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128 BATTLE AGAINST MACHINE

 片瀬美凪(かたせみなぎ)、いや、〈キーコレクター〉は、6度目の大舞台で、勝負を決しようとしていた。

 耳を聾するほどの観衆の声と大音響の中で、〈キーコレクター〉片瀬美凪は、まるで凪の日の海面のように揺るがないポーカーフェイスのまま、ももの上に置いたアーケード筐体型コントローラーを操作する。


 片瀬美凪は、今年で22歳になった。

 7年前、路上で遭遇した通り魔事件で、美凪は通り魔にあわや殺されるというところを、通りがかった青年・加木智紀に助けられた。善意の青年は、その後通り魔と誤認されて警官に射殺されるという悲運に遭ってしまう。自分を助けてくれた青年に興味を持った美凪は、彼がスラムファイターと呼ばれるゲームのプレイヤーだったことを突き止めた。

 スラムファイター――そう、今美凪がプレイしているこのゲームだ。

 女子高生だったあの頃から、美凪は清楚な雰囲気の整った容姿の持ち主だったが、22歳となった今、そこに大人らしい落ち着きまでもが加わっている。

 日本ではアイドルのようにもてはやされるようになってしまったが、美凪は同時に、ガチゲーマーを自認する、強さのみを追い求めるタイプのプレイヤーたちからも尊敬されている。

 なぜなら――


「決まったぁぁぁぁぁっ! 今年のREVOLVEを制したのは――〈キーコレクター〉!」


 ラスベガスのホテルのパーティ会場が歓声に包まれた。

 その一角に設けられた日本向けのネット配信ブースで、実況者がマイク目がけて叫んでいた。

 レインボーカラーでラメが入ったド派手なパーカーを着、黄色いセルフレームの眼鏡をかけた30代の男だ。自身もプレイヤーとして大会に参加していたが、予選プールの段階で脱落してしまった。とはいえ、彼の真価は、プレイヤーとしての腕前にあるのではない。プレイヤーたちとの付き合いから得た情報を元にした的確で熱狂的な実況こそが、彼がここにいる理由だった。


「これで彼女は現役の高校生だった時から連続6年目のディフェンディングチャンピオンとなります!」

「これはもう、凄まじいとしか言いようがないね! どんなにバランス調整された格闘ゲームでも、キャラ相性がある以上は、よほど隔絶した実力差がないと確実に勝つことはできませんからね!」


 実況者の言葉を、隣りに座った解説者が補足する。

 解説者は、決勝トーナメントで惜しくも敗れ去ったプロの(企業とスポンサー契約を結んだ)プレイヤーが務めている。人懐っこい性格と、それとは裏腹の緻密な知識で人気の花形プレイヤーだ。年齢的には解説者よりいくつか若く、20代の後半だった。


 実況者と解説者は、双方興奮した様子で、今目の当たりにした奇跡的な逆転劇について語り合う。インターネットの向こう側では、万を超える視聴者がそれぞれに感動を噛み締めたり、興奮してライブ放送にコメントを書き込んだりしていた。


《鍵神勝ったああああああああ!!!》《キーちゃんすげええええ!》《やっぱりな。勝つと思ったよ》《もう負ける気がしない》《誰だよキーちゃんが負けるって言った奴》《アンチがもう息してないよww》


 日本とアメリカの――いや、世界中の格闘ゲームプレイヤーが興奮していた。

 間違いなく、今大会最大の盛り上がりだった。


 この後は、表彰式を残すのみだ。会場の興奮は波が引くように収まっていく。

 ライブ放送では、今年もいいものを見た、と締めに入ろうとしているコメントもちらほらとある。


 が、今年のREVOLVEはこれで終わりではなかった。


 壇上の照明がいきなり暗くなった。

 そして次の瞬間、スラムファイターのプレイヤーにはおなじみのSE(効果音)とともに、会場のメインディスプレイにスプレーで描いたようなけばけばしい文字が現れた。


 A NEW CHALLENGER COMES HERE!!


