第一話
私、辻村サチと同級生の辻堂宏樹はよく似ていた。流石に兄弟ではなく赤の他人だし男女だし外見は似ていなかったけれど、性格、物の好み、そして誰にも言えない願望まで。私たちはよく似ていた。
いや、性格は私の方がサバサバしてて男勝りかもしれない。
でも、だからこそ、私たちは『秘密』の共有ができたのだ。
私と辻堂は高校二年生で初めて同じクラスになり、私が辻堂の後ろの席になってから性格のよく似た私たちは事あるごとに絡んではいたが、実際のところ、その当初はただのクラスメイト程度の認識だった。しかし、私は辻堂と仲良くなる機会を伺っていたのだ。
何故、仲良くなりたいのか。それはほぼほぼ本能の域だった。きっと、似ている願望を持っていたから、彼を知りたかったんだと思う。
私たちの関係が大きく変わったのは、高二の夏休みだった。
部活に入っていなかった私は、勉強もある程度はこなしつつ、漫画やゲーム三昧で、よく父に怒られていた。そんな私は八月に入った日に近くの書店に向かった。読書感想文の題材になる書籍を買いに行ったのだ。
まあ、書店であらすじ買いでもするか、と半分やけくそに書店にやってきた私だが、そこで、同級生にばったり出逢う。
辻堂宏樹だ。
彼は、私と同じで読書感想文の題材を買いに来たのか、文庫小説のコーナーで端正な顔の眉間に皺を寄せて、唸っていた。
私は、これ幸い! と意気揚々と辻堂の元に駆け寄る。
「辻堂!」
「ん? あ、辻村じゃん」
「やあやあ!」
「おっすおっす!」
辻堂の手にはまだ小説は無く、漫画が一冊握られていた。
今話題で、アニメ化や実写映画化された男女の中身が入れ替わる恋愛漫画の新刊だった。
「辻堂さんやい、それ面白い?」
「うん? ああ、うん、それなりに。辻村は何買いに来たん?」
「読書感想文の題材」
辻堂は「ああ~、それよな」とまた眉間に皺を寄せて文庫本の棚を睨みつける。
辻堂はスクールカーストでは一軍ではないが、それなりに上位で、人望はあるし、外見もそこそこかっこいい。周りとふざけていることが多い彼がこういう顔をするのはよっぽどだな。
「読書感想文さぁ、マジ悩むよね」
「漫画で許してほしい」
「それな」
私たちは同じ理由で悩んでいる者同士、少し距離を縮め、辻堂は持っていた漫画を、私はその漫画の一巻をレジに持って行ってから、近くのチェーン店のカフェに入った。
「いやぁ、やっぱキャラメルフラペチーノは最高じゃな」
「いかにも」
辻堂はブラックコーヒーでも似合うな、と思っていたが、意外にも甘いのがお好きらしい。ちなみに、しっかり奢ってくれました。よく出来た男だ。
「なーなー、辻堂、この際ライン交換しようよ」
「あれ? 交換してなかったっけ?」
「してない~」
彼は、嫌がることもせず、素直にスマホを取り出してラインを交換してくれた。
「あ!」
「犬?」
「うん。うちと一緒の犬種」
辻堂のラインのアイコンも、私のラインのアイコンも同じようなシーズー犬だった。
そこで、またこの男の好感度は上がった。
「シーズー可愛いよな~」
「可愛い! 辻堂のとこのわんちゃん、何歳? 雄? 雌?」
「二歳の雌」
「奇遇だねぇ、うちもだよ!」
それからは、キャラメルフラペチーノを啜りながらの愛犬自慢大会が始まった。
ああ、いいな、こういうやつ。
こいつ、女の子にモテるんだろうな。
いいな。
こんな男になりたい。
結局私たちはその日、読書感想文の題材を買わず、二日後に映画を観に行く約束をして別れた。
例の実写映画を観に行くことになったのだ。
母には遊んでばかりと咎められたが、たまの息抜き! と言うと呆れたように溜息を吐かれた。
「いやぁ、面白かったねぇ!」
「な! よかったらまた観に行かん?」
「え! 行きたい! またいこーぜ!」
例の実写映画は大ヒット御礼という謳い文句の通り、辻堂が席を予約しておいてくれてなかったら観れなかったくらいの人気で、でも、それは出演俳優が有名どころだからとか主演がアイドルだから、とかではなく、若手俳優を中心としているが基盤がしっかりしていて、実写映画には珍しく原作に忠実だった。と昼食を近くのファミレスで食べながら辻堂と語り合った。
「いやぁ、いいなぁ、入れ替わりものってさぁ」
