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01

「平民と貴族では生きている世界が違う。もし困ったことがあったらいつでも帰ってきていいからな」


 そう父に言われ、送り出された学園生活。

 商家の娘として良い教育を受けさせたいという意図もあったのだろうけれど、私がαであることがやっぱり決め手になったのだと思う。

 αは身分関係なく無条件でこの全寮制の国立学園に入学することができたし、学費も免除されるから。

 あわよくば貴族との人脈が手に入れば御の字といった所だろう。

 でも、父はそういうことは言わなかったので私の勝手な想像だけれど。


 入学式を終え、振り分けられたのは、私以外の全員が貴族であるクラスだった。

 このクラスは貴族とαが振り分けられる上級のクラスで、貴族のほとんどはβなのだなと周りを見回して思う。βとα、そしてΩは明確に雰囲気が違う。おそらくだけれどこのクラスにいるαは私ともう一人の貴族だけだろう。


 そして、私の隣の男の子はΩだった。

 初めて間近でみたΩはあまりにも美しくて神秘的な空気を纏っていて、目が離せなかった。


「なに?」

「あ、あの、ハンナです。これからよろしくお願いいたします」


 不躾に見てしまったので、とりあえず挨拶をしてみたが「そう」とだけ返ってきて、安堵した。

 関わらなければ傷つけることもない、私はαで他人を傷つけるのだから。


 私は、平民かつ女性αという稀な属性を持っている。

 βである両親からはαが生まれる事はとても珍しい。そんな両親からαが持つ加害性について何度も言い聞かされてきたし、αの貴族が傲慢に振舞い威圧し、βである両親へ暴力をふるう場面を幾度か見たことがある。

 大事な人を傷つけるα。αの威圧で成すすべなく殴られる両親。しかもそれは私を守るためのものだったからなおのこと己のαを嫌悪した。

 そんな風にβですら怯えさせるαという性を持つ自分が、弱いΩを傷つけてしまうのは分かりきったことだった。

 だから、Ωの彼の隣にいるのはとても怖かった。


 でも、本当に美しくて憧れもしていた。

 だからか、貴族社会のいざこざを見ていられなかった。


 私はαだからか、クラスメイトとは貴族と平民という身分差を越えて不思議と仲良くなれたけど、Ωの彼はいつも独りぼっちだった。

 特に、このクラスの頂点に君臨するα貴族の、彼に対する態度は酷いものだった。


 下品な言葉を投げかけ、αの子を孕むために生かされているなどと、散々な言葉を投げつけるのは日常茶飯事で、よくもそんなに汚い言葉が出てくるなと思ったぐらいだ。

 けれど彼は全く相手にしていなくて、その気高さに私は憧れを強くした。気高くて神秘的でちょっと近寄りがたいΩの彼。見ているだけでなんだか幸せな気持ちになった。


 だから、彼に向けられるあの貴族のαとその取り巻きの視線の違いに気づいた。

 彼を汚そうとする卑しい視線。

 それを見ただけで、あのαがΩを支配下に置くために襲おうとしているのだと、直感的に分かった。


 守りたいと思った。憧れの彼を守りたいと。

 でも、私が触れたら、Ωである彼を傷つける。けれど触れなければもっと傷ついてしまう。

 そのジレンマに押しつぶされそうになりながらも、彼に手を差し出した。


「一緒に、お昼を食べませんか?」


 目を丸くして驚いていた彼は、立ち上がって教室から出ていこうとしたので「あぁ、だめだったか」と思っていたのだ。


「どこに行くの?ハンナ」


 そうやって振り返って声をかけてくれたことが、嬉しくてたまらなかった。

「中庭に行きたいです!」と叫んで、彼の背中を追いかけた。



「見て見ぬふりをしてれば目を付けられることもなかったのに、君ってあんまり頭よくないでしょう?」

「試験は学年で5番目には入ります」

「そういう事を言ってるんじゃないんだよなぁ。ずっと見てたけど、君お人よし過ぎない?αならαらしく振舞えばいいのに」


 神秘的な外見とは裏腹に、彼・リアム様は物事をはっきり言う方だった。

 もちろん私の方が身分が下なので気にしないけれど。


「私は傷つけてしまうので」

「傷つける?」

「αは人を傷つける性なので」

「ふーん。君はそう思ってるわけか」

「違うんですか?」

「いや、間違いではないと思うよ。ある意味では奪い傷つける側の性だと思うし。そして僕は君に奪われる側だね」

「……」


 Ωであるリアム様から改めてそう言われると、このαという性をコントロールできるのかと不安になってしまう。


「一つ質問」

「なんでしょうか?」

「なんで傷つけるかもしれないと思ってたのに、僕に話しかけたの?」

「私しかあの方に対抗できないと思ったからです。人が傷つけられているのを黙って見ているくらいなら、いつか自分の手で傷つけてしまうかもしれない恐怖のほうが、まだマシだと思ったからです」

「守りたかった、とかではなく?」


 守りたいと思ったとは正直に言えなかった。

 たぶん、これはαがΩを囲う為の時の気持ちだから。この言葉を言ったら一線を引かれてしまうと直感的に思ったから。


「えーっと……、リアム様が傷つくのを見たくなかった、が正解かもしれないです」

「そう。ありがとう、そう思ってくれて」

「いえ。余計なお世話かと思ったんですが……」


 αとかΩとか関係なく、平民の私が貴族間のいざこざに首を突っ込むべきではなかったのではないかと、後から思ったのだ。

 けれどリアム様は、私のそんな不安を見透かしたのか柔らかく微笑んだ。


「助かったよ。あれ以上エスカレートしてたらさすがにまずかっただろうし」

「それならよかったです」


 それからというもの、席が隣という事もあり私からリアム様に話しかけることが多くなった。

 私がリアム様に話しかけると、あの貴族αも手を出せないようで、姿を消すから。

 それになによりも、リアム様が私の言葉を笑顔で受け止めてくれる。その笑顔がとても美しくて心地よくて、もっと見たくて話しかける、という事を繰り返していた。


 リアム様は平民である私に色々な事を教えてくれた。平民の中でも水準の高い教育は受けてきたとは思うけれど、やっぱり貴族のそれとは全然違っていて、学校の授業が終わってから、図書室で色々な事を教えてくれた。


 そんなリアム様がある日、甘い匂いをさせていたので「香水替えましたか?」と聞くと、「鼻がいいくせにこれをソレと分からないんだよなぁ」と呆れられた。

 その会話の後リアム様が休んだため、後になってそれがヒートの時のフェロモンだと教えられた。

 そうして私はΩの事も少しずつ知っていったけれど、自分のαという性に対しては目をそらしたままだった。


「君はαとして未成熟だよねぇ。元来持ってるであろう威圧感みたいなのが全然ない。だから一緒にいて楽なんだけど」


 αであることを直視して、自覚してしまったら、リアム様とは一緒にいられない。

 傷つけることしかできないこの性をずっとずっと心の奥底にしまっておけば、リアム様と一緒にいられる。

 未成熟なαであればずっと彼と一緒にいられる。


 私はそう信じて、αではなくただ一人のリアム様に憧れる女の子として彼の傍にいようと心に決めた。




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