第22話「痛いの?」
(……勝った? 本当に俺が……?)
鍬を握ったまま、信次郎はその場に立ち尽くしていた。
耳に届いたのは、歓声とも溜め息ともつかない、どこか呆けたような空気のうねり。
倒れているのは、サラブレッド・イケメン・エリート騎士――リオン。
白銀の胸当てが朝陽を反射し、地面にまぶしく輝いている。
鍬の刃先は、彼の首筋に……まだ、ほんのかすかに触れていた。
戦いは、終わった。
「信次郎!」
駆け寄ってきたのはユウナだった。
「大丈夫? 怪我してない?」
信次郎の前に立ち、微笑みながら安堵の息をこぼす彼女。
そのやさしさに、緊張でこわばっていた信次郎の肩が、ふっとゆるむ。
だが、ユウナの目はすぐにリオンへと向けられる。
彼の元へと駆け寄り、そっと腹部に手を当てる。
「きれいになーれ」
魔法の言葉とともに、淡い光が手をつつむ。
彼女は見抜いていた。
あの瞬間、リオンが戦意を捨てた理由。
彼の腹に、致命ではないが深い一撃。
脱糞寸前の窮地だったことも――察していたのだ。
(ふぅ、イケメン脱糞劇場にならなくてよかった。)
やがて、リオンがあおむけになり、ゆっくりと上体を起こす。
「……ユウナ、ごめん」
その声に、ユウナは何も言わず、ただ潤んだ瞳で彼を見つめ返した。
信次郎はその光景を前に、胸の奥が不思議なざわめきに満たされる。
――あれ? なんだ、この感じ……?
「僕の負けだ。……信次郎、お前は強いな……」 リオンがぼそりとつぶやく。
「ユウナのこと、頼む。……お前なら、託してもいい」
ユウナは少し驚いたような顔をしたが、すぐに目を伏せた。
そこに、リナが駆け寄ってくる。
「信次郎、大丈夫か?」
「とにかく、教会へ。回復魔法をかけてもらおう。」
三人は連れ立って、教会へ向かうことにした。
* * *
教会の前、長い列の中に三人の姿があった。
だが、ほどなくして教会の職員が周囲を見回しながら、声を上げる。
「信次郎というものはいるか?」
ざわめく人々の中で手を挙げると、職員が近づいてきた。
「おお、お前か、司祭様がお呼びだ、ついてこい。」
戸惑いながらも、信次郎は職員に案内され、一人、教会の奥へ。
煌びやかな天蓋や金の装飾、荘厳な彫像の一つでもあると思ったのに、あるのは木製の長椅子と、淡い光を落とす窓だけだった。
(意外と質素だな。)
扉の向こうには、あのとき出会った中年の司祭、そして―― 以前に出会った、美しい女性が立っていた。
(デス・ブレス・コンビじゃんか)
「バカ息子が世話になったな」
司祭が信次郎を見るなり、そう言ってうなずく。
「まったく、あいつは……このような素敵な婚約者がいるというのに」
そう言って、美人の方をちらりと見やる。
「恋だの愛だのにうつつを抜かしおって……まったく」
(え、婚約者? イケメンの? なぜユウナにちょっかい出してたんだ……あれ、デス・ブレスから始まる異世界恋愛 13章 ルートフラグ消滅したパターン?)
女性は、どこか居心地悪そうに目を伏せていた。
「その……あなたには迷惑をかけたわね。私が至らないばかりに」
彼女が静かに口を開く。
(元気のない美人って、破壊力あるな……ぐっとくる……お名前教えてほしい……)
「いえいえ、私のほうこそ、監督不行き届きで申し訳ない」 司祭が彼女に深く頭を下げた。
(……おれ、何見せられてるんだろう……体中が痛いんですが……)
(……この美人に「痛いの痛いの飛んでいけ」してもらえるんだよね。期待していいんだよね。)
信次郎は場違いな空気の中で、ただ静かに立ち尽くしていた。




