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第15話「異世界で仲良くDIY……と思ったら、怖い親方の監視付きでした!」

 朝日がまぶしい。

 信次郎は、昨日ユウナが買ってくれた、つばの長い麦わら帽子を手に取った。

 しっかりしたつくりで、日差しをしっかり遮ってくれそうだ。


(いろいろあったけど……屋台で一緒に食べて、この帽子を買ってもらって……これはもう、デートじゃんか)


 「……よし、今日も頑張ろう」


 信次郎は、馬糞の切り返し作業に取りかかった。

 昨日までに溜めた馬糞を山のように積み上げ、鍬でざっくりと切り返す。

 湯気のような熱気と、鼻をつくような発酵臭が立ちのぼる。


(大丈夫。水分も十分だし、温度もちょうどいい。これはいける)


 町で「デス・ブレス」に見舞われた馬糞も、他の馬糞と混ぜると、再び発酵が進み始めた。 (うーん、あの美人にちょっと失礼だったかな……でも、やっぱり発酵の初動は鈍いな) (……ま、今は目の前の畑だ。やることはまだ山積みだし)


 頭にユウナにもらった麦わら帽子をかぶると、緑池――いや、湖まで水を汲みに行き、桶に何往復もしながら畑に戻る。

 陽ざしが強くなりはじめた時間帯、額にはじっとりと汗がにじんでいた。


(これがなかったら、もう干からびてたかも)

(……さて、水やりも終わったし、次はたい肥の確認だ)


 一通り水をまいた後、少し息を整えながら、一番古いたい肥の状態を確認する。


 《大地との対話:農地解析》

 ――発酵肥料の栄養度:高。水分:適正。酸素:充分。微生物活性:中。発酵度:完熟肥料。


(よし……ついに、ここまできた)


 たい肥として使える状態になった馬糞を、畑の表面の土に丁寧にすき込んでいく。

 鍬でかき混ぜるたびに、黒く重みを増した土が顔を出す。


(これでようやく、育つための土になった)

 信次郎は畝立て作業に移る。鍬を使い、一定間隔で整った形に土を盛り上げていく。


(この黒い畝で、きっと立派な作物が育つ……水はけもよくなるし、根も伸ばしやすいはずだ。でもようやく一列か……まだまだ足りないな)


 鍬を握り直し、次の畝に取りかかろうとした――その時だった。


 ズーン……ズーン……と、地鳴りのような音が近づいてくる。

 目を向けると、畑の奥から何かがこちらへとやって来る。


 土ぼこりの向こうに見えたのは、大きな人影と、その肩にちょこんと腰かけるような細い影――土の人形の肩に、ひとりの少女が座っていた。


  土の人形、ゴーレムは信次郎より頭一つ低い程度だが、腕は長く、手足のバランスが独特だ。肩の上の少女は、ゆっくりとゴーレムの腕に移り、地面へと降り立つ。


 信次郎にとっては、見知らぬ顔だった。


(何だ……? ゴーレム?異世界っぽいのきた!そして、肩にいるのは誰?)


 隣でユウナが声を上げた。


 「……お姉ちゃん!」


 ゴーレムの腕の中から降り立ったのは、凛とした雰囲気をまとった少女だった。信次郎より少し年上に見えるが、それ以上に落ち着いた空気をまとっている。


ユウナよりもわずかに背が低く、肌は日焼けひとつない白さで、どこか儚げな印象を与える。分厚い眼鏡に目元は隠れているが、静かな知性と距離感のある威厳が感じられる。けれど今は、その輪郭と佇まいだけが、信次郎の想像をかきたてた。

(妹より少し背の低いお姉ちゃん、ヒロインポイント10ポイント獲得だな。そして、眼鏡で10ポイント……は、人に点数をつけるなんて、なんて失礼なんだ俺は)


 そんな信次郎の横で、ユウナがぱっと顔を輝かせた。


 次