第14話 微睡み ◇
(あたたかい)
それはすごく居心地がよく、身を委ねたくなる温もりでした。
そして安心する匂いがわたしを包み込んでいます。
まだ意識の覚醒しない微睡みの中、すごく幸せだなぁって思いました。
なぜでしょう?
働かない頭が結論を出します。
(そんなことは後でいいやぁ)
今はまだ、この温もりに浸っていたい。
……………………。
(あれ? この温もりは誰の――っ⁉)
眠気が飛んで目を見開くと目の前には――。
目の前にはご主人様の寝顔がありました!
わたしは顔が上気して熱を持つのがわかります。たぶん耳まで真っ赤になっています。
慌てて自分の状態を確認します。
(わ、わたし……ご主人様の、だ、抱き枕にされて、る……!)
背中に回るご主人様の腕の感触。間近にあるせいで顔にかかるご主人様の寝息。抱き寄せられて触れるほど近くから伝わるご主人様の体温。わたしの脚に絡まるご主人様の脚。
すべての情報が一気に流れ込んできて処理しきれません。
おかげで益々ヒートアップして顔から火が出てしまいます。
落ち着くために、どうにかこの状況から抜け出せないか、せめてもう少しだけ離れられないかと身を捩りますが、上手くいきません。……ご主人様が放してくださいません。
非力なわたしの力ではご主人様を押しのけることもできませんでした。
心臓がドキドキと早鐘を打ち、まったく落ち着けません。
それでもわたしにできることは、ご主人様のお顔を見つめることか、あるいはご主人様の胸に顔をうずめるか、です。
(さすがに寝顔とはいえ、お顔を見つめているのは恥ずかしい、ですよね)
なので、ご主人様のお胸をお借りすることにしました。
すると、わたしを包む匂いが濃くなりました。
(あ……。この匂い、すごく心地いい……)
わたしに安らぎを与えてくれる匂いでした。
それに、よりご主人様の温もりが感じられて。
(……これは何だか、幸せですぅ)
鼓動もトクントクンといういい塩梅の高鳴り具合に落ち着いてきました。
目を瞑って――。
(ご主人様ぁ……❤)
……うっとりと浸ってしまいます。
しばらくご主人様の匂いと温もりに陶酔していましたが、ふとご主人様が目を覚ましていないか気になりました。
こっそり窺い見ると、ご主人様はまだ寝ていらっしゃいました。
そう!
寝ていらっしゃいました。寝顔です!
すこし冷静になれたせいでしょうか。間近にあるご主人様の寝顔が……。
(何だかとっても無防備です……。ちょっと、可愛らしい、かも……)
奴隷商隊から連れ出してくださったご主人様。魔獣から守ってくださったご主人様。不良の男の人たちから助けてくださったご主人様。
ご主人様はいつも難しい顔をされていて、目元が鋭い印象が強かったです。
でも、今の寝ていらっしゃるお顔は……。
(うふふ。ご主人様のこんな無防備なお顔を見られるのは、この世界でわたしだけ、なんですよね……?)
そう考えると、何だか無性に嬉しくなってきてしまいました。
何だかわたしに気を許してくださったみたいで。
世界でたった一人の特別な人。わたしに生きている意味を与えてくれた人。
わたしにとってご主人様は、もう、欠かすことのできない掛け替えのない存在です。
もし、ご主人様がこの世界からいなくなってしまったとしたら――。
わたしにとっての世界は、元々彩に乏しいものでした。それが、ご主人様のおかげで初めて色付き始めました。
仮に、ご主人様がわたしの前から消えていなくなってしまったとしたら、世界は色を失い、これまで以上に色のないモノトーンの世界がそこに広がっています。
想像しただけで心が冷たくなるのを感じました。
それくらい、今の、そしてこれからのわたしにとってご主人様はなくてはならない特別な、大切な人です。
そんなご主人様が今、わたしの目の前に無防備な姿を晒してくださっています。
さっきまでは近過ぎて見るのが恥ずかしかったご主人様の寝顔が、今ではとても愛おしくて。
「ご主人様ぁ……❤」
思わず声に出して囁いてしまいました。
でも、ご主人様を目を覚ます気配がありません。
(しばらく、眺めていてもいいですよね)
誰にともなく断りを入れて、愛おしいご主人様の寝顔を見つめさせてもらうことにしました。
トクントクンと、普段よりは速いけれどどこか愛おしい優しいリズムの鼓動に心安らかせて。
(ご主人様ぁ……❤)
と繰り返し心の中で呼びかけます。
ふと気づくと、いつしか視線がとある一点――唇に。
脈が速くなり、考えるともなく想像してしまいます。ご主人様の唇に、わたしの唇が重なるシーンを。
(⁉ ダメです、ダメですっ! わたしは何てことを考えているんですか!)
猛省です!
はしたない!
破廉恥な!
奴隷の身でご主人様とキ、キスだなんて!
(そういうことはご主人様に許可いただいてからするもので……って、そんなことおねだりしませんよ。わたしは! そんなおねだりをするなんて、それこそはしたないです! 身の程を知りなさい、リリィ!)
ダメです。
どうにも思考がピンク色です。
でもでも、仕方ないですよね。わたしだって女の子なんですから。自分で言うのもアレですけど、処女なんですから。
その、お慕いしている方とのキ……アレを想像しちゃうのなんて、仕方ないですよ、ね?
(でも……)
改めてご主人様のお顔に、もとい、唇に目をやります。
(柔らかそう……)
ご主人様からキスしてくださらないでしょうか……。
そんな夢想までしてしまいます。
(いえいえ。そんな都合のいいこと、起きるわけがないじゃないですか)
内心、ため息をついてクールダウンです。
それでもやっぱり、ご主人様の寝顔は可愛らしいです。
頬が緩んでしまいます。
「ご主人様ぁ……❤」
再び声に出てしまいました。
ふと、わたしの声に反応したのか、ご主人様の瞼が震えます。
そして、徐々に開かれて行って。
目が合いました!
「あっ」
ご主人様は目を瞬かせて、徐々にその焦点をわたしの目にあわせていきます。
今再び、顔に熱がこもるのを感じつつ、それでも。
「おはようございます、ご主人様ぁ」
幸せいっぱいの胸中をそのままに、朝最初のお務めである挨拶をしました。




