↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正義のシーフは勇者になりたい  作者: 小暮ハル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/16

第16話「拳が止まる場所」

 武闘家が、レオンとリアへ向かって歩いてくる。

 レオンは床についた手へ力を込めた。


「レオンさん、動かないで!」


「まだ……やれる」


 剣へ指を伸ばす。


 武闘家の足が、その手前で止まった。


 レオンが顔を上げる。

 次の瞬間、脇腹へ蹴りが入った。


「ぐっ……!」


 身体が横へ飛ぶ。

 床を転がり、そのまま壁際まで滑った。


「レオンさん!」


 リアが駆け寄ろうとする。

 その前へ、武闘家が立った。

 リアの足が止まる。

 すぐ後ろは壁だった。

 武闘家が右拳を引く。


 ガントレットの表面を、青白い光が走った。


「リア!」


 アゼルが床を蹴る。


 遠い。


 武闘家の拳が振り抜かれた。


 リアが目を閉じる。

 頬の横で、強い風が動いた。


「……?」


 恐る恐る目を開く。

 拳が止まっていた。

 鼻先から、わずかに離れたところで。

 ガントレットの表面には、まだ細い雷が走っている。

 それでも拳は動かない。

 武闘家はしばらくリアを見たあと、ゆっくりと腕を下ろした。


 アゼルも足を止める。


「……こいつとはダチになれそうだな」


「俺も思った!」


「なに呑気なこと言ってるの! 二人とも!」


 クレハの声が石室へ響いた。

 武闘家が振り返る。

 再び、アゼルたちへ向き直った。


「ダチになれそうでも、通してくれる気はねぇか」


「早く終わらせよう。レオンが心配だ」


 ガレスが大剣を構える。

 その後ろで、リアはレオンのもとへ駆け寄った。


「傷を見せてください」


「大丈夫だ」


「大丈夫じゃありません!」


 脇腹の包帯は、半分以上が赤く染まっている。

 レオンが起き上がろうとすると、リアが肩を押さえた。


「今度こそ動かないでください」


「だが……」


「ダメです」


 レオンが黙る。

 武闘家の視線が二人へ向いた。

 ガレスが大剣を握り直す。


「エル爺! さっきのとんでもない炎、出してくれ!」


「ええのか?人の焼ける匂いは、嗅ぎたくないじゃろう」


「そうだな! やっぱそれはナシ!」


「ほっほ。決断が早いのう」


 エル爺が杖を床へ向けた。

 レオンとリアの前で石床が盛り上がる。

 隙間から押し出された土と砕けた石がせり上がり、二人を囲うように厚い壁を作った。


「そこから出るでないぞ」


「ありがとうございます!」


 武闘家が腰を沈めた。


「来る!」


 アゼルが走る。

 武闘家も前へ出た。

 拳が届くより先に、ガレスの大剣が横から割り込む。

 武闘家が身体を引いた。

 鞘に収まったままの大剣が胸元をかすめる。

 そのままガレスが振り抜く。

 武闘家は後ろへ跳んだ。


 着地すると同時に、両拳を石床へ叩き込む。

 青白い雷が再び四方へ走った。


 アゼルが跳ぶ。


 ガレスも大剣へ体重を預け、両足を床から浮かせる。


 クレハは動かなかった。


 床を走る光を見ている。

 雷は石材の隙間を伝いながら枝分かれしていく。

 その一本が、エル爺の作った土壁へ届いた。


 青白い光が表面を走る。

 だが、土へ触れたところから勢いを失い、床へ散っていった。


 クレハの目が細くなる。

 腰へ手を伸ばした。

 指の間に、四本の細い鉄針が並ぶ。


「クレハ?」


「ちょっと避けて!」


 アゼルが横へ跳ぶ。

 クレハの両腕が動いた。


 二本。


 続けて、もう二本。


 鉄針が低く飛ぶ。

 狙っているのは石そのものではない。

 石材と石材の間に走る細い目地だった。

 四本の鉄針が、それぞれ離れた場所へ突き立つ。


 武闘家が再び両拳を床へ打ち込んだ。


 雷が走る。


 だが、先ほどのようには広がらなかった。

 床を這っていた光が途中で分かれ、それぞれ四本の鉄針へ向きを変える。

 針を伝った雷が四方へ流れ、勢いを失っていく。

 アゼルの足元まで伸びてきた光は、細い筋を残しただけで消えた。


 エル爺が小さく笑う。


「ほう」


 武闘家が両腕を上げた。

 アゼルが身構える。

 だが、拳は胸の前へ向かわなかった。


 右のガントレットへ左手を掛ける。


 留め具を外した。


 重い金属が床へ落ちる。


 続けて左も外した。


 二つのガントレットが、武闘家の足元へ並ぶように転がった。


「……外した?」


 アゼルとの距離まで4歩ほど。

 武闘家が軽く腕を振る。

 腰を落とした。


 次の瞬間。


「っ!」


 拳が、もうアゼルの顎の下にあった。


 アゼルは反射的に後ろへ跳ぶ。

 身体を反転させる。

 拳が鼻先をかすめた。


 そのまま回転する途中、アゼルのつま先が武闘家の顎を下から蹴り上げた。


 顔が跳ね上がる。


 だが、武闘家はその勢いに逆らわなかった。

 後方へ身体を投げ出し、そのまま空中で蜻蛉を切る。衝撃を回転へ逃がし、両足で床を捉えた。


 着地した瞬間、二人の視線がぶつかる。


 ほとんど同時だった。


 アゼルが後ろへ跳ぶ。

 武闘家も跳んだ。

 

