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てっきり、ゲオルクとマリアの二人だけが、従いてくるものと思っていた。ところが、好敏たち一行には、村人全員が付き従っていた。
ぞろぞろと早朝の村を、好敏たち一行を囲むように、大勢の村人が愛想良く、従いてくる。
これでは体の良い、捕虜である!
「おい、妙な按配だ……」
熊蔵が、好敏に囁いた。好敏は熊蔵の言葉に、軽く頷いていた。全くもって妙である。
二人は、一行の殿軍を守るように、一番後ろに位置している。目の前に、アドルフ、カシム、ヘルマン少年。列の中間に、セーラとグレタの二人、大公は先頭を、護衛の部下と肩を並べていた。
一歩、一歩、足下を見詰めるように、熊蔵は歩を進めながら呟く。
「どうも、うまうまと、こっちが乗せられた感じだぜ」
好敏は、きっ! と熊蔵を見た。
「どういう意味だ?」
熊蔵は前方を見詰め、答える。
「お前が、幽霊話を使って、言い訳したとき、上手い説明だと思ったが、あれは、こっちに言わせる手じゃなかったのか?」
「むむむ……!」
好敏には、一言もない。こっちを守るためという口実で、大っぴらに取り囲むための手かもしれない、と熊蔵は考えている。
元々、城跡には、好敏と熊蔵、二人だけで向かう計画だった。大公たちは、村に残り(村の存在は予想外だが)好敏たちが無事に任務を成功させるのを待つ手筈である。
全員、ぞろぞろと向かうのは、完全に計画外である。
好敏たちは、なだらかな丘を、登っている。
左右に山塊が迫り、左側から遅い朝日が辺りを白々と染め上げている。朝日に、ぱっと右側の山肌が、オリーブ色に輝いた。
村を出た頃は、僅かに朝霧が懸かっていたが、今はすっかり消えて、気温がぐんぐん、上昇している。
丘には、所々に巨石が顔を出している。
イギリスではドルメン、欧州各地ではメンヒルと呼ばれている、古代巨石遺跡かもしれない。
微かな踏み分け道が、陸の頂上に向かって続いている。
好敏は足元の地面を見詰め、緊張した。
「おい、日野さん」
「なんだ?」
「車輪の跡だ」
「何っ!」
好敏の視線を、熊蔵も追った。
足元の地面に、深々と轍が刻まれている。明らかに、自動車などの車輪の跡である。
「判らん!」
熊蔵は唸った。
「いいか、ヘール村に俺たちが辿り着いたとき、車を乗り捨てている。橋もそうだが、村に続く道は、どう考えても、車は通れないはずだ。それなのに、どうして、車がつけたとしか思えない轍が、ここにあるんだ?」
熊蔵の指摘は、好敏を混乱させた。
「この先に、車で通れる道があるのだろうか」
熊蔵は、僅かに首を左右にした。
「そうかもしれない。が、そうでないかもしれない……」
謎のような言葉を呟く。
その時、先頭を行く大公が、大声で叫んでいた。
「おおっ! これは……?」
大公の叫びに、好敏と熊蔵は、はっと顔を見合わせ、歩を急がせる。
丘の頂上に、大公が立ち尽くしていた。セーラとグレタも、息を呑んで前方を見渡している。
アドルフ、カシム、ヘルマンの三人が、急ぎ足になった。
好敏と熊蔵は、三人を追い越し、飛ぶように坂道を駈けていた。
ようやく、二人は大公の立っている辺りに辿り着き、同じ光景を目にする。
「わあっ!」「信じられん……!」
好敏と熊蔵は、思わず叫び、ついで絶句する。
まさに信じられない光景であった。
丘の向こうに、城跡が見える。城跡の背後には山肌が迫り、前方には針葉樹が森を作っていた。
が、城跡を取り囲むように、周囲は平坦な場所が開削されていて、そこに──巨大な、銀色に輝く──飛行船が停泊していたのである!
ツェッペリン飛行船。全長は百メートルに近く、ずんぐりとした紡錘形をしている。
飛行船の船首には、繋留塔がある。飛行船は繋留塔に鼻先をくっつけ、巨体を横たえている。
飛行船の周囲には、乗組員だろうか、作業員だろうか、数人の人影があり、何やら忙しげに、作業を続けている。
城跡近くには、二階建ての建物があった。
こちらはつい、今しがた、建てられたかのように、壁は日差しに白く輝き、屋根の瓦は、燦然と朝日を反射させている。
建物から、一台の車が、こちらに向かって来る。車の窓ガラスが、日差しを反射していた。
車は坂道を下り、飛行船の脇を通り過ぎ、速度を上げた。
どうやら、真っ直ぐ、丘を目指している。
セーラが声を震わせ、口を開いた。
「こっちへ来るみたい……」
「ああ」と好敏は返事する。
ちらっと、セーラが好敏を見上げる。
好敏は頷いた。
「誰が乗っているか、当てて見せようか?」
二人の会話に、アドルフが割り込んだ。
「僕、判りますよ!」
こいつめ……と、好敏は苦々しい思いを抑えた。まあいい、アドルフに言わせよう。
「言えよ」
アドルフはごくりと唾を呑み込んだ。
「ゴロス少佐に決まってます!」
「その通り!」
叫んだのは、好敏ではない。熊蔵でもない。それどころか、他の誰でもなかった。
ゲオルクだった。




