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NO FATIGUE 24時間戦える男の転生譚  作者: 天宮暁


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109 エレミアの疑惑

お待たせしました

 ――あれ(・・)が標的だと、お告げがあった。


 標的は、何の変哲もない女性だった。性格は少し悪そうだが、見た目はとても綺麗で、複数の男性と関係があるという前情報にも納得だ。


 短剣を手ににじり寄る。


 最後の瞬間、まったくの偶然でその女性が振り返った。


 こちらを見て、女性は笑った。

 女性は、子どもを見ると笑うことが多い。


 そして――それこそが隙だった。


 手にした短剣が彼女の白い喉を切り裂いた。


 鮮血が溢れ出す。


 驚きの表情のまま彼女が倒れていく。


 彼女は敵だ。

 憐れむ言葉など必要ない。


 それでも、自分の指で、見開かれた彼女のまぶたをそっと閉じる。

 教えられた殺しの手順からすればまったくの無駄な行為だったが、そうしないではいられなかった。


 まぶたを閉じると、彼女の顔が急激にぼやけはじめた。

 一瞬、自分は泣いているのかと思ったが、違う。

 彼女の顔は水盆をかき回したように揺らめいたかと思うと、見慣れた別の顔へと変化していく。


 ジュリアさん、

 アルフレッドさん、

 ステフさん、

 ミゲル、

 ベック、

 ドンナ、

 アスラちゃん、


 ――そして、エドガー君。


 血の毛の失せた青白い顔で、口から血を吹きこぼしながら、エドガー君が言う。


「――エレミア、君はやっぱり人を殺すことしかできない子だったんだね」


 と。



 ◆


「うああああっ!」


 ボクは悲鳴を上げてベッドの上で跳ね起きた。


 エドガー君やお義父さんお義母さんには内緒にしているけど、ボクは時々悪夢にうなされることがある。

 それを知っているのはステフさんだけだ。一度、夜中に悲鳴を上げて飛び起きたのを気づかれてしまった。その晩、ステフさんはボクが眠りにつくまでベッドの脇でボクの手を握ってくれていた。

 ……というといい話のはずなのだが、ボクよりもステフさんの方が先に眠ってしまったから、どちらかというと笑い話なのかもしれない。でもステフさんの幸せそうな寝顔のおかげでボクもほどなく眠りにつくことができたのは事実だ。


「……眠らないでいいエドガー君が羨ましいよ」


 ボクも眠くなんてならなければよかったのに。

 そうだったら、エドガー君と一緒に夜を過ごすこともできた。もっとも、エドガー君は夜の間もえんえんスキルレベルを上げていたり、何かを作っていたり、本を読んでいたりで、あまりおしゃべりなんかはできないかもしれない。


「ほんと、不思議な人だよね、エドガー君は」


 ボクのエドガー君への気持ちは複雑だ。

 まずは、〈八咫烏(ヤタガラス)〉の洗脳から目覚めさせてくれた恩人への、感謝の気持ち。

 次に、ともにカラスの塒で時を過ごした仲間としての気持ち。

 それから今は、キュレベル家の養女としての、姉弟の気持ち。


 そんなただでさえややこしい感情を、よりややこしくしているのは、エドガー君が転生者であることだ。

 エドガー君の実年齢は6歳で、見た目だけなら8、9歳。12歳のボクと並ぶと、姉弟と言っていい年齢だ。

 しかし、エドガー君は、前世での30年の人生経験を引き継いでもいる。

 その話を初めて聞いた時、ボクは驚くよりも納得してしまった。道理で、ボクより小さいはずなのに、精神的にしっかりしてるはずだ。

 立場としては、今のボクはエドガー君の義理の姉ということになるが、精神面ではむしろ、ボクはエドガー君の妹か娘のような気がしてしまう。


 だから、だろうか。

 エドガー君の見た目はまだ幼いのに、ボクはエドガー君を見ていると、不意に胸が高鳴ってしまうことがある。

 ふとした瞬間のエドガー君の笑顔が、真剣な横顔が、優しげな声の調子が、ボクの心を乱してくる。

 これは……ひょっとしたら……。


「だとしても、今のままのボクじゃね」


 エドガー君はすごい。すごすぎる。

 本人は前世での経験があるからだと謙遜するけれど、じゃあこの世界で30年を余分に過ごした人と今のエドガー君とを比べたとして、こんなに優しく、落ち着いていて、それでいて力強くて安心感のある人が、いったいどれだけいるだろうか。


