外国人の妻をなど、まず不可能と思える。

「どうしたの?」

 セーラが、不意に黙り込んだ好敏に、心配そうな顔つきになって話し掛けた。

 好敏は、どうにかこうにか、笑顔を作った。

「何でもない。ほら、肉が冷めるぜ」

 二人は黙って食事を終えた。

 食事を終え、セーラを伴ってホテルに戻ると、意外な人物が好敏を待っていた。松岡洋右。優秀な外務官僚で、後の外務大臣である。

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