 壇上で控えめにガッツポーズを取っていたチャンピオン――〈キーコレクター〉片瀬美凪は、戸惑った様子で周囲を見渡す。

 そこに、大会の司会者が現れ、英語で何事かを発表する。

 英語のわかる美凪は、驚いた様子で司会者を見た。

 直後、会場を割れんばかりの歓声が席巻する。


「おーっと、これはどうしたのでしょうか?」

「ちょっとわかりませんねー」


 実況者と解説者は英語の説明が理解できなかったが、視聴者の中には理解できた者がいたようだ。生放送サイトのコメントをつなぎあわせて、2人は状況を把握する。近くに寄ってきた英語のわかるインテリ系のプレイヤーが2人に補足説明をし、間違いがないことを確認してから、実況者が口を開いた。


「ここで、大会側のサプライズのようです! なんと、6年連続ディフェンディングチャンピオンを達成した〈キーコレクター〉に敬意を表して、グリンプス社が『最強の刺客』を用意した、と」

「最強の刺客、とは、いったい誰なんでしょうか? スラムファイターの最強プレイヤーはいうまでもなく彼女――〈キーコレクター〉です! 彼女を倒しうる刺客なんて、ちょっと思いつきませんねー?」

「去年現役を引退したアメリカのジューディス・イェン選手でしょうか?」

「僕もそれくらいしか思いつきませんが、違うでしょう。イェン選手に引退を決心させてしまったのが、他ならぬ彼女ですからねぇ」

「そうですねぇ、さぁ、いったい誰が飛び出してくるのか? おっとぉ――」


 実況者は、壇上に現れた「もの」を見て言葉を詰まらせた。

 代わって、解説者がつぶやいた。


「R-4N4?」


 それは、アメリカの有名なSF映画に登場する、銀メッキの人型アンドロイドだった。

 銀色のアンドロイドは、滑らかな動作で壇へと至る階段を上り、対戦台へと近づいていく。


 さっきまで〈キーコレクター〉相手に必死の食い下がりを見せていた韓国の選手が気圧されたように席を開けた。

 アンドロイドは韓国人選手に映画に登場する通りの敬礼を行うと、空いたシートへと腰かけた。


 突然出現したアンドロイドに驚き、固まっていた観客は、その時初めて、アンドロイドがアーケード筐体型コントローラーを手にしていたことに気がついた。アンドロイドは淀みのない動きでアケコンをゲーム機へと接続する。


 そこで、ようやく観客たちは事態を察した。

 6年連続ディフェンディングチャンピオン〈キーコレクター〉片瀬美凪の前に現れた挑戦者は――このアンドロイドなのだ!


「こ、これは――」

「驚きましたねぇ! あのアンドロイドが〈キーコレクター〉の対戦相手ですか!」

「……中に人が入っている……わけではなさそうですね」

「細っそい身体ですからねぇ! 僕も細いと言われますが、あの中に入れと言われても絶対に無理でしょう」

「おっと、司会者から紹介があるようです」


 実況者と解説者は興奮したおしゃべりを中断して、壇上の司会者を注視する。

 司会者が説明するにつれて会場のボルテージがどんどん上がっていく。

 しかし、相変わらず英語がとぎれとぎれにしかわからない。


「――代わって」


 見かねたインテリ系プレイヤーが、解説を交代して言った。


「あれは、世界最大のインターネット検索大手にして、REVOLVEのスポンサーでもあるグリンプス社が開発した、本物の『アンドロイド』だとのことです! これから〈キーコレクター〉片瀬美凪に、この挑戦を受けるかどうか、司会者が聞きます!」


 壇上では、司会者が本年度のREVOLVE王者にマイクを渡すところだった。

 美凪は英語でいくつかの質問をしてから、マイクを受け取って答えた。


「――受けます」


 回答は日本語だったが、そのニュアンスは美凪の顔を見れば明らかだった。

 会場が今日いちばんの盛り上がりを見せた。

 インテリ系プレイヤーが、実況者に言う。


「しかし、これは驚きましたね!」

「ええ、グリンプスが本物のアンドロイドを用意しているなどという事前情報はまったくありませんでした! 完全なサプライズ、いわば騙し討ちですが、6年連続のディフェンディングチャンピオンは、この挑戦を恐れる様子もなく快諾しました!」