 ボクは〈八咫烏(ヤタガラス)〉では実力派の御使いとして7歳にして特務班に所属させられていた。しかし、その戦闘能力においてすら、エドガー君には遠く及ばないのだ。なにせエドガー君は〈八咫烏(ヤタガラス)〉首領ガゼイン・ミュンツァーを1対1で破ってしまうほどの卓越した実力の持ち主なのだから。


 あの時蜂起に参加した者たちの中にも、ガゼインを倒すと言ったエドガー君を信じられない人たちがいた。

 そういう人たちの1人は、ボクにこっそり、エドガーがやり損なったらエレミアが不意を打って首領を殺せと囁いてきた。


 が、その人は何もわかってない。ガゼインがいかに優れた暗殺者であるかもわかってないし、エドガー君の実力についてもまるでわかってない。

 ボクではガゼインは絶対に倒せない。ガゼインの持つ厄介なスキル【危険察知】のせいだけじゃなく、単純に戦闘者としての力量が足りてない。その力量差は、不意を打った程度で補えるようなものではなかったのだ。


 もちろん、エドガー君とガゼインの間にも、まともにやってはどうにもならないような力量の差があった。エドガー君自身、まともにやったら勝てる目がないとまで言っていた。


 しかしエドガー君は、その力量差を覆してしまった。

 経験豊富なガゼインの手練手管に対し、それをさらに上回る変幻自在さを見せて、結果的にはガゼインを完封に近い形で倒してしまった。

 相手の戦術の先を読み、相手の取りうる選択肢を徐々に狭め、迂闊な行動を誘って、そこに痛烈なカウンターを叩き込む。エドガー君が言うところの「読み合い」のセンスこそが、あの大番狂わせの最大の要因だ。


 でも――

 読みが外れたら死が待っているような危険な読み合いを土壇場で通してしまうエドガー君の胆力。

 幾度となく死線をくぐり抜けてきたはずのガゼインすら上回るそれを、エドガー君はいったいどうやって身につけたのだろう。


 ボクはある時、エドガー君に思い切って聞いてみた。

 すると、


「そんなにすごいことかな。槍では父さんに及ばないし、弓ならチェスター兄さんの方が上だ。知識や頭の回転じゃデヴィッド兄さんに敵わない。気配を読むセンスはエレミアの方がある。魔法の才能も、母さんに敵う気がしないね」


 エドガー君は、弓の曲射の鍛錬メニューをこなしながら、なんでもないことのようにそう言った。


「でも、そのすべてを練習でものにしてしまうんだからすごいよ」

「それはそうかもしれないけど、これだっていう決め手がないような気もするんだ。満遍なくすべてをこなすだけじゃ、敵の転生者には勝てない。そんな気がする」


 ボクからすれば、今のエドガー君と戦って勝てる相手なんて想像することができなかった。

 エドガー君によれば、敵の転生者はとんでもなく頭が切れる「サイコパス」(自分の目的のために人を傷つけることを何とも思わない冷酷な性格の持ち主のことらしい)だから、どんな手段を使ってくるかわからないのだという。


