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数台の車に分乗して、一同は飛行船へと向かう。歩いても距離はないのだが、ヒンデンブルク御大の年齢を考慮してである。
近づくにつれ、いよいよ飛行船の巨大さが、好敏の眼前に迫ってくる。こんな巨大な物体が易々と空中に浮かぶのは、驚異である。
もちろん、飛行船は内部の気嚢に空気より軽いガスを封入しているから、浮力がつくのだ。ヒンデンブルクは、車中で「浮力を得るため、水素ガスを使っている」と説明する。
熊蔵は眉を顰めた。
「それでは爆発する危険があるのでは? 水素ガスは、極めて引火性の強い気体ですぞ。なぜ、安全なヘリウムを使わないのです」
するとハンドルを握るゲオルクが、軽く笑って一蹴した。
「水素ガスが危険なのは、漏出がある場合だ。あの飛行船に採用している気嚢は、極めて密閉性があって、漏出は一切、ありえない。それにヘリウムは、現在アメリカ一国からしか、供給できていない。そんなものに頼ると、いざというとき、開発計画がストップするからね」
そんなものか、と好敏は一応、納得した。
好敏は、あまり飛行船については知識がない。フランスで、飛行術修得のために無我夢中だったので、他の飛行機械について興味を持つ暇が全然なかったのだ。
飛行船のゴンドラには、すでに地上作業員によって、タラップが設置されていた。タラップを登り、船内へと案内される。
船内は、驚くほど広々としている。いや、がらんとして、何もないと表現してもいいほどだ。
船首方向に、操舵のための機器が設置されていて、船長らしき男が敬礼した。船長の服装は、海軍のものだ。
好敏の、乏しい飛行船の知識によると、飛行船は飛行機というより、空中を飛ぶ船なのだ。
巨大な船体は、風の影響を受け、帆船と同じような感覚で操船する必要がある。だから操縦するのも、海軍の人間が必要なのだろう。
船内後部に、筒状の、何かを装着する装置がずらりと並んでいた。
ヒンデンブルクは計器類の前に立ち、さっと腕を振ると、宣言した。
「これが、最新兵器だ! 何か判るかな?」
大公、セーラ、グレタの三人以外は説明されているらしく、もっともらしく頷いたが、好敏にとっては初めて見る機構である。
ヘルマンと、熊蔵は、熱心に観察していた。二人は顔を近づけ、何やら早口で話し込んでいる。
やがて結論が出たのか、熊蔵が立ち上がり、口を開いた。
「もしかして、爆弾の投下口ではないでしょうか?」
ヒンデンブルクは感心したように、目を大きく見開いた。
「うむ! 君の推測は正しい。まさしく、君らが見ているのは、爆弾投下のための機構だよ。これ一つで、百キロ級の爆弾を装着できる」
投下口を見る熊蔵の額に、ふつふつと汗が噴き出してきた。
「まさに、新兵器! 仰るとおり、この飛行船が戦争に投入されれば、恐るべき威力を呈するでしょうな……」
好敏は熊蔵に話し掛けた。
「説明してくれ! なぜ、飛行船が新兵器となるんだ?」
熊蔵は好敏に顔を向け、説明を開始した。
「俺たちは、日本政府から、飛行機の操縦法、及び、機体の買い付けを任されているな? 飛行機の利用法として、何が考えられる?」
好敏は一瞬、黙り込んだ。しかし、すぐに反論する。
「そりゃあ、敵陣の偵察に決まってる! 飛行機なら、上空から敵陣を偵察できるし、あるいは飛行機の速度を生かして、連絡任務にあたるなど、色々考えられる」
熊蔵は、何度も頷いた。
「そうだ。俺たちは、あくまで飛行機は偵察任務などの、情報収集だと思い込んでいた。飛行機械が攻撃兵器だなどと、一度だって頭には浮かばなかった! しかし、飛行船なら攻撃兵器として使えるんだ」
好敏は、熊蔵の言葉を、じっくりと検討してみた。そのうち、熊蔵の言葉の裏に潜む、意味に思い当たる。
「そうか……。ファルマン機も、グラーデ機も、上昇限界はせいぜい、百メートルくらい……。飛行船は、千メートル上空に、楽々と到達できる!」
熊蔵も同意した。
「もし、飛行船が町の上空に来襲して、爆弾を投下しても、迎え撃つ飛行機は届かない。地上から迎撃しても、砲弾も届かない。まさに、無敵だ! 地上からは、何一つ為す術がないのだ……」
好敏はヒンデンブルクに向き直った。
「閣下! なぜ我々にこのような秘密を暴露するのです? この新兵器は、秘密裏に開発したのでは?」
「その質問には、余が答えよう」
出し抜けに、フランツ大公が歩み寄った。




