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先頭に立つゲオルクの背中を見詰めながら、こいつはいったい、何者だろうと、好敏は考えた。
年齢は三十代くらいだが、大尉にしては態度が堂々としすぎている。胸に飾られている略綬も、一介の大尉が飾るには、仰々しいほどだ。
あの略綬の数からすると、中佐、大佐……いや、もっと上の階級の、将官でなければ、釣り合いが取れない。
牢屋から外の廊下は、真っ直ぐに続いている。壁は素っ気なく、飾らしきものは何もない。全体に実用本位で、いかにも軍事施設らしき造りである。
いくつもあるドアには、簡素な字体で「資料室」「食糧保管庫」「記録閲覧室」「作戦室」などの表示がある。
ゲオルクは「司令官」と表示があるドアの前で、立ち止まった。
「今から司令官閣下が、あなたがたに面会する。失礼のないよう、自重して頂きたい」
ゲオルクの注意に、熊蔵が代表して「判った」と答えた。
はっきりと、興奮を顕わにしたのは、アドルフだ。アドルフにとっては、英雄との会見なのだろう。
ノックして、ゲオルクは「日本人二人、他数名を連れてまいりました!」と叫ぶ。すぐに野太い声で「入ってよろしい!」と返答があって、ドアを開いた。
窓を背に、司令官の机があって、高い背凭れに、一人の老軍人が座っていた。がっしりとした身体つきで、太い口髭を生やしている。年齢は六十を越していると説明されたが、肌艶は良く、矍鑠としていた。
ヒンデンブルクである。
まさに老雄という佇まいで、傲然と机の向こうから、好敏たちを眺めている。
ぐるりと部屋を見渡すと、大公、セーラ、グレタの三人が、豪華な応接セットに腰を下ろしているのを認めた。
セーラは、好敏が入室すると、さっと頬を赤らめたが、すぐに視線を外し、よそよそしい態度をとった。
ヒンデンブルクは、大儀そうに椅子から立ち上がると、自ら好敏らを出迎えるため、歩み寄った。足取りに、年齢が出ている。
「ようこそ。日本からの客を迎えられ、何とも嬉しい限りだ。日本には、我が国からも、メッケルという優秀な作戦参謀が、指導に行っているからね」
メッケルという名は、日本陸軍兵士にとっては、馴染み深い。日露戦争での、日本陸軍の勝利に、メッケルが指導した作戦があったとは、有名だ。
日露大戦前後から、日本の陸軍は、それまでのフランス式から、ドイツ式に一大転換をなしている。
ゆっくりと、ヒンデンブルクは各々と握手を交わす。ヒンデンブルクの手は大きく、握手は力強かった。
好敏は、大公の様子に注目した。なぜか、大公の態度は、それまでの敵地に来たという緊張感が消え、どちらかというと、悠然としたものに変化していた。
好敏がいない間、大公とヒンデンブルクの間で、何事か会話がなされたに違いない。
ヒンデンブルクは机に戻り、椅子に座ると両手を机の上面に置いた。
「さて! 君らは疑問で一杯になっているはずだが、まずは、一つだけ。安心して貰いたい。君らの命をどうこう、するつもりは一切、当方にはない。君らは無事に家に帰れるし、日本の客人も、帰国は自由だ!」
好敏と熊蔵の間に、素早い一瞥が交わされた。好敏は、年上という立場を尊重し、熊蔵に質問を任せるために頷く。
「それでは一つお聞きしたい。ここは明らかに軍事基地のようですが、目的は何です?」
ヒンデンブルクは、得意そうに表情を綻ばせた。まるで、熊蔵の質問を、今か今かと、待ち受けていたようだ。
「軍事基地、というより、一種の研究所のようなものだな。我々は、ここで、従来の軍事概念を一変させる兵器を開発しておる。それが戦争に使用されるならば、恐らくわがドイツ軍は無敵となるだろう」
熊蔵の瞳が、きらりと光った。
「城の前に停泊している、飛行船ですか?」
好敏は、大公に注目した。
大公は、熊蔵がヒンデンブルクに質問した瞬間、にっこりと微笑んだのである。大公はすでにヒンデンブルクから説明を受けていたのだろう。まさに正鵠を射た質問だったに、違いない。
ヒンデンブルクもまた、上機嫌だった。肩を揺すり、楽しそうに頷く。
「然り! 君らにも見せてあげよう。我々が開発した新兵器を!」
ぐぐっと、ヘルマン少年が身を乗り出す。表情には、これからの会話を一語でも聞き漏らすまいという、意欲に溢れている。
カシムは怒りを堪えた様子で顎を引き、猛烈な敵意の籠もった視線を投げかけている。
ドアにノックの音がして、ヒンデンブルクは顔を挙げ「入ってよろしい!」と叫んだ。
室内に入ってきたのは、ゴロス少佐だった。ゴロスは、さっと敬礼すると、声高らかに報告した。
「閣下! 見学の準備は整いました!」
ヒンデンブルクは頷くと、立ち上がった。
「さて、我々の開発した兵器を説明しよう。君らは異存はないな?」
好敏と熊蔵には否やはない。
一同は、ヒンデンブルクの案内で、外へと進み出た。




