第20話「装備:木の鍬から始める異世界対決」
ユウナから男の正体が明かされる。彼は司祭の息子だった。まさに由緒正しい血筋に生まれた、サラブレッド・イケメン。名前はリオン。(ライオンから名前とっている?名前までイケメン!)
しかも、若くして教会直属の騎士として認められ、すでに本格的な戦闘訓練を修めているという。育ちの良さと身体能力、精神力まで備えた完璧超人――まさに選ばれし者。
(陽の光を浴びて、白銀の胸当てがまぶしく反射していた……とか、そういうの絶対似合うタイプ!うん、絶対お友達になれない!)
イケメンの細マッチョぶりを思い浮かべる。
(でも、あの体格、動き……相当鍛えてるな。)
数日後、送られてきた書状にはこう記されていた。「十日後、町の広場にて決闘を行う」
(やるしかない……!俺は、小学校から剣道を……やってない。空手もやってない!格闘技やってない!部活もやってない!)
(中学に入ってからは、帰ったら親父の畑の手伝いばっかりしていたな。俺は、農業サラブレッドだ、よし、負けてない)
(……いや、ジャンルが違いすぎるだろ)
信次郎は鍬を手に取った。
「うぉぉぉ」
ひたすら、畝を作っていく。
(筋力もつくし、体幹も鍛えられる。畝づくりは、戦いだ!)
(手首を強化して最強のパンチを手に入れるのだ!そんな漫画あったな。これだ!俺のパンチは重い……はず!でも、誰にも当てたことないけど!)
だが、ユウナに決闘の戦闘事情を聞くと——
「決闘では木剣や木盾を使うのが、一般的かな……。」
「じゃあ俺は……木の鍬?」
(それって……RPG最弱装備枠じゃん!ってか、RPGの最初の町にも売ってないだろ!)
鍬をひたすら振り、手押し車に水や馬糞たい肥を乗せて、何度も往復する。
汗をかいて、腕も肩もパンパンだ。だが、まだ足りない。
そして——新たなスキル〈農具・資材重量半減〉を習得した。
「おおっ、軽い!これはいけるぞ!ん?筋トレのいみないじゃんか!」
とにかくできることをやるしかない。農具で防具を作れるかもしれない。そう思い、スコップや熊手、鋤などを引っ張り出して、試行錯誤を始める。
「金的対策に、スコップで前を防ごうか? やられたら一発アウトでしょ?」
(いや、むしろ鍬で、こっちが……ワンチャン、いけるかも……?)
「それは反則だから大丈夫よ」
背後から、リナの声がした。振り返ると、いつの間にかゴーレムとともに戻ってきていた。土ぼこりをまとった長靴が、彼女の足取りの速さを物語っている。
(危ない、俺の卑怯全開の作戦がばれるところだった……)
「ユウナから一通り聞いた。馬鹿みたいな話だが……やるって決めたなら、全力でサポートする」
気づけば俺は、ユウナとリナの真剣な視線に囲まれ、作戦会議の渦中にいた。
信次郎の持つスキル――〈農具両手持ち〉、〈農具二刀流〉、〈農具・資材重量半減〉をどう活かすか。リナが真剣な眼差しで言った。
「重量半減、これが気になる。嫌な予感がする」
「え?でも、鍬とかすごい軽くなったよ?」
「それ、本当に重さが減ってるのか?」
ゴーレムが黙って近づき、土を均した広場に巨大な秤のような足場を作り出す。
「これに乗って」
と、リナが軽く促す。
(ゴーレムの死の呪文が頭に響いている。そして、前を向いているはずなのに、こっちを向いているように見える目が怖いんですけど!)
「で、これをもって」
リナは少し背伸びをして、満杯の水が入った木桶を信次郎に渡す。見上げるその顔に、ほんのわずかだが、覚悟を宿したような微笑が浮かんでいた。
(背伸びしている姉かわいい)
そう思ったとたん、ゴーレムの圧がさらに強まった気がした。ゾワリと背筋が冷える。
(……え、今の見てた?聞こえてた?まさか読まれてる!?)
信次郎は慌てて表情を引き締め、ゴーレムの秤の上で、スキルを使う。
「今、使ってみたけど……」
「重さはかわっていない。実際の重量はそのまま。感覚だけが軽くなる能力だな。」
「うそ、じゃあ、倍の荷物とか調子に乗って運んでたら……」
「たぶん、いずれ肉離れをおこすだろう。下手すれば靭帯断裂。決闘どころではないな」
ぞっとする。
危うく、決闘前に自滅するところだった。
(あぶねぇ……ほんとに、あぶなかった……)
少し汗ばむ額をぬぐいながら、信次郎は深く息をついた。
信次郎は、物置に眠っていた農具や資材を引っ張り出し、ひとつひとつ手に取っては腕を組んだ。木剣とはいえ、当たり所が悪ければ骨折もありえる。
「この熊手、胸当てに曲げられないかな……いや、引っかかって自分がケガしそうだな」
鋤は背中に背負えば盾代わりになるかと思ったが、動きにくくて却下。
結局、木の板に藁を詰めて胸当てにし、水路用にとっておいた竹で脛あてを作った。
(藁がチクチクする)
ひもで巻きつけた前腕の防具には、鍬の柄を切って固定した。
木や竹で作った即席の装備は、ずっしりと重い。それでも〈農具・資材重量半減〉スキルを使えば、なんとか振り回すことはできる。
「……なんだこの見た目」
鏡代わりに水桶をのぞき込んだ信次郎は、思わず苦笑した。藁と竹に覆われ、両手に木の鍬を持った姿は、どう見ても……。
「まるでカカシね……」
ぽつりと呟いたリナの声を聞いて、やけに的確だと思った。
最初に吹き出したのはユウナだった。ぷっと噴き出したあと、慌てて口を手で押さえる。
それにつられるように、リナが小さく肩を震わせ、最後に信次郎もつられて笑った。
バカみたいな格好だけど、それでも本気で準備した証。それを三人とも分かっていたから、笑い声にはどこか温かさがあった。
(ずっと一人でなんとかするしかないと思ってた。でも……なんだかんだで、俺はひとりじゃないんだな……)
信次郎は、不安とともに、わずかに芽生えた期待を胸に、戦いの準備を進めていく。
勝てる保証はどこにもない。でも、あの二人がいてくれる——それだけで、少しだけ前に進める気がした。
そして決闘の日は、刻一刻と近づいていた——。