137 脱出
そこで、ようやく待ちに待った声がした。
『――終わったぞ! そのイカレ女のスキル・魔法を完全に封印したっ! あたしにかかれば造作もないことだったがな! あーっはっはっはぁ!』
アッティエラがレティシアのスキルとやらを封じた!
わたしはサンシローに決めておいた合図を送る。
サンシローは合図を受けて、がしゃり、と片膝をついた。
「あら? そのゴーレムは調子が悪いのかしら?」
レティシアが言う。
一方、大使室の左右で事態を見守っていたSP2人は素早く反応した。
片方が銃を向け、もう片方がサンシローを取り押さえにかかる。
サンシローはさらにバランスを崩す。
取り押さえに来たSPに機械の体重をかけて寄りかかる。
「うぉっ!」
SPが思いのほか重いサンシローの重量によろめく。
サンシローは素早く回りこみ、そのSPをもう片方のSPへの盾とする。
わたしはその間にサンシローたちの裏を駆け抜ける。机に置かれた核スイッチの把手を左手でつかむ。
が、我に返ったレティシアがジュラルミンケースの反対側をつかんで止めた。
「どういうこと!? あなた、洗脳が解けて……!?」
慌てるレティシアに、右手に隠し持っていたテイザー銃を発射する。
射出された電極がレティシアに激突、強い電流を放出する。
「ぁがぁっ!」
レティシアがのけぞった。
その隙にジュラルミンケースを奪う。
『ミナギ、私の背後を通って廊下へ!』
サンシローの指示通りに大使室を抜ける。
途中自由な方のSPが発砲した。
が、その行動を読んでいたサンシローが射線に飛び込む。
甲高い金属音。
サンシローに弾丸が着弾したのだ。
「サンシロー!」
『大丈夫です。サンシローの外装は拳銃弾では貫けません。』
サンシローは最初にもたれかかったSPをいつの間にか無力化していた。
腕に仕込んでいたスタンガンを使ったのだろう。
そしてサンシローの片手にはそのSPから奪ったらしい拳銃が握られていた。
サンシローはその拳銃を構えてもうひとりのSPの腕を撃ち抜いた。
「待ちな……さい」
感電し、床に倒れたレティシアがわたしたちに手を伸ばす。
「逃げきれるとは……思わないことね」
その捨て台詞を無視して、わたしとサンシローは来た道を駆け戻る。
大使館の内部は複雑だが、サンシローは経路を把握していた。
ほどなくして、大使館内に非常事態を知らせる警報が鳴り始めた。
館内放送で「若い女とアンドロイドの2人組を捕らえよ」と繰り返しアナウンスされている。
廊下の奥から、SPらしき黒服が現れた。
……と思った瞬間、サンシローが彼を無力化する。
サンシローは殺さないように腕や足を狙っていた。
このデタラメなアンドロイドがロボット三原則に従っているかは知らないが、状況判断としては正しいだろう。
続いて現れたのはライフルを構えた米兵だった。
さすがに拳銃では分が悪い。
わたしとサンシローは曲がり角に隠れた。
「どうするの!?」
『こうします。』
サンシローは手近にあった消火器を角の向うに噴射した。
驚いた米兵はライフルを乱射してきた。
待つこと数秒、いきなりサンシローが角から飛び出し拳銃を撃つ。
ちょうど弾切れだった米兵は撃ち返すことができず、サンシローに手足を撃ち抜かれた。
「どうやったの?」
『M4の装弾数をネットで調べ、発射された弾数をカウントしました。』
わたしにはほとんどズダダダとしか聞こえなかったが、サンシローには可能だろう。
サンシローはシット、ファックを繰り返す米兵からライフルと予備の弾倉を取り上げた。
次に現れたのは、これまでとは毛色の異なる相手だった。
不格好な四脚歩行のロボットで、背にはマシンガンを乗せている。
「お仲間が来たみたいよ?」
『まさか。あんな幼稚なロボットと一緒にしないでいただきたい。』
サンシローはライフルで正確に脚部関節を撃ち抜き無力化する。
『少しは役に立ってもらいましょうか。』
サンシローは4脚ロボットの外装を剥がし、基盤のようなものに自身のコードを接続した。
作業を終えると4脚ロボットをこれまで来た方向へと向け直す。
『これで、しばらくは固定砲座になってくれるはずです。』
サンシローの言葉通り、4脚ロボットは間断的に機銃掃射を繰り返すようになった。
これで、後ろから追いつかれるおそれは低くなった。
わたしたちはその後も襲いかかる兵士やロボットを相手に大立ち回りを見せながら(主にサンシローが、だが)大使館の何階あるんだかわからない建物を下っていく。
途中何度かあったセキュリティチェックはサンシローが敵から回収したIDカードとハッキングを駆使して解錠してしまった。
そして、1階、エントランス。
そこにいたのは――
「化け物っ!」
テレビで見た白い巨人たちが4体もたむろしていたのだ。
わたしたちはなんとか見つからずにエントランスの隅に隠れることができた。
『あれはモヌゴェヌェス低レベル憑依体なのだ! 悪神への信仰の深い者に魂を捧げさせて作り出す悪神の降臨体なのだ!』
アッティエラがわたしの脳内に直接話しかけてくる。
「低レベルってことは弱いの?」
『そんなことはない! 憑依のレベルは低くてもあれは悪神の一部なのだ! とぉぉぉっても強いのだ! 下手をすれば騎士団がひとつ消し飛ぶレベルの相手なのだっ!』
アッティエラの言葉をサンシローにも伝える(ロボットである彼はアッティエラの声が聞こえない)。
サンシローが言う。
『しかし、米軍が3体、警察の特殊部隊が1体撃破していたはずですね?』
『それが事実だとしたら大戦果なのだっ! この世界の人間は、魔法も使えないくせに大したものなのだっ!』
「アッティエラの力でなんとかならないの?」
『ぐぬぬ……あたしが直接降臨できれば低レベル憑依体くらいブチのめしてやるのだが、この世界では何もできないのだ! でも、奴らのスキル・魔法はレティシアともども封印状態だから、少しは倒しやすくなってるのだ!』
「あんな奴らもスキルや魔法を持っているの?」
『魂のあるものはみなスキルや魔法を持ちうるのだ! もっとも、マルクェクトの神々が作ったシステムの影響下にある者限定なのだ! 独力であれだけ強力な魔法を身につけたアベとかいうクソジジイはその点大したものなのだっ!』
「わたしには無理ってことね」
魔法か。使えるものならちょっと使ってみたかった。安倍さんに弟子入りすれば使えるようになるのかもしれないが。
「なんとか突破するしかない、か」
『ここを抜けられたとしても、封鎖線は3キロ先です。それまでの間、また米兵や巡回ロボットや憑依体と交戦しないとも限りません。ミナギの体力を考えると移動手段が必要です。』
「ランニングは欠かしてないから3キロくらいなら走れなくもないけど、このケースも重いものね。奴らを振りきれるとは思えない……」
わたしは手にしたジュラルミンのケース――アメリカの核スイッチを見下ろした。
『他には、籠城してオールド・マギの救援を待つという選択肢もあります。』
「籠城って……どこによ?」
『適切な施設を見つけることからはじめなければなりません。』
「現実的じゃないわ」
『待ってください。衛星画像によると、現在この大使館の周辺には移動中の自動車が4台存在します。うち3台は米軍の装甲車、1台は乗用車です。乗用車はナンバーからすると米国大使館所有のものです。』
「どういうこと?」
『乗用車に乗っているのは大使館の要人でしょう。人質に取れば封鎖線を突破できるかもしれません。』
「封鎖線の米兵がレティシアの洗脳下にあるかも……」
『封鎖線は日米が合同で展開しています。自衛隊の封鎖線を狙えばそのリスクは低いでしょう。先ほどレティシアはスキルの不調によりあまり多くの人間を洗脳できていないと暴露していました。』
少し、希望が見えてきた。
「わかったわ。この場をなんとか切り抜けてその乗用車に近づく」
『私が陽動に当たります。4体の憑依体を惹きつけているうちに、反対側を抜けてください。合流地点はミナギのスマホに表示します。』
スマホを取り出すと、マップアプリが勝手に起動し、サンシローの言う合流地点が表示された。サンシローにかかれば、個人のプライバシーなんてあってないようなものだ。
「了解よ」
『では、合図とともに陽動にかかります。5、4……』
サンシローが物陰を伝って反対側へと向かう。
『3、2……』
続きはスマホから聞こえた。
『1、GO!』
サンシローが憑依体に銃撃を加え始める。
憑依体たちがサンシローの方に向かう。
その反対側を、音を立てないように可能な限り速く走り抜ける。
エントランスの出口までは10メートルもない。
あと5メートル。
4、3、物陰に滑りこむ。
背後をちらりと確認。
憑依体はこちらを見ていない。
わたしは粉々に砕け散っている自動ドアを素早く抜ける。
合流地点まで走ろうとしたその時――
バババババッ
激しいローター音とともに正面からヘリが降りてきた。