 そう聞いてボクはふと思った。

 もしボクがその転生者――キザキ・トオルの立場だったら、ボクはどうやってエドガー君を排除しようとするだろうか、と。


 そんなこと、考えるのもイヤだったけれど、一度きちんと考えておくべきことだとボクは思った。


 ボクは〈八咫烏(ヤタガラス)〉での暗殺者教育を思い出す。


 人を殺すには、いろいろな方法がある。人間という存在は、有史以来、いや有史以前から、他の人間をいかに殺すかということを真剣に考えてきた動物だ。


 ガゼイン・ミュンツァーによれば、人の殺し方は4種類に分類できるという。

 直接殺す、間接的に殺す、精神的に殺す、社会的に殺す――の4つだ。意外なことにガゼインは、直接殺すのは4つの中ではいちばんの下策だと言っていたっけ。


 それはともかく、4つそれぞれの可能性について考えてみよう。

 エドガー君を直接殺すことは難しいだろう。

 エドガー君は、クラスなんていう全然知られていなかった能力を6つも発掘し、自分の戦闘スタイルへと取り込んでいる。

 はっきり言って、隙が全くといっていいほど存在しない。

 また、元はガゼイン・ミュンツァーの持っていた【危険察知】のスキルもクラスの中に合成されているから、エドガー君は自身に迫る危険の予兆を絶対に見逃すことがない。


 また、間接的に殺す。これも難しい。

「間接的に殺す」というのは、毒を盛ったり、罠にかけたり、人質を取るなどして身動きを封じてから殺すということだ。が、〈八咫烏(ヤタガラス)〉に拉致された経験から、エドガー君は毒物や状態異常には神経質なほどに徹底した対策を講じている。

 もしそれを突破できたとしても、ガゼインから継承した【危険察知】は毒や罠をも察知の対象としているから、今のエドガー君なら必ず気づく。

 唯一可能性がありそうなのは人質を取ることだが、エドガー君の周囲にいる人たちは、エドガー君ほどではないにせよ常人離れした戦闘力を有している。

 ジュリア義母さん、アルフレッド義父さん、ステフさんは当然として、ベルハルト義兄さんやデヴィッド義兄さんも、エドガー君の「魔改造」によって戦闘力を密かに嵩上げされていた。

 たとえガゼインであっても、今のエドガー君の家族を人質に取るのは相当に困難だと思う。

 かくいうボク自身も、今の実力ならガゼインを相手にしてもかなり食い下がれるのではないかと思っている。


 その次、精神的に殺すという方法だが、これも実行は難しい。

 いちばんわかりやすいのは対象の大事にしている人物をむごたらしく殺したり痛めつけたりして屈服させるという方法だが、人質を取るのと同様の困難がある。


 最後に社会的に殺すという方法。これは情報操作によってデマを流し、社会的立場を失墜させるという方法だ。

 でも、エドガー君はまだ6歳。父であるアルフレッドさんを狙おうにも、国王の覚えめでたいキュレベル侯爵を貶めるのは現段階では難しいだろう。


 というわけで、エドガー君を殺すことははっきり言って不可能に近い。

 が、ガゼイン・ミュンツァーの教えによれば、こういう時に実行を検討すべき方法がひとつだけ残されている。


 ――中から切り崩す、という方法だ。


 内部にスパイとなる人物を送り込むか、内部の人間を報酬や脅迫でスパイとし、敵を内側から崩壊させる。スパイに直接的に殺させてもいいし、混乱に乗じて自分で殺してもいい。

 要するに、外から攻め落とせないなら内から攻める、ということだ。

 この場合、暗殺者が女で美人だと格段にやりやすいという。言うまでもなく、色仕掛けで対象に近い人物へと接触し、自らがスパイとして潜入するか、その人物をスパイに仕立てあげるのだ。


 逆に、敵からの暗殺を警戒する場合は、そのような人物を疑えばいい。

 最近突然現れた人物。あるいは、最近突然羽振りがよくなったり、恋人ができて浮かれていたり、何かに怯えていたりする人物。このような人物をリストアップし、その行動を監視する。

 これが暗殺者を防ぐ側の取るべき対策だ。


「最近現れた人物……か」


 真っ先に該当する人物が1人いる。


「……アスラちゃんだね」


 ボクによくなついてくれているアスラちゃんを疑うのは嫌だけれど、そのような人物こそ、スパイにできた場合の効果が大きいというのがガゼインの言い分だ。ガゼインの教えが全部正しいと言うつもりはないが、彼が卓越した暗殺者だったこともまた事実。その知識が利用できるなら利用すべきだとボクは思う。


