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NO FATIGUE 24時間戦える男の転生譚  作者: 天宮暁


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135 異界の神

 わたしはサンシローと安倍さんに目配せをする。

 2人はわたしの表情から事態を察したらしい。


「……もしもし」


 わたしは勇気をふるって電話に出る。

 通話はスピーカーモードにする。


『――ミナギ?』

「レティシアさん!」


 なるべく明るく。この電話が嬉しくて仕方がないように。洗脳から抜け出したことがバレないようにわたしは答えた。


『ニュースは見ているかしら?』

「はい! 大変なことになってますね。レティシアさんが無事かどうか心配してたんです」

『そう。私もミナギは大丈夫かと思って』

「心配してくださったんですね! ありがとうございます!」

『ふふっ。無事でよかったわ。それで、ひとつお願いがあるの』

「お願いですか? なんでも言ってください!」

『ええ。実は、ミナギに私のところに来てほしいのよ』


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 安倍さんを見ると、小さく頷いた。


「はい! どこに行けばいいですか?」

『米国大使館よ』

「米国大使館ですか……でも、今は周辺が封鎖されているのでは?」

『迎えをよこすわ。近くに来たら教えてちょうだい』

「はい、わかりま……」


 返事の途中で通話が切られた。

 そのつっけんどんな対応に、レティシアさんがわたしのことを大切になんか思っていなかったことがはっきりする。サンシローの組んだ脱洗脳プログラムで処理できたはずだったけれど、騙されていたことに改めて心が痛んだ。


「ふむ……どうしたものかの」


 安倍さんが言う。


「レティシアさんは――いえ、レティシアは今、米国大使館にいるんですね」


 自分のいるところを化け物に襲わせた?

 ちょっと納得しがたい感じもする。


『あるいは、この事件は偶発的な事故だったのかもしれませんね。』

「化け物をどうやって調達したかはわからぬが、その制御に失敗したということか」


 アンドロイドと陰陽師が頷き合う。


「チャンス……かな」


 わたしがつぶやく。


「チャンスじゃと? まさか行くつもりか!?」

「安全にレティシアに接触できるのは、既に洗脳済みだと思われているわたしとアンドロイドであるサンシローくらいです。もっとも、わたしたちだけではレティシアを捕まえられるか心もとないですけど」


 わたしの言葉にサンシローが言う。


『ミナギのボディガードを務めることは可能です。これは法律に抵触するおそれがあるため秘密にしていただきたいのですが、この機体にはボディガードを務めるための一連の行動シークェンスがインストールされています。これはグリンプス社の自動運転車向け空間認識モジュールとプロのボディガードの行動観察データから構成されています。この機体の開発主任であるレイモンドは盗難防止のためと述べていましたが、サンシローは過剰防衛気味であると判断しています。きっと、レイモンドの趣味なのでしょう。

 もっとも、レティシアの周囲には洗脳されたSPや兵士がいるものと思われます。非武装のサンシローには彼らの相手は荷が重いです。』

「賛成か反対かよくわからないわね」

『参考意見です。命の危険のあることについてそれ以上の意見を述べることは許されていません。』

「政府の協力が得られればよいのじゃが」

『下手な相手に相談してはレティシアに情報が筒抜けになるおそれがあります。』

「……じゃろうな」


 安倍さんはため息をついて立ち上がった。


「――ついて参れ」


 安倍さんが出し抜けにそう言って部屋を出る。


 わたしはちらりとサンシローを見てから、安倍さんの後に続くことにした。



 ◆


「――ここじゃ」


 安倍さんがそう言って足を止めた。


 例によってここに至る経路はよく覚えていない。

 とにかくどこかをどうにかして歩いた結果、この場所へとたどり着いた。


 ここは、杉板の張られた日本屋敷の縁側だ。

 ただし、庭に当たる側は真っ暗で何も見えなかった。

 その反対側もただの板壁で、特筆べきものは何もない。


「ここ、ですか?」


 安倍さんが無言で板の壁に手をかける。

 安倍さんは溝に指を差し込んで板壁を横にスライドさせた。

 その板壁の奥には――


「……地下?」


 そこにあったのは下へと向かう階段だった。

 もちろんここが2階以上の高さにある可能性もあるが、階段の奥からひんやりした湿った空気が漏れてくる。雰囲気からして地下室だろう。


 安倍さんに続いてわたし、サンシローが階段を下りていく。

 階段はとんでもなく長いようでもあり、短いようでもあった。

 しばらく(としか言いようがない)進んだ後、階段の奥から何かが聞こえてきた。


 ……ぉぉぉっ!


