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呆気にとられている女将をそのままに、全員レストランから外へ飛び出し、三台の車に飛び乗った。
ばた! ばたん! とドアを荒々しく閉め、すぐさま発進する。
急な旅立ちでもあり、各々決められた車両に乗り込む余裕はない。とにかく、目に止まった車両のドアを開け、中に飛び込む。
それっとばかりに好敏は、先頭の車に乗り込んだ。熊蔵も一緒だ。
気がつくと、セーラが好敏の背後にぴったりと身を寄せていた。一瞬、二人の視線が絡まり合うが、言葉を交わす時間はない。
ちらっと後方の車を見ると、グレタ女史が、何か叫んでいたが、構わず好敏はセーラの肩を抱えるように、車に潜り込んだ!
ざまあ見ろ!
心中で快哉を叫び、好敏は助手席へ、熊蔵は運転席へと腰を落ち着けた。後席を見ると、図々しくも、アドルフの姿がある。
この野郎! 引っ付き虫め!
どんどんどん! と車の屋根を叩くのは、グレタだ。怒り心頭に発しているのか、顔は鬼灯のように真っ赤で、ぐいっと食い縛った口許は、仁王象のように見える。
グレタは車の屋根に覆い被さるようにして、喚いた。
「エリーザベト様! そっちの車に乗ってはいけません! さあ、こちらへいらっしゃるのです!」
「構わないから、車を出して!」
セーラが熊蔵に叫んだ。熊蔵は無言で、車の発動機を始動させ、アクセルを踏み込む。
埃を巻き上げ、車は急加速で発進した。グレタは踏鞴を踏み、取り残される。こちらを睨んで、地団太を踏んでいた。
「やっとあの、グレタから離れられたわ! もう、頭に来ちゃう! あの人ったら、あたしが好敏さんに目をやっただけで、判らないように、あたしを抓るのよ!」
グレタが見えなくなり、セーラは清々したといった表情で好敏に話し掛ける。
一瞬、二人を沈黙が包む。二人の熱い視線に、アドルフはどぎまぎして、わざとらしく目を逸らした。
「へっへえ! お熱いね、お二人さん!」
後席の背後から、ぴょこりとヘルマン少年が顔を出した。後席の後ろは荷物が置ける構造になっているが、そこにいつの間にやら、潜り込んでいたらしい。
悪戯っぽいニヤニヤ笑いで、好敏とセーラを見比べていた。
「お邪魔!」
さっと後席の背凭れを乗り越え、ちょこんと、アドルフとセーラの真ん中に収まった。
ぷっ、と好敏とセーラは、吹き出した。
久し振りの、解放感!
思わず笑い声が出そうになるが、運転席に座る熊蔵の顔を見て、引っ込めた。
熊蔵は真剣な表情で、ハンドルを握っている。とても、好敏らの笑いに同調するような雰囲気ではない。
「おい、本当に、襲われると思っているのか?」
話し掛けると、熊蔵はむっつりと頷く。ちらっと横目で好敏を見て、顎を突き上げるように視線を戻す。
いつも、こうだ……。
熊蔵は、何か好敏に対し、含むものがあるのか、奇妙に反発を見せている。
何か好敏が熊蔵に対し、気に障る言葉や、態度を見せたのだろうか?
好敏は強いて無視を決め込み、腕組みをして前を向いた。陸軍の先輩ではあるが、同じ大尉という階級である。何の卑下することがあるものか!
あっ! それが原因なのか?
熊蔵は、確か好敏より六歳年上の、三十二歳。普通、熊蔵の年齢なら、少佐か、中佐くらいには昇進しているはずだ。
噂によれば、熊蔵は陸軍で独立独歩の性格で、上官に直言することも多々あり、煙たがられる存在だったらしい。それで昇進が遅れていると、耳にした記憶がある。
日野式拳銃を開発した、優秀な技術者なのだが、性格に圭角があるとの、評価も聞く。
好敏は士官学校を卒業し、順調に階級を上げている。熊蔵にしてみれば、年下の同輩に目の前で追い越されそうになって、敵愾心を抱いているのか、とも好敏は考えを巡らす。
よしてくれ! 好敏は、ぞっとなった。男の嫉妬くらい、醜いものはない!
「伯父様、大丈夫かしら?」
セーラは後席から背後を振り返り、心配そうに、呟いた。
セーラの視線を追うと、後部の窓から、残り二台の車がぴったりと、背後に従っているのが見える。
「大丈夫ですよ。フェルディナント大公殿下は、確かに、車に乗り込まれました。僕が、しっかと、見届けています!」
アドルフが軽薄に、安請け合いをする。セーラを見詰めるアドルフの視線は、奇妙に熱っぽい。
好敏は何か忠告してやろうと思ったが、言うべき台詞が思い浮かばず、やめた。
ドナウ川に架かっている橋を越え、車は一路、ニュルンベルクへと向かっていた。