 一度、バク転。

 続けざまにもう一度。


 二人はまるで示し合わせたように同じ動きで距離を取り、同時に構え直した。


「……さっきより速くなったな」


 武闘家が構える。

 アゼルも腰を落とした。

 二人が同時に床を蹴る。


 中央。


 アゼルの拳が先に伸びる。

 頬へ入った。

 武闘家の顔がわずかに横を向く。


 すぐに拳が返る。


 アゼルは身体を沈めてかわした。

 脇腹へ一発。

 さらに肩。


 武闘家が腕を振る。

 アゼルはその外へ抜ける。


 距離が開く。


 互いに向き直る。

 また走る。


 今度もアゼルの方が早い。


 胸へ拳。

 続けて腹。

 武闘家の身体が揺れる。


 拳が返ってくる。

 アゼルは横へ抜けた。


「まだ俺の方が速い!」


 再び距離が開く。

 武闘家の目だけは、ずっとアゼルを追っている。


 三度目。


 中央へ飛び込む。

 アゼルが先に頬を打つ。

 反対側へ回る。

 脇腹へ蹴り。

 武闘家の身体が傾く。


 それでも倒れない。


 アゼルが背後へ抜ける。

 振り返る。


 また目が合った。


「……」


 武闘家が走る。

 アゼルも前へ出た。

 拳が先に胸へ入る。

 続けて腹。


 武闘家の身体がわずかに揺れた。


 アゼルがもう一歩踏み込む。

 頬へ拳が入る。

 顔が横へ振れる。


 だが、武闘家は止まらずさらに踏み込んだ。


「なっ……」


 そのまま一歩、前へ出る。

 アゼルの拳を受けたまま。

 武闘家の右拳が大きく引かれた。

 直後、拳が一瞬で線を引いたように走る。


 避けるより先に、腹へ深く入った。


「ぐっ……!」


 アゼルの身体が浮く。

 大きく後ろへ飛ばされた。

 床へ落ち、そのまま何度も転がる。


「アゼル!」


 クレハが声を上げる。

 アゼルはすぐに手をついた。

 だが、息が抜けたまま立ち上がれない。


「……重いっ」


 武闘家が歩き出す。

 アゼルへ向かって。

 その前へ、大剣が下りた。


「ガレス!」


 ガレスが武闘家との間へ割って入る。


「俺に任せろ!」


 大剣を横へ振る。

 武闘家が身を引く。

 すぐに懐へ入った。

 拳が腹へ入る。


「ぐっ……!」


 ガレスの身体が折れる。

 続けて頬。

 頭が振られる。

 蹴りが胸へ入った。

 数歩下がる。

 それでも踏みとどまった。

 口元の血を腕で拭う。


「タフなのはお前だけじゃねえ! 存分に撃ってみろ!」


 武闘家が踏み込む。


 拳。


 肘。


 蹴り。


 ガレスは大剣を盾にしながら受ける。

 身体が揺れる。

 足が滑る。

 それでも前から退かない。


 アゼルはゆっくりと立ち上がった。

 腹を押さえながら、二人を見る。


 武闘家の肩。


 腰。


 足。


 拳。


 そして、目。


 ガレスへ拳を入れながらも、アゼルがわずかに右へ動けば、視線がこちらへ向く。


 左へ。


 また追う。


「……」


 武闘家の蹴りがガレスの胸へ深く入った。


「ぐっ!」


 身体が後ろへ飛ぶ。

 床を転がり、大剣とともに倒れた。


「まだまだー!」


 ガレスの咆哮。

 ダメージは確実にある。だが立ち上がる。


 一瞬で距離を詰め、体重を乗せた前蹴り。

 再びガレスは吹き飛び倒れる。


 武闘家は3度その場からバク転で距離を取った。

 その場所には、二つのガントレットが並んだまま残っていた。


 ガレスが片手を床につく。


「まだ……!」


 身体を起こそうとする。


 武闘家が足を振った。

 一つのガントレットが床を滑る。


「うおっ!?」


 起き上がりかけたガレスの胸へぶつかった。

 身体が再び床へ落ちる。


「……それはずるいだろ!」


 アゼルが思わずそちらを見る。


「いいから前見ろ!」


「元気だな!」


「うるせえ!」


 アゼルが武闘家へ向き直る。


 息を一つ吐いた。

 さっきまでより、肩の力が抜けている。


「……そういうことか」


 武闘家が構える。


 アゼルも身体を沈めた。


 二人が走る。


 中央。


 アゼルの拳がわずかに早く届く。

 武闘家の腕が動く。

 逸らされる。

 脇腹へ拳が返る。

 身体をひねってかわす。

 二人がすれ違った。


 距離が開く。


 また走る。


 今度はアゼルが右から入る。

 武闘家の目が先に動く。

 蹴りへ切り替える。

 武闘家の身体が沈む。

