第21話「鍬(くわ)戦士 vs 騎士様」
朝の町の広場は、すでに人で埋め尽くされていた。
決闘のうわさを聞きつけた人々が、ざわめきと共に押し寄せている。
その中央に、奇妙な姿があった。
藁と竹でできた防具。両手に握られたのは、農具――木の鍬。
「なんだあれ……」「カカシかよ!」「武器が鍬!?」「鍬戦士、がんばれー!」
嘲笑と声援が入り混じる中、信次郎はまっすぐに進み出る。
対するは、白銀の胸当てに木剣と木盾を構えた、正統派の騎士――リオン。
騎士らしい洗練された所作と凛々しい立ち姿は、まるで別世界の住人のようだった。
彼が姿を現した瞬間、場の空気が一変する。
朝日に反射する白銀の胸当てが、光の帯となって観客の目を射抜く。
「キャー! リオンさまーっ!」
「こっち向いてー!」
少女たちは身を乗り出し、両手を振って声を張り上げた。
それはもはや戦場の騎士ではない。舞台に立つ王子への、熱狂的な喝采だった。
広場の一角には、ユウナとリナの姿もあった。人垣の隙間から信次郎の姿を懸命に見つめている。
「……信次郎頑張って!」
ユウナが息を呑み、手を胸元で強く握りしめる。
「信次郎、負けるな……!」
リナも口を引き結び、ただ黙って信次郎の背中を見つめていた。
(王子様対カカシ、場違い感が半端ない、とにかく全力を尽くすだけだ!)
合図とともに、決闘が始まった。
信次郎は勢いよく鍬を振る。見事に命中——した、かに思えた。だが、手応えがない。土に鍬を突き立てたときのような手ごたえや、反動がない。
(……当たってるのに、効いてない? いや、いなされてる……?)
リオンの反射神経を考えれば、避けることは容易なはず。それでも彼はわざと「受けて」いるように見えた。
信次郎は〈農具二刀流〉スキルを発動。両手で鍬を交互に振り下ろし、連打を浴びせる。が、リオンはそのすべてを絶妙にいなす。ときおり「くっ」「うっ」と小さな声を漏らすが、それすらも演技かと思えるほど冷静な表情。
(まさか……遊ばれてる?)
疲れさせる気か? いや、でも確かに当たってる。なら、ワンチャンある……?
信次郎は無我夢中で打ち込み続ける。やがて、リオンはひらりと大きく後方へ跳び退く。
苦し紛れに後ろに下がったように見える。
「……えっ?」黄色い声援がぴたりと止み、空気が変わった。
観客のざわめきが静まり、代わりに緊張感が会場を満たす。
「……鍬を交互に、あの速さで打ち込むなんて、地味にすごくないか?」
「農家……やるじゃん!」
その声に応えるかのように、今度はリオンがじわじわと前に出てくる。間合いを測りながら、鋭くも容赦のない攻撃――だが、急所は外している。信次郎の反撃も何度かリオンに届くが、そのたびに木剣で打ち払われ、反動で体がのけぞる。
(……なにこれ、プロレス? 盛り上げるために手加減されてる?)
だが、観客の歓声が高まるにつれ、リオンの打ち込みは目に見えて鋭くなっていく。
ドシンッ――骨を鳴らすような衝撃。ビリビリと痛みが響く。
(うっ……痛っ! これ、もはや木刀の一撃じゃない。鉄パイプで殴られてる感じ……いや、殴られたことないけど!)
(……くそ、完全に手加減されてたってことか。さっきまでのは――あれ、茶番? いや、演出? でも……めっちゃ痛い、骨に染みるってこういうこと!? 泣きそう!)
やがて、リオンの攻撃は鎧の隙間を的確に突いてくるようになった。信次郎は叫びたいほどの痛みに耐えながら、なんとか食らいつく。
しかし、徐々に両腕がしびれ、ついには上がらなくなる。
だらんと鍬を垂らし、肩で息をする。膝がわずかに揺れる。
対してリオンは、凛とした姿勢のまま、涼しい顔をしていた。まるで、素人の鍬など相手にならないと言わんばかりに。
〈農具・資材重量半減〉
――すっと、全身が軽くなる。手の中の鍬も、ほんのわずかに軽く感じられた。
(……錯覚でもいい。この一瞬、動けるなら!)
「うおおおっ!」
最後の力を振り絞り、鍬を振り下ろす。だが――かわされ、空を切った。
しかし――返しで振り上げた鍬の先が、かすかにリオンの腹部の鎧に触れた。
(いまだ!)
〈微発酵促進〉――スキル発動。
(あいつの腹の中にも……きっと、微生物がいる!)
ぶわっと全身から力が抜ける。手足がふらつく。
(……発動した! 今、あいつの腹の中で微生物が――大暴れしてる!)
(……手応えはある。でも――)
すでに信次郎の体力は限界だった。足元がぐらりと揺れ、鍬を杖代わりにしてどうにか体を支える。
(……どうだ……効いてくれ……!)
そのとき、リオンの動きがふと鈍った。がくりと膝が折れかけ、剣先がわずかに下がる。
額に汗がにじみ、呼吸がわずかに荒くなっている。顔には、苦悶の色が浮かんでいた。
(……効いてる!)
その確信が、わずかに体を支える力を呼び戻す。
(いや、もしかしたら……また演技かもしれない。それでも――ここしかない!)
信次郎は歯を食いしばった。
(動け、俺……!)
(今だっ!)
信次郎は、これまでで一番大きく右手を振り抜いた。
そして、ふらつく体を鍬で支えたまま、ぐっと握り直す。左手にも力を込め、両手で鍬を構え直す。
〈農具両手持ち〉スキル発動。
信次郎は、一瞬の静寂のあと、下段から鋭く振り上げた。だが、リオンはわずかに上体をそらし、それを交わす。
(これもかわすのかっ)
しかし、その勢いを殺さず、信次郎は鍬を――すかさず引き戻す!
間髪入れず、そのまま前傾姿勢のまま、渾身の力で突きを放つ!
(いままでの振り下ろしは……全部、この突きのための布石だ!)
鍬の先が、リオンの顔面めがけて一直線に突き出された。
次の瞬間、観客の誰もが息を呑んだ——。
リオンは首をすっと横にずらして避ける。
(手袋をよけたのと同じ動作だ。)
だが、信次郎は焦らなかった。突き出した鍬を少しねじりながら——引き寄せる!
(鍬は引いて使うんだよっ! 草も、根も、まとめてひっくり返す!)
誰もその動きを捉えられなかった。不可視の一撃が、首筋に吸い寄せられるようにリオンの後頭部を襲う。
「がっ!」
リオンが苦悶の声を上げた。
さらに、信次郎は両手で鍬を思いきり引き寄せる!
リオンは、前のめりに崩れ落ちた。
その首筋に、鍬の木の刃先を静かに添えた。
(勝った……勝てた……! 俺の、鍬で!)
周囲のざわめきが、まるで遠くの風の音のように聞こえた。