「風の音?」


 わたしがつぶやくと、


『いえ、人の声です。』


 サンシローが断言した。


「……ろぉぉぉっ! ……せぇぇっ!」


 進むにつれてその声が大きくなっていく。

 ここまで聞こえれば、たしかに人の声だとわかる。

 それも、


「女の子……?」


 声の主は小学生くらいの女の子のように思う。

 その声が、


「開けろぉぉぉぉっ! ここから出せぇぇぇっ!」


 と、ひたすら喚き続けているのだ。

 わたしは思わず、冷たい視線を安倍さんに向けてしまった。


「あの……安倍さん?」

「誤解するな。この先にいるのはおぬしの想像しているような生易しい存在ではないわ」


 安倍さんが鼻を鳴らしてさらに階段を下りていく。


 ようやく、階段の終わりが見えてきた。

 階段の最後の一段を下りた瞬間、わたしは目に見えない何かに突き飛ばされた。


「きゃっ!」

「ほう、これを感じるか。美凪殿は修行を積めば陰陽師になれるよ」


 安倍さんが振り返って言ってくる。

 突き飛ばされたわたしは――ううん、わたしは突き飛ばされてなんてなかった。平衡感覚を失ったのは一瞬だけだ。わたしの身体はふらついてすらいない。ただ、突き飛ばされたような錯覚を覚えただけのようだ。


『どうかしましたか、ミナギ?』


 サンシローが後ろから言ってくる。


「何か、目に見えないものにぶつかったような……」

「それは障壁じゃ。この中にいる者を逃さぬためのな」


 安倍さんはそう言って壁を指先でまさぐった。

 カチッと音がして電灯が灯る。

 電灯に照らし出されたのは、木製の檻のようなもの。

 そして、それにしがみついている幼い女の子の姿だった。


「おい、開けろ! たかが一介の魔術師ふぜいが、このアッティエラ様を閉じ込めるなんて許されると思っているのか! 三千回苦しんで死なすぞ、こらぁっ!」


 ひとりの少女が、檻を両手で握って揺さぶりながらそう叫んでいる。

 10歳くらいだろうか。ボサボサの長い赤髪と、真っ黒な眼帯が特徴的な少女だった。小さい身体には襟や袖に文字のようなものが書きつけられた白衣をまとい、その下には学ランのような黒い上着とチェックのプリーツスカートを身に着けている。足は裸足だ。