 美凪は会場に向かって小さく手を振ると、さっきまで座っていた対戦台へと座り直した。

 REVOLVEの対戦台は、互いが横に並ぶ方式だ。

 美凪は隣に座る銀色のアンドロイドをちらりと横目でうかがった。

 アンドロイドは美凪の視線に気づき、小さく日本式の会釈をしてみせた。その自然な動作を見ていると、この銀色のボディの中に人間が入っているのではないかと疑いたくなるが、それだけのスペースがないことは見ればわかる。


「コンピューターと人間のゲームにおける対戦というと、日本の動画投稿サイトが主催した、将棋の電脳戦を思い出しますね。電脳戦では最初の数年こそ人間の勝ち星があったものの、ここ数年は人間側は引き分け以上の結果を出せなくなってしまいました。次回の開催は見送られるという噂も流れています」

「でも、格闘ゲームには昔からCOMとの対戦がありますからねぇ。COMは結局、プログラムされたパターンでしか動かないから、パターンさえ読めればいくらでもハメることが可能です。しかしそこは世界のグリンプス、いったいどのようなプログラムを用意してきたのか、見どころです」

「嫌らしいCOMというと、人間には絶対に不可能な超反応が挙げられますが、今回の対戦相手は生身の――という言葉がふさわしいかはわかりませんが、とにかく物理的な実体のあるロボットです。目で見てから反応し、手でアケコンを操作するという点では、人間と変わるところがありません。〈キーコレクター〉も反応速度には定評のある選手ですが……どう見ますか、狂死郎さん」

「人間の脳ニューロンは、電子回路に伝達の速度の面では敵わないという話もあります。しかも相手はコンピューター。疲れて反応が遅くなるということもありませんから、いかに〈キーコレクター〉が虫の神経の持ち主といえども不利は否めないのではないでしょうか」


 インテリ系プレイヤーがインテリらしさを見せてそう解説した。

 虫の神経を持っているというのは、反応速度が早いプレイヤーへの揶揄の混じった賛辞である。

 続けて、司会者の英語の解説をインテリ系プレイヤーが翻訳する。


「アンドロイドの名前は、『インチューイション3』と言うようです。正確には、アンドロイドに積まれた人工知能の名前が、ということですが」

「インチューイション?」

「直感、という意味ですね」

「人工知能なのに直感ですか」

「従来の人工知能にはない特性を持っているのかもしれませんね。なにせ、世界のグリンプス社が、今日のために満を持して出してきたものですから」


 プレイヤーが解説する間に、壇上ではボタンチェックが行われていた。

 アンドロイドは自身のアケコンの接続に問題がないことを確認すると、美凪に向かって実に人間らしく小さく頷きかけてみせた。ルールに従って美凪がアンドロイドのキャラクターを倒して対戦をいったん終了させる。もちろんこれは試合のうちには入らない。


「おっと、ボタンチェックが終わったようです。まもなく試合が始まります!

 さあ、人間のチャンピオン対アンドロイドの歴史的初対戦、はたしてどう転ぶのか!」


 実況者の声にかぶさるようにして歓声が上がり、対戦が始まった。


「1ラウンド目は静かな立ち上がりです」

「両者とも――いや、〈キーコレクター〉の方が様子をうかがっている感じですね」


 インテリ系プレイヤー狂死郎が相槌を打つ。


「しかしここで――ああっと! 〈キーコレクター〉の牽制の中Kをすかしてインチューイション3がカウンターヒット確認からのフルコンボを叩き込む!」

「ひええ、ミスティの中Kの硬直は全キャラ中有数の短さですよ! こんなことされたら牽制技すら振れません!」

「後がない〈キーコレクター〉、まさかのリバサバレットストライクだが――インチューイション、これをかわした! バクステからのUA(アルティメットアーツ)玄武蟷螂脚が〈キーコレクター〉に突き刺さり――」


 おおおお……と会場がどよめいた。

 1ラウンド目はアンドロイドの勝利に終わった。2ラウンド目はじりじりと長い試合になったが、これも結局はアンドロイドが勝利を収めることになった。

 結果、1試合目は人工知能インチューイション3が2ラウンドを連取、その強さの片鱗を見せつけて勝利した。


「しかし、〈キーコレクター〉に動揺の色はうかがえません。小さくひとつ頷いて、〈キーコレクター〉、キャラ替えはなしでの試合続行です」

「機械らしい反応速度とコンボ精度に、まるで人間のトッププレイヤーのような高度な読み合いまで仕掛けてきます。さすがの〈キーコレクター〉でもこれは辛いんじゃないのかぁ?」


