表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の双翼  作者: 万卜人
第六章 敵地潜入!
31/57

 目的地を知っているのは、熊蔵一人である。しかし、熊蔵は、好敏にも目的地を明かさない。車列の先頭で、全体を先導している。

 ミュンヘンを出て、街道を北上する。最初の目的地は、ニュルンベルクである。そこまでは、熊蔵は明かしていた。

 好敏は、膝元にドイツ国内の地図を広げて、地名を探した。隣のアドルフは、地図を覗き込んで、バイロイトという地名を探して歓声を上げた。

「バイロイト! いいなあ……! ここは、ワーグナーの生誕地なんですよ。ねえ、ついでに、バイロイトまで足を伸ばしませんか」

 好敏は呆れた。

「おい、物見遊山じゃないんだぞ! 少しは真面目になれ!」

 叱り付けると、アドルフはひょこっと、亀の子のように、首を竦める。時間が経つに連れ、アドルフは益々、馴れ馴れしい態度になる。

 アドルフが黙り込んだので、好敏は後席から運転席の熊蔵に声を掛けた。

「ニュルンベルクで宿泊するつもりか?」

 ハンドルを握る熊蔵は、前を真っ直ぐ向いたまま、頷いた。

「そうしても良いだろうな。先は長い」

 いったいどこへ連れて行くつもりだ……という言葉を、好敏は危うく呑み込んだ。何を考えているか知らないが、ここで下手に出るのは、好敏としても面白くない。

 ミュンヘンを出て、街道を走ると、すぐに丘陵に広がる、牧草地帯に出る。

 ドイツは起伏の多い国で、畑作以外には牧畜が盛んである。やたら起伏の多い地形が、ドイツを長く封建領主の群立する国としている。地形といい、歴史といい、日本とよく似ている。

 ドナウ川の見える小さな町で、レストランを見つけた。熊蔵は、休憩と食事のため、立ち寄る決定を下した。

 レストランといっても、日本で言う居酒屋くらいの規模で、一同がぞろぞろ入って行くと、すぐ満席になった。レストランの主人は、丸々と太った女将で、一同を迎えて、大袈裟に歓迎の声を上げた。

 店内には、大テーブルが一つあり、好敏たちはそこに集まる。熊蔵は女将に頼み、レストランを貸切として、他の客が入ってこないようにした。

 ほどなく女将一人で、手早く一同の前に食事を持ってきた。メニューはなく、どうやらその日に入ってきた材料で、献立を考えるらしい。

 田舎風の料理で、量だけは沢山ある。味は、好敏には、少し薄めだ。塩が足りない。しかし、料理に文句を言うのは、日本陸軍大尉の威厳に瑕をつけると思っているから、好敏は黙々と片付けた。

 向かい側に座るアドルフを見ると、山盛りになったソーセージを、ばくばく口に運んでいる。好敏は、思わず声を掛けた。

「君は菜食主義じゃなかったのか?」

 アドルフは、口一杯にソーセージを頬張ったまま「ん?」と言いたそうな顔つきになった。

「ソーセージは別ですよ」

 全く、好い加減な男である!

 腹がくちくなると、気分が解れ、雑談が始まった。口火を切ったのは、またしてもアドルフである。

「いったい秘密兵器って、何です?」

 アドルフの質問に、熊蔵と大公の間に、素早い目配せが交わされた。大公は、食後のコーヒーを啜りながら、ゆったりと答える。

「まだ判らんのだ……。これからの戦況を、一変させる兵器とは思えるが……」

 大公は、地味なスーツに着替えている。これが次期皇位継承者とは、誰にも見破られないだろう。どこかの、裕福な実業家、といった雰囲気を漂わせている。

 ヘルマン少年が、両目をぐりぐり動かして割り込んだ。

「僕は、ロケットだと思うな! ロケットなら、大陸を横断して、イギリスや、アフリカまで達せる爆弾を運べるから」

 ヘルマンは大切そうに、懐から一冊の雑誌を取り出した。表紙には英語で『モダン・エレクトリックス』とある。

「この本に書いてあるんです。将来、ロケットが実用化されれば、恐るべき兵器になるだろう──と!」

『モダン・エレクトリックス』は、ヒューゴー・ガーンズバック(一八八四~一九六四)が創刊した雑誌で、ラジオの普及のために通信販売で売られた。

 後にガーンズバックは、世界最初のSF雑誌『アメージング・ストーリーズ』を創刊している。

『モダン・エレクトリックス』には、ラジオ技術についての記事の他、SF小説や、未来予測なども掲載され、当時の先端技術が満載されていた。翌年、ガーンズバックはこの雑誌に『ラルフ124C41+』というSF小説を連載している。

 熊蔵が思い返すように、呟いた。

「ロケットか……。そう言えばロシアで、ツィオルコフスキーも、ロケットの将来について、熱弁を揮っていたな」

 熊蔵の呟きに、ヘルマンは興奮を顕わにした。

「日野さん、ツィオルコフスキーに会ったんですか?」

 熊蔵が頷くと、ヘルマンは羨ましそうに、何度も首を左右に振る。宙を睨み、憧れるような口調になった。

「僕、いつか、ロケットを組み立てて、宇宙へ行きたい……」

 アドルフがうんうんと、何度も頷き、調子良く同意した。

「できるさ! 人間、何事も真剣に努力すれば、絶対に成功させられると、僕も思う」

 ヘルマンは嬉しそうな顔になった。

「有難う、ヒトラーさん」

 好敏は会話を、ほぼ聞き流している。

 気になるのはセーラだ。

 セーラは、大公の右隣に席をとり、出された食事を、気の無さそうに突っついている。時々、好敏に視線をやるが、すぐに目を逸らす。

 セーラの隣には、相変わらずグレタがでん、と大岩のように控えている。好敏がセーラに目をやると、両目をぐっと見開いて睨んでくる。まるで神社の狛犬だ。

「おい、好敏」

 不意に名前を呼ばれ、好敏は声の主を見た。

 カシムである。カシムは旅の間、ずっと押し黙り、気配を殺していた。今、好敏を見上げているカシムの顔には、面白がるような薄笑いが浮かんでいる。

「お嬢ちゃんと話せなくて、残念だな」

「放っておいてくれ! あんたには、関係ない!」

 好敏は、周囲に聞かれないよう、小声で答えた。カシムは身体を前後に揺らし「くつくつ……」と声を殺して笑っている。

 気分を変えるため、好敏は席を立って、窓際に近寄った。

 窓からは、ドナウ川の流れが良く見える。向こう岸に山塊が盛り上がり、山肌には木々が密生していた。

 川面を、一隻の蒸気船が通過していく。小振りだが、快速艇らしく、舳先には鋭く、波が立っていた。

 好敏は息を呑んだ。

 甲板に、どっしりとした姿の大男を見たからである。

 ゴロス少佐だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