「うるさい小童(こわっぱ)め。いい加減観念せんか」


 安倍さんが呆れた口調で言う。


「何が観念だ、こらぁっ! 全身を爛り腐らすぞ、ごらぁっ! ごるぁっ! ごるるぉあぁっ!? ……ゲホッゲホッ!」


 口汚く喚き散らした少女が途中でむせた。


「安倍さん……この子は?」

「ふむ。何もせんでも見えるとはな。美凪殿は霊感があると言われたことはあるかの?」

「霊感、ですか? 勘がいいとは言われますけど。って、まさか……」


 わたしは目を見開いて少女を見る。

 が、安倍さんは首を振った。


「これは、そんな生易しいモノではない」


 いまだにむせている少女を見る安倍さんの目には、畏怖のようなものが宿っていた。

 そこでサンシローが口を開く。


『先ほどから、おふたりはなんの話をされているのでしょうか? その場所に何かがいる、という前提があるように思われますが。』

「えっ……」


 サンシローの言葉に背筋がぞくっとなった。

 サンシローには、目の前の少女が見えていないのだ。


「サンシロー殿には何が見えておる?」

『石造りの床しか見えません。コンクリートではなく天然石ですね。』

「さよう。ここは地下深くにある石室よ」


 安倍さんが頷く。


「待って、この子もそうだけど、木の檻も見えないの?」

『見えません。』


 わたしは安倍さんに問いかけの視線を向ける。


「この檻は、神を(いまし)めるための結界じゃ、美凪殿」

「神を?」

「詳しい説明は省くがの。皇居という風水上の重要地の地下であることを利用して、膨大な霊力を編みあげて作り出した魂の檻(ソウル・ケージ)。それがこの檻なのじゃ」

「でも、それじゃあこの子は……」

「想像の通り、神じゃよ。とてもそうは見えぬがな」


 安倍さんの言葉に今一度少女を見る。

 少女はむせから立ち直って再び声を上げる。


「出せっ、このクソ魔術師! こんな罠を仕掛けてるなんて……その、ズルいぞ!」

「ズルいも何もあるものか。ここは天皇(すめらみこと)の住まいぞ。いかな異界の神といえど侵すに任せるわけにはいかぬであろうが」

「異界の神……? まさか……!」

「さよう、こやつは異世界マルクェクトから落ち延びてきた神の成れの果てよ」

「何が成れの果てだ! 言っていいことと悪いことがあるぞ! 無間地獄の底の底で未来永劫の責め苦を受けたいのか、こらあぁっ!」

「いい加減やかましいわ。――早々(はやはや)九字、その口を()じよ」

「う、うぐぐっ!」


 少女が苦しそうに口元を押さえる。


「やれやれ……」


 安倍さんが肩をすくめた。


「どういうことなんです? 本当にマルクェクトの神なんですか?」

「少なくともそう名乗っておる。マルクェクトで魔法を司る神アッティエラであると」

「アッティエラ? アトラゼネクでもモヌゴェヌェスでもなく?」

「本人に聞いてみるか。――口を緩めよ」


 陰陽師が印を切ると、少女がぶはぁっと息を吐いた。


「はぁはぁ……おのれぇぇっ」

「気は済んだかの。で、おぬしはアッティエラで間違いあるまいな?」

「おぅ。あたしは魔法を司る大神(おおかみ)、アッティエラだ!」

「どうしてこの世界にやってきたのじゃ?」

「ぐっ……そ、それは……」

「話してもらおう。早々(はやはや)……」

「ま、待った! それは苦しいからイヤなのだ!」

「では自分でしゃべるがよい」

「ぐ、ぐぞぉぉぉっっ!」


 少女――アッティエラがじたばたと暴れた。


「はぁはぁ……悔しいけど逆らえないのだ……。あたしがこの世界に来たのは、他の神々に目をつけられてしまったからだ」

「目をつけられた?」

「あたしだって善神の一柱(ひとはしら)だ。ちゃんと仕事だってしてきたのに、千年も前にやったことでぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃと因縁をつけやがって! あ~、思い出しても腹が立つ! うきぃぃぃぃっ!」


 アッティエラ、再びひと暴れ。


「何やら、かの世界の卓越した魔術師を、自分の地位を危うくするからと言って結界の中に閉じ込めたらしい」

「だって、あの発明狂のアルフェシアを放っておいたら、すぐに魔法なんて必要なくなってしまうのだ! 神様としての沽券に関わるのだ! 封印して何が悪い!」

「その封印が千年越しに解除され、復活した魔術師の口からことの真相が漏れたというわけじゃ」

「うぐぐ……まさかあの超多重次元結合結界を解除できる人間がいるなんて思わなかったのだ。人間のくせに生意気な! 生意気なぁっ!」

「で、どうしたのじゃ?」

「善神どもはアルフェシアの件を思いのほか重視したのだ。あたしは神としての力を奪われるところだったのだ! そんなのはイヤだから力を振り絞ってこっちの世界まで逃げてきたのだ! そしたらこんなわけのわからない罠に引っかかって……」

「今に至る、というわけじゃ。ま、自業自得じゃの」


 安倍さんが冷たく切り捨てる。


「ぐうう……だ、だいたいどうしてこの世界にこんな奇天烈な結界が用意してあったのだ! こんなの、檻の目が粗すぎて神でもなければ素通りなのだ!」

「それはむろん、神を捕らえるために用意しておいたのじゃ。かの女神、アトラゼネクとの再戦に備えての」

「アトラゼネクぅぅーっ! くそーっ! どうしてあいつはいっつもいっつもあたしの邪魔をするんだーっ! うごろげろぉぉっ!」


 アッティエラは悔しさのあまりか顔を真っ赤にして奇声を上げる。


「それで、彼女がどうしたんです、安倍さん」

「何、こんなのでも異世界の神には違いない。うまく使えばレティシアに対抗することもできるかと思っての」

「こんなの言うなーっ! 神を使う、だとっ! そんなの人の身でやっていいことではないのだっ! 不老不死にした挙句宇宙の彼方めがけて射出されたくなかったらあたしを解放しやがれぇっ!」

「怖いのう。ますます解放しとうなくなったわ」

「むきーっ!」

「しかしわしらに力を貸せば、檻から解き放ってやろう」

「本当か!?」

「本当じゃ。陰陽師は嘘をつかぬ。むろん、二度とこの国の敷居をまたがぬことを約束してもらうがな」

「ぐぬぬ……し、仕方ないのだ……力を貸してやる」

「――というわけじゃ、美凪殿。こやつを連れて行くがよい」


 安倍さんが歯噛みするアッティエラを指差して言った。


「……なんか、安倍さんを連れて行った方が強そうなんだけど」

「そうでもない。マルクェクトの魔法は、こやつの作り出した魔法原型を『スキル』とやらで引き出して使うのじゃという。こやつによれば、向こうの魔術師は簡単な文字を空中に描くだけで魔法を使えるというのじゃ。一方、この世界の魔法にそのような便法はない。あの屈辱以来改良を重ねたとはいえ、わしの陰陽術では効果の発動までにどうしても時間がかかる。レティシアとわしでは相性が悪すぎるのじゃ」

「でも、その子は何ができるの?」

「神は人の子の争いには不干渉が原則なのだ!」


 アッティエラがなぜか胸を張って言う。


「レティシア・ルダメイアの背後には悪神モヌゴェヌェスとやらがいる公算が高い、と言ってもか?」

「何っ! その名前をこの世界でも聞くことになるとは思わなかったのだ……それなら話は別だ! あたしが手を貸してやろう!」

「それはありがたいけど……」

「でもこの世界であたしにできることは限られているのだ。魔法レジストリもあっちに置いてきちゃったし。ちょっとした手伝いしかできないぞ」

「なんか不安になってきた」

「近くまで言ったらレティシアとやらの魔法とスキルを封じてやるのだ。もともと魔法レジストリもスキルシステムもあっちの世界のものだ。こっちの世界では魔法やスキルは不安定にしか使えないのだ。それを断線するくらいあたしにはちょろいのだ! あーはっはっはぁっ!」


 頼もしい……のかな。


 とにかく、そういうわけで、異世界の神様を連れてレティシアに接触することに決まった。

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