 このトーナメントは1試合2ラウンドの3試合先取で、1試合ごとに負けた方は使用キャラクターを変えることができるルールだ。

 とはいえ、実際問題として複数のキャラクターを均等に使いこなすことなどそうそうできることではない。そのため、大多数の参加者はメインキャラクターを定めて大会に参加している。

 ごく一部の勝利に貪欲なプロのプレイヤーのみが、メインキャラクターでは不利なキャラクターを相手にするためにサブキャラクターを仕上げてくることがある。これは、ゲームに専念できるプロのプレイヤーだからこそ可能になる戦略だ。


「2試合目が始まり……おおっと、〈キーコレクター〉、いきなり前へと飛び込んだ! しかしさすがはコンピューター、危なげなく対空で落とします!」

「いまのは迂闊でしたね。コンピューターだけに、不意をつかれることはないでしょう」

「しかし? 〈キーコレクター〉はさかんに飛び込み、合間合間にスピンナックル、フライングエルボー……これはいったい?」

「中段技を振って立ちガードさせる戦法でしょうか? この見え見えな罠はインチューイションに有効なのか?」


 体力ゲージが4分の1を切ったところで、美凪はおもむろに前ステップでインチューイションへの距離を詰める。インチューイションは飛び道具の隙を突かれ美凪の接近を許していた。

 そして――


「おっと、インチューイションコマ投げを抜けられない!」

「中段で固めてからの下段を匂わせてのコマ投げですか……」


 中段技は立ちガードをしなければならないが、立ちガードでは下段技を食らってしまう。

 これを利用して、中段技を連続して振って意識を立ちガードに向かわせた上で下段技を仕掛ければ、相手のガードを効果的に崩すことができる。


 ……というのは、ごく一般的な対戦相手の場合で、あくまでも基本的な戦術でしかない。格闘ゲームに慣れたプレイヤーなら、当然のように相手の意図を読んでガードをしゃがみガードへと切り替えることができる。


 しかし、美凪はこれをもう一段進めていた。中段を振った後で下段技の射程に相手を捉えれば、相手は反射的にしゃがみガードを取ろうとする。そこでしゃがみガードした相手に対し、ガードすることができない投げやコマンド投げを使えば、相手は抵抗できずに食らってくれる。


 高度な択のかけ方ではあった。


 だが、


「裏の裏をかく戦術ではありますが、人間のトッププレイヤーであれば半々くらいでは読めるでしょうね」


 インテリ系プレイヤーがつぶやく。

 インチューイション3はその後も同じ択を食らい続けて第2試合の1ラウンド目を落とした。

 〈キーコレクター〉の最初の勝利に会場が湧く。


「今のは彼女が〈キーシーカー〉スタイルと呼んでいるものですね。普段の緻密で精密なプレイとは異なる、大胆な読み合いを仕掛けることを主眼に置いたスタイルです。〈キーコレクター〉はこの2つの異質なスタイルを使い分けることで、6年連続で世界チャンプの地位を守り続けています」

「〈キーシーカー〉というのは、7年前、通り魔事件で警察官に誤射されて亡くなった格ゲープレイヤーのリングネームです。当時高校生だった彼女はその事件で〈キーシーカー〉――加木智紀氏に命を助けられています」

「その加木氏の遺志を継ぐような形で格闘ゲームの世界に足を踏み入れた彼女が、わずか2年後にREVOLVEの覇者となりました。〈キーシーカー〉と〈キーコレクター〉。2つの異質な才能が1つになって、この最大の難敵を破ることができるのでしょうか」

「今の一戦、彼女は〈キーシーカー〉に救われましたね」

「あの一連の中段攻撃からの択ですね? あれはプログラムの隙を突かれたということでしょうか?」

「そうでしょう。中段と見せかけて下段、というところまでは想定していたのでしょうが、中段と見せかけて下段と見せかけて投げ、という戦術は読み切れていなかったようです。

 しかし、後半はコマ投げをかわすようになっていました。学習が完了したということでしょう。インチューイション3は、ただのプログラムではなく、グリンプス社の生み出した人工知能で、高度な自己学習が可能との触れ込みです。同じ手は通じないと思うべきでしょう」


 第2試合の2ラウンド目、〈キーコレクター〉は戦術をさらに進化させる。

 中段と見せかけて下段と見せかけて投げと見せかけての飛び道具や空投げが容赦なく突き刺さり、インチューイション3の体力をあっという間に削りきった。


 インチューイション3の自己学習能力を上回る速度での戦術の深化。

 美凪は、美凪の動きに対応しようとするインチューイション3の動きに対応していた。

 対応能力という点で、美凪がインチューイション3を一回り上回っていることは明らかだった。


 美凪が2ラウンドを危なげなく連取したことで、第2試合は人間側の勝利となった。


 そしていよいよ決着となる第3試合に突入する――と思われたのだが、


「おおっと、インチューイション3、キャラクターを替えてきます!」


 インチューイション3がノータイムで選んだキャラクターは、〈キーコレクター〉の使用キャラクターの苦手とするキャラクターだった。

 会場に大ブーイングが巻き起こる。


「インチューイション3、なんとキャラをかぶせてきました!」

「まぁ、それも戦略のうちですからね」


 インテリ系プレイヤーが冷静につぶやく。

 キャラかぶせは、格闘ゲームのプレイスタイルとしては邪道と見なされることが多い。最近はそれも含めて実力の内だという見方もあるが、試合がつまらなくなりがちなこともあって、観客からすると興が冷める側面もある。メインキャラに比べてサブキャラはやりこみが浅くなりがちなこともその一因だろう。


「しかし、インチューイション3にとってはメインキャラクターとサブキャラクターの区別などないと思うべきでしょう。これが人間なら、そうそううまくは切り替えられないですし、複数のキャラクターをやり込むだけの時間とエネルギーがありません。しかし相手はロボットですからね」


 観客の心配そうな視線を受けても、美凪は相変わらずのポーカーフェイスだった。


 そして、第三試合が始まった。


 1ラウンド目は美凪が、2ラウンド目はインチューション3が取り、決着は第3ラウンドまで持ち越された。


 その、第3ラウンドが始まってすぐのことだ。


「おっと、なんだこれはぁ! 〈キーコレクター〉、壊れたかぁ!?」


 実況者がそう叫ぶのも無理はない。〈キーコレクター〉が定石をまったく無視した必殺技のぶっ放しを繰り返し、脈絡なく通常技を振っていく。

 これは――


「が、ガチャプレイ!?」


 インテリ系プレイヤーが愕然と叫んだ。

 そう。それは、素人がめちゃくちゃにキャラクターを操作する「ガチャプレイ」に似ていた。

 ガチャプレイは初級者には案外対応が難しいが、中級者以上になれば落ち着いてさえいれば問題なく対処できる。

 事実、インチューイション3は美凪のガチャプレイに堅実に対応していた。

 しかし、その動作はどこか重たく見えた。

 そして、


「おおっ! これはどうしたことか! インチューイション3、UA(アルティメットアーツ)を突然ぶっ放した!」

「これは……暴発ですね。小技に仕込んでいたUA(アルティメットアーツ)が暴発したようです。しかし、コンピューターが暴発ですか」


 インテリ系プレイヤーが納得いかなそうに言った。

 もちろんその隙を美凪が見逃すはずはなく、最大火力を誇る超高難易度の目押しコンボを叩き込んでみせた。

 ダウンしたインチューイション3に対する美凪の起き攻めは意外にも定石通りのすかし下段からの固め――だったのだが、


「な、何が起こったぁぁぁっ! 〈キーコレクター〉、まさかのコンボミス! しかしそれに釣られるようにして、インチューイション3がガッツポーズ!」


 ガッツポーズというのは、インチューイション3のキャラが出してしまった対空のアッパーカットのことだ。ジャンプしてくる相手を迎え撃つための技だが、美凪のキャラは今地上にいて、コンボミスによる硬直もすぐになくなる。


 インチューイション3は美凪を目の前にあまりにも大きな隙を晒してしまっていた。


「この隙を〈キーコレクター〉が見逃すわけがない! まったく動揺なしで最大火力コンボを完走するぅっ!」


 勝負が決した。

 会場は爆発したような歓声に包まれた。


 その中で、インテリ系プレイヤーが、はっとしたようにつぶやいた。


「そうか、アンドロイドがコマンドを仕込んでいるのを利用して――」


 インチューイション3は、すべての技にUA(アルティメットアーツ)などのコマンドを仕込んでいた。


 スラムファイターの必殺技は、レバーによるコマンド入力とボタンの組み合わせで成立するが、コマンドについてだけは先行入力が利く。コマンドさえ入力しておけば、相手に技が当たればボタンを叩いて必殺技を出し、相手がガードしていればボタンを押さずに様子を見る、ということが可能になっている。


 ただし、相手に技がヒットしたかどうかを見極めてからボタンを叩くのは難しい。技が出ないならまだいいが、出てしまう場合が厄介だ。ガードしている相手に隙の大きい必殺技を振ってしまうことになるからだ。


 その点、コンピューターであるインチューイション3は、暴発の心配をしなくていい。


 ……はずなのだが。


「〈キーコレクター〉は、インチューイション3に読み合いを強いることでミスを誘った?」


 たとえば、相手の攻撃をガードしながらのコマンド仕込みは、相手がふいにガード方向を揺さぶってきたり、投げを打ってきたりした場合にリスクがある。インチューイション3が相手の行動を読んでリスクを計算した上でコマンドを仕込んでいるのだとすれば、読むべき選択肢が増えれば、コマンドが仕込みにくくなったり、仕込みが遅れたりする可能性が出てくる。

 いや、それだけではない。


「あのガチャプレイは、コマンド仕込みの精度を測るためのものだった……?」


 REVOLVEの対戦台は隣同士に並ぶ形式だ。

 アンドロイドの手元は視界の隅に入るから、コマンドを仕込んでいれば気づくことができる。

 UA(アルティメットアーツ)の複雑なコマンドを、アンドロイドのマニピュレーターは驚くべき精度で入力していた。

 が、連続でコマンドを仕込もうとすれば手元が狂う恐れはある。コマンド入力の精度が高いということは、無駄がないということだ。だから、途中の入力がひとつずれただけでも、コマンドが不成立となりかねない。

 一方、人間のコマンド入力は、無駄があるがゆえにかえって安定して入力できているという面がある。また、そもそも人間がプレイすることを前提としている格闘ゲームは、人間の入力に伴うそうした曖昧さに寛容なシステムになっているのだ。


「はは……っ」


 狂死郎の口から乾いた笑いがこぼれた。

 実は、狂死郎は急に決まったコンピューターとの対戦に危惧を抱いていたのだ。

 もしこれで人類最強のプレイヤーである〈キーコレクター〉が敗れるようなことがあったら。

 20年以上の長きに渡って育まれてきた格闘ゲームという文化が一気に廃れてしまうことにもなりかねないのではないか。

 小学校の頃からゲームセンターに通い、格闘ゲームとともに育ってきた狂死郎にとってそれはとても恐ろしいことだった。


 しかし、〈キーコレクター〉はグリンプス社が送り込んできた不躾な刺客を返り討ちにしてしまった。

 〈キーコレクター〉がいる限り、格闘ゲームという遊びが廃れることはないと、狂死郎は今、確信を持って断言できる。


 表面上は静かなまま全身を襲う感動に震える狂死郎の隣で、実況者が顔を真っ赤にして叫んだ。


「勝者――〈キーコレクター〉ぁぁぁっ! グリンプス社の最新AIに、人間の意地を見せつけたあああっ!」


 ――会場は、今大会いちばんの歓声に包まれた。

次話>1/14です


この話はかなり前から出来上がっていたのですが、その間に将棋電王戦の次期開催がなくなってしまい、現実の方に追い抜かれてしまいました。

また、ストリートファイター5のシステムはウル4までとは違ったものになりそうで、この点でも現実の方に追い抜かれてしまいそうです。


この話に出てくるプレイヤーたちについては、モデルとするプレイヤーがいないわけではありませんが、あくまでも別人として描いております。

プロゲーマーとして厳しい道を歩みながら観客を魅了し続けるトッププレイヤーたちのことを、私は心から尊敬しています。


さて、これからしばらく〈キーコレクター〉編となります。

エドガーから離れることに不安はありますが、そう長くはならない予定です。

お付き合いいただければありがたいです。


今後とも『NO FATIGUE 24時間戦える男の転生譚』をよろしくお願いいたします。


天宮暁

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