 そして、アスラちゃんについて考えるべきことは、スパイとして疑うべき立場にあることだけではない。


「……エドガー君は優しいから、わざと考えないようにしてるんだと思う」


 アスラちゃんは、現在5、6歳のように見える。

 エドガー君の【真理の魔眼】であれば、本来は正確な年齢を見ることができるのだが、どういうわけかアスラちゃんのステータスは情報が狂っているらしい。


 それでも、見た目から判断すれば5、6歳というところで、これはエドガー君の年齢とおおよそ一致していると言っていい。


 ここで思い出すのは、もうひとりの転生者の存在だ。


 エドガー君の転生と、もう一人の転生者キザキ・トオルの転生は、厳密にはタイミングが違うらしい。

 エドガー君はジュリアさんの胎内に宿り、正常な出産の過程を経てこの世界へと生まれ、生後6ヶ月となった時に前世の知識を取り戻したという。

 一方、キザキ・トオルは、悪神モヌゴェヌェスを信奉する者たちによって用意された女児の肉体を乗っ取る形で転生した(と、エドガー君がアトラゼネク様から聞いている)。

 その女児の肉体の年齢は不明だが、精神が発達していると乗っ取るのは難しくなるだろうから、かなり幼い――ひょっとすると、生まれたばかりの赤子だったのではないかとエドガー君が言っていた。


 キザキが転生時に生まれたばかりの赤子の身体を乗っ取ったとする。

 エドガー君はその時点ではまだジュリア義母さんのお腹の中だ。

 エドガー君が生まれるまでに10ヶ月がかかったとすると、この世界におけるエドガー君とキザキの肉体年齢の差は最小で10ヶ月ということになる。


 現在エドガー君が6歳で、アスラちゃんの見た目が5、6歳。

 ぴったり当てはまるとは言えないけど、十分に誤差の範囲なんじゃないだろうか。

 とくに、アスラちゃんは羽を持つ特殊な獣人や魔族や竜人である可能性が高いから、見た目の年齢が実際の年齢とズレていても不思議じゃない。


 つまり――アスラちゃん(・・・・・・)がキザキ・(・・・・・)トオルである(・・・・・・)可能性が否定できないのだ。


 しかもその場合、アスラちゃん=キザキが切り裂き魔(リッパー)事件に関与している可能性まで浮かび上がってくる。

 アスラちゃんは切り裂き魔(リッパー)事件と前後して現れた。疑おうと思えばそれだけでも疑える。


 ボクの目を盗んでアスラちゃんが夜中に出かけることはかなり難しいと思うけれど、アスラちゃん=キザキだった場合、ボクの目を欺くくらいはやってのけてしまうかもしれない。


 何せ、あのエドガー君が何をしてくるかわからないとまで言う相手なのだ。

 幼女の姿で近づいて、油断したところでエドガー君をはじめ、ボクたち一家を殲滅する――ガゼイン・ミュンツァーだったら手放しで褒めるに違いない、おそろしく効果的な戦術だ。


 疑い出せばキリがない。

 アスラちゃんは羽が痛むと言って、夜外に出て空を飛びたがることがある。

 たとえば、アスラちゃんが寝たふりをしておいて、ボクが眠った後に、ボクを魔法か薬かで起き出さないようにしておき、ボクに悟られずに外に出る――そんなことも不可能とは言えないのだ。


 だから、ボクは罠を張ってみることにした。

 エドガー君の開発したステータス異常対抗薬を飲んだ上で、わざと寝たふりをしておき、アスラちゃんがどう出るかを見てみることにしたのだ。


 思い過ごしだと思いたかった。

 ボクは祈るようなつもりで寝たふりを続けた。

 そして――


「……本当にそうだったなんて……」


 ボクは呑み下せない悲しみと憤りを持て余しながら、この時間でもスキルレベル上げをやっているはずのエドガー君を探しに行った。

次話>明日です

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