 足が頭上を抜ける。

 肩を押され、アゼルが横へ流れる。


 着地。


 すぐに向き直る。


 アゼルは武闘家の目を見た。

 ガントレットを着けていた時も。

 外した後も。

 こちらが動けば、必ずその目が追ってくる。


「クレハ!」


「なに!」


「あいつの視線を外せるか?」


 クレハが一瞬だけアゼルを見る。

 その目が床へ動いた。

 先ほど打ち込んだ四本の鉄針。


「一瞬でいい?」


「ああ!」


「分かった!」


 左右の手に一本ずつ、新しい鉄針を取る。


 武闘家はアゼルを見ている。

 アゼルも正面から見返した。

 二人が少しずつ離れる。

 石室の両側。

 武闘家が腰を沈める。

 アゼルも構えた。


 同時に床を蹴る。


 クレハの両手が動いた。

 二本の鉄針が、武闘家の左右を抜ける。


 その背後。

 床へ突き立っていた二本の鉄針へ、正確にぶつかった。

 二つの澄んだ金属音が、ほとんど同時に左右から響く。


 武闘家の目が動いた。


 ほんの一瞬。

 アゼルから外れた。


「そこだ!」


 踏み込む。

 武闘家の顔が戻る。

 だが、遅い。

 アゼルの拳が胸へ入った。

 続けて肩。

 さらに脇腹へ蹴り。


 武闘家が大きく傾く。


 アゼルは止まらない。

 懐へ潜る。

 掌底が胸へ入る。


 武闘家が数歩下がった。

 その背後には、ガントレットを外した場所が近づいている。


「アゼル!」


 ガレスの声が飛ぶ。

 アゼルが横へ抜ける。

 武闘家の後方。

 床を滑る金属の音が近づいてきた。


「お返しだ!」


 ガレスが先ほど自分へ蹴り飛ばされたガントレットを、鞘の腹で打ち出していた。


 床すれすれを走った金属の塊が、武闘家の足首へ入る。

 足が流れる。

 身体が前へ傾いた。

 手をつこうと腕を伸ばす。


 その先。


 最初に外された場所から動いていない、もう一つのガントレットがあった。

 拳の部分が、わずかに上を向いている。


 武闘家の顎がそこへ入った。


 頭が大きく跳ね上がる。

 そのまま身体が床へ落ちた。


「効いたろ!」


 ガレスが大剣を支えに立つ。

 武闘家の指が動いた。


「……まだ立つのか」


 アゼルが構え直す。

 武闘家は両手を床についた。

 しばらくそのまま動かない。


 やがて、ゆっくりと頭を起こした。

 口元から血が流れ落ちる。


 顎へ一度手をやり、立ち上がる。


 アゼルは笑わなかった。


 武闘家も拳を構えない。


 二人はしばらく見つめ合った。


 やがて、アゼルが後ろへ下がる。


 一歩。


 もう一歩。


 武闘家も反対側へ下がった。


 石室の中央に、広い空間ができる。


 腰を落とす。


 武闘家も同じように身体を沈める。


 二人が同時に床を蹴った。

 距離が一気に縮まる。

 アゼルの方が、ほんのわずかに早い。


 中央。


 武闘家の拳が伸びる。

 アゼルが顔をずらした。

 頬の横を拳が抜ける。

 そのまま懐へ入る。


 右足を軸に身体を回す。


 踵が武闘家の顔へ向かった。


 武闘家は避けなかった。


 アゼルの足が止まる。


 頬のすぐ横。


 あと少し伸ばせば届く距離で。


 風だけが、武闘家の髪を揺らした。


 誰も動かなかった。


 アゼルがゆっくりと足を下ろす。


 武闘家は目の前のアゼルを見る。


 拳を下ろした。


 横へ一歩退く。


 背後にあった石段への道が空いた。


「……通っていいってことか?」


 返事はない。


「最後まで喋らないんだな」


 アゼルが頭を掻く。

 ガレスが足を引きずりながら近づいてきた。


「気が合いそうなのに惜しいな!」


 クレハが呆れたように息を吐く。


 エル爺が土壁を崩す。

 リアがレオンの肩を支えて出てきた。

 レオンは脇腹を押さえたまま、武闘家を見る。


 何か言おうとして、やめた。

 代わりに、小さく頭を下げる。


 武闘家は動かなかった。

 六人は石段へ向かう。

 アゼルは一段目へ足を掛ける前に、振り返った。


 石室には、何本もの鉄針と二つのガントレットが残っている。


 その間に、武闘家が立っていた。


 もう拳は構えていない。

 アゼルも何も言わず、階段を上がった。

 その後を、仲間たちが続く。


 三階の石室から、追ってくる足音はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。