「浪漫があるよな!」
「辻村は入れ替わるんならどんな奴がいい?」
「ん~、辻堂かな」
辻堂が、ズコッとガラスコップの中のストローを鳴らした。
そして、「え? 俺?」と男子にしては大きめの瞳をぱちくりした。
いや、なんだか、間抜けな顔だな。
「私はこの間からずっと思ってたんだ。入れ替わるなら、絶対辻堂がいいって」
「……ふ~ん、なんで?」
「私らの好きなものとかさ、性格とか、あんま変わんなくない? だから、入れ替わってもやりやすそうだなって。後は女の子エスコートしてても気持ち悪くないから」
辻堂は、ふはっ、とひと笑いしてから、気まずそうに何かを言いかけては辞める、ということをした。
「どうしたん」
「いや、キモいこと言っていい?」
「うん?」
「俺は女の子と……辻村と入れ替わってみたいって思ったって言ったらこれはマズイよな?」
私は、さっき辻堂がやったように、ズコッとガラスコップの中のストローを鳴らして瞳をぱちくりした。
そして、にぃっ! と笑ってから辻堂の手を取った。
「入れ替わろう! 今すぐ!」
ファミレス内に響く爆音でそんな寝ぼけたことを言う私についてこれるのは、やっぱり同志の辻堂だけだった。
しかし、入れ替わろうにも、方法が分からず、私たちは別のカフェに移動して頭を悩ませた。
「階段から落ちる、は痛そうよな」
「打ちどころ悪かったら死亡だな」
「「う~ん」」
そして、ふと私は辻堂がどうして平々凡々な私になりたかったのか気になって聞いてみると、辻堂は視線を彷徨わせ、また言いかけては辞める、と言うことをしたので、私は少し苛立ちを覚えた。
「そこ、言えないと私の身体は貸せんな」
「う~ん、笑わない?」
「場合による」
辻堂はぐっと、覚悟したように私を見据えた。
顔は少し赤い。
「俺、好きな奴がいて」
おっと、いきなり恋バナか。
恋バナは嫌いじゃないぞ!
「そいつが、辻村を好きなんだよ」
そこで、私は、違和感を覚えた。辻堂の好きな奴が私を好き。
つまり、辻堂が好きな奴が男の可能性と、私を好きな子が女の可能性があるということだ(どういうことだ)
「辻堂、ホモなの?それともその子がレズなの?」
「……言わせないでくれ」
辻堂は顔を真っ赤にして机に突っ伏した。
ほう、私はそういうの嫌いじゃないぞ。
私がニヨニヨしていると、辻堂は目だけをこちらに向けて、睨む。
「なんだよ」
「青春いいなぁ」
「そういう辻村はなんで俺になりたいん?」
私の願望は至ってシンプルだ。
「私はただ男になって女の子にちやほやされたいだけ」
まあ、同じ変身願望でもここまで理由が違うと面白いな。
純愛と野心か。正反対すぎる。
ふつう、そこで女の子が純愛を掻っ攫っていきそうだけど、男である辻堂の方がなんだか乙女だ。
「俺の人生が壊される」
「じゃあ、恋諦める?」
辻堂はぐぬぬ、と悔しそうに唸る。
ホントにそいつの事好きなんだな。
「男同士じゃダメなん?」
「そもそも、アイツが好きなのは辻村」
「あ、そういうことか」
私は改めて辻堂が私になりたい理由を理解した。
男同士云々の前に、相手さんの心を鷲掴みにした私、罪深い女だな。
そして、ただ男になって女の子にちやほやされたいだけで辻堂になりたい私、欲深怪獣すぎる。
「辻堂はさ、私が憎い?」
「……いや、お前は確かに俺から見ても可愛いと思うから」
「え、急な告白どうした」
「言っとくけど、お前への想いは友情」
なかなか難儀な状態の辻堂だけど、もし、私になって相手と上手くいかなかったら、と私が言ったら、それは向こうが『辻堂宏樹』という中身に恋愛感情を抱かなかっただけだから諦めて元の身体に戻る、と言う。
「もし、ずっと『辻村サチ』でいなきゃでもいいの?」
「その時はお前の人生が俺の人生になって、俺の人生がお前に人生になるだけだから」
「はは、そりゃそーだ」
自分の人生をそんな簡単に人に委ねられる辻堂はすごい。
でも、私も辻堂の人生なら代わりに歩んでみたいし、辻堂に私の人生を委ねてみたい。
そんな二人の、『変身願望』は、次の日突然実現する。
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