第29話 蓄積するストレス
「今日はもうゆっくりしましょう。初日から頑張ってると持ちませんよ」
「そうか、俺はまだ動けるけど……」
ミナが研究室に運び込んだ機材をきちんと動くようにセッティングしようかなと考えていたら、今日はもうお仕舞いにしようと提案された。
確かに焦っても仕方ないが……。
「ほら、せっかく水が使えるようになったんですからシャワーでも浴びて下さい。その間にご飯の用意をしてきますから」
「分かったよ」
ここから頑張るのは俺ではなくミナだ。
こっちが張り切るとプレッシャーになるかもしれないと考え、提案を受け入れた。
作業に集中していて汗をかいたし、シャワーを浴びたい。
シャワールームに案内してもらい、汗を流す。
水質のせいか少し髪がゴワゴワしたが、それでも久しぶりのシャワーは最高に気持ちよかった。
デルタシェルターは恵まれてたんだな……。いや、デルタが頑張ってくれていたのか。
外に出てからようやくそれがハッキリと分かる。
シャワーを終え、タオルで身体を拭いて着替えを着る。
ミナから渡されたラボラトリーシェルターの職員の制服だ。
着心地は悪くない。
乾パンと温めた缶詰と抗ウィルス剤に水。
それが夕食だ。
水は地下水をくみ上げてなんとかなったが、食料の方は限られている。
持ってきた食料とラボラトリーシェルターの在庫を合わせると二人で二年分くらいはあるか。
いざとなったら無人になった他のシェルターか、デルタのところへ行って分けてもらうことも考えておこう。
赤い錠剤を飲み込む。
……食料より先にこっちが無くなる方が早いか。
「抗ウィルス剤がなくなる頃には研究結果が出ます。大丈夫ですよ」
「だといいんだが、やっぱり心理的にな」
なくなったら症状が進む。その恐怖は抗いがたい。
まあこればっかりはミナを信じるしかないか。
「寝る時はここを使ってください。元々は倉庫だったんですが……」
「ちょっと狭いな」
寝床に案内されたのは研究室のある区画の端の方だった。
倉庫という名の通りそれほど広くはない。
俺の自室に比べたら狭いと言っていいだろう。
寝るには十分だが。
「他にも使ってない部屋はたくさんあるんですが、その……研究者が亡くなった部屋ばかりで。もちろん奇麗にしてありますよ。でも嫌かなと思って」
「そういうことか」
幽霊なんて信じていないが、誰かが死んだ部屋で寝泊まりするのは確かに抵抗がある。
それならこの部屋を使った方がマシか。
「私は研究室で寝泊まりしようと思います」
「分かった。それじゃあお休み」
「はい、カイトさん。お休みなさい」
ミナが部屋から出ていく。
寝るためにマットを敷いて、毛布を被れば即席ベッドの完成だ。
さすがに寝袋では疲れがとれないからな。
とにかく、デルタシェルターからここまで無事に到着したんだ。
後は頑張ってミナのサポートをして、研究を完成させよう。
きっとデルタシェルターのためにもなる。
横になると、自分で思ったよりも疲れていたのか瞼が自然に落ちる。
聞こえてくるのは小さなファンの音だけだ。
それも次第に気にならなくなる。
……目を覚まして最初に見たのは知らない天井だった。
狭い部屋を見て、ここがどこだか思い出す。
顔を洗った後は、栄養バーをかじって朝食を済ませてミナと合流した。
まず持ってきた機材をラボラトリーシェルターの電気系統と繋げる作業からだ。
知識はあっても、作業経験がないのでこれは二日ほどかかったが、きちんと使えるようになった。
ラボラトリーシェルターの電力は地熱を利用して発電しているらしく、それほど困らないようだ。
問題はラボラトリーシェルターの装置の修理だろう。
ミナの作業は持ってきた機材の方でも進められるらしいので、その間俺は修理にかかりきりになった。
エラーが出た箇所を確認して、問題があれば対処する。
外気導入室でやったことと変わらないな。
幸い、破損した大きな部品などはなかった。
どれも摩耗した小さな部品の交換などでなんとかなる範囲だ。
ただ装置の内部が入り組んでいるので解体するのも元に戻すのも大変だ。
一週間ほどかけて、なんとかエラーの全てを直した。
「ありがとうございます。これで本格的にウィルス対策の研究を進められます」
「助けになってよかったよ。後はミナに任せるしかないからな」
俺が作業している隣でも色々とミナがやっていたのは知っているが、傍から見ても何をしているのかさっぱり分からない。
遠心分離機から何か液体を取り出していたのは分かるが、知識がないのでお手上げだ。
「試しに試運転してみましょうか」
「だな」
俺が直したのは特別なバイオリアクターらしい。
完成した設計図を基に、ワクチンを製造するとかなんとか。
ミナが研究した成果がこの装置を通して生まれるというわけだ。
起動させると、ゆっくりと音が大きくなる。
どこからも異音はない。
「ちゃんと動いてるな」
「はい。これが動かなくなった時は本当に絶望しました。それに私じゃどうやっても修理できませんでしたから」
「繊細な機械だもんな。下手に弄ってもっと壊れたらと思うと触りにくいのは分かるよ」
知識がある人間を求めたのがよく分かる。
「研究に必要なワクチンを一晩かけて製造しようと思います。それを使ってより効果の高いものを設計していくんです」
「てことはそれができるまでは何もできないな」
「はい。ふふ、そうですね」
ミナもホッとした様子だった。
ようやく作業が本格的に再開できるのだから、気持ちは分かる。
……反面、俺はちょっとストレスが溜まっていた。
ミナの手伝いが嫌とかそういうのではない。
それは望むところだし、人類のためという崇高な目的に協力するのは悪い気分ではなかった。
だが、このラボラトリーシェルターの中はいけない。
空を見ることはできず、通路ばかりで窓もほとんどない。
運動で気を紛らわせるのも限界がある。
何よりも娯楽がない。ミナと話したり、作業している時間はまだいいが、暇になると圧迫感を感じて嫌になるといった具合だ。
シェルターの設計ミスだな。
ここは実務面だけを考え過ぎて住む人のことを一切考えていない。
娯楽室の一つでも作って、そこだけはシェルターの中だということを忘れられるようにして欲しかった。
研究者たちが対立したのも、きっとストレスでイライラを抑えきれなくなったんじゃないか。
だからこそ、ミナの研究が進むようでよかった。
それの進捗を楽しみにすることができる。
寝る前に横になってそんなことを考えていたら、電球の明かりが消えて急にファンが止まった。
それだけではない。緊急を知らせる赤いランプが回り始める。
もしかして停電したのか……?




