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翌朝、好敏は、村の活動を告げる、作業の気配に目を覚まさせられた。
鶏が時を告げ、飼われている牛や馬、豚などが騒々しい鳴き声を上げる。村人たちが起き出し、あちらこちらで挨拶を交わしている。
階下ではマリアが調理に立ち働き、庭の井戸では、ゲオルクが水を汲んでいる。
朦朧とした最悪の気分で、好敏は用意された寝具から這い出した。好敏は朝が弱い。早朝は常に不機嫌で、はっきりとものが考えられない。
「起きろ! 夜は明けたぞ!」
隣で、熊蔵がすでに起き出し、着替えを済ませてきぱきと寝具を畳んでいる。熊蔵は、呆れ返るほど寝起きが良い。
好敏はベッドの上でもぐもぐと、何か口の中で呟いた。
「ほれ!」
熊蔵が、いつの間に用意したのか、マグカップを好敏に突き出した。カップには、コーヒーが湯気を立てている。
悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘いとは、絶品のコーヒーを形容する言葉だ。
ところが、渡されたコーヒーは、ただ単に、舌が痺れるほど苦いだけだった。が、お陰でようやく、好敏の頭に懸かった霞は、うっすら消えてゆく。
「みんなは……?」
熊蔵は大声で答える。
「全員、すでに一階に集まっている。朝食を済ませたら、すぐ出発だ! さっさと顔を洗って、歯を磨け! あんまり待たせるもんじゃない!」
熊蔵の大声は、好敏の脳味噌に、ビンビンに響く。
うう……と生返事をして、好敏はのろのろと朝の支度を始めた。全く、朝は辛い!
洗顔、歯磨きをして、何とか気分をしゃっきりさせると、好敏は着替えを済ませて一階へ降りて行く。
一階の食堂には、すでに全員が顔を合わせ、マリアが甲斐甲斐しく、朝食の用意をしていた。
出されたのは、種なしのパン、ベーコンを浮かせた豆スープ、温めた野菜、コーヒー、たっぷりのミルク、それに、こってりとした蜂蜜という献立だった。
食事に取り掛かると、ドアを開け、野良着のゲオルクが姿を現した。
「やあ、皆さん、お早う御座います!」
ゲオルクは清々しい表情で挨拶する。のしのしと大股で歩くと、どっかりと食卓に席を取った。パンに蜂蜜をふんだんに塗りつけ、バターをぐいっと大振りに盛り上げて、大口を開けてぱくつく。
もぐもぐとパンを咀嚼しながら、大公に話し掛けた。
「皆さん、今日のご予定は?」
大公が悠然と口髭を触りながら、答えた。
「昨夜も申し上げたが、我々は城跡を目指すつもりです」
大公の答に、ゲオルクは眉を顰めた。ごくりと食べ物を飲み込み、大公に向き直った。
「賛成できませんねえ! あそこには、出るんですよ……」
ゲオルクの言葉に、アドルフがさっと、顔を上げた。
「出る──とは、まさか?」
ゲオルクは、じろっとアドルフを見て、意味ありげに頷いた。
「そう……。幽霊が出るんです……。あそこは、呪われた場所なんです!」
アドルフは真っ青になる。
熊蔵は「ふん!」と顔を背けた。
好敏は、昨夜の話し合いを思い出す。
熊蔵の推測によると、ヘール村は全員が軍人で構成されているという。すると、目の前のゲオルクも、敵の一人だろう。
いや、敵かどうか断言できないが、こうまで城跡を目指すのを嫌がるには、何か訳があるに違いない。幽霊話は、絶対に信じられないが。
ゲオルクは真実そうな心配を顔に浮かべて、全員に尋ねた。
「皆さん、そうまでして城跡を目指す理由は、なぜです?」
まともに質問され、全員が顔を見合わせた。
どう言い訳すればいいのか? 何も考えていない!
と、好敏の頭に、ぽかりと、名案が浮かんだ!
「その幽霊話に、興味があるんです。我々は、欧州各地に残る神秘的な物件を調査しているところでして……」
さっと、なぜか熊蔵が俯いた。顔が真赤に染まっている。肩が細かく震えていた。多分、笑いを堪えているのだ。
全員が視線を逸らしたり、顔を俯かせたりして、笑い顔を隠している。好敏自身も、真面目腐った顔つきを保つのに、必死である。
しかしゲオルクは、大袈裟に感心して見せた。
「ははあ……。それは、何とも……」
大公が、好敏のアイディアに乗っかって、口裏を合わせる。
「そうなんです。我々は、神秘を探求する学究の徒というわけでして。何としても、城跡には辿り着きたいと、固く、決意しております」
マリアが、ゲオルクの隣に座った。ゲオルクと顔を合わせ、ひそひそと相談する。
やがて相談が纏まり、ゲオルクは全員に向き直った。
「判りました。そうまで仰るなら、止めはしません」
マリアが、にっこりと微笑んだ。
「わたしたちが、お供しますわ!」
「えーっ!」
好敏と、熊蔵が同時に声を上げる。
ゲオルクが朗らかに宣言した。
「あなたがただけ、行かせるわけには、いきません! 僕らが案内しますので、ご心配なく!」
妙な成り行きになった……と、好敏は腕を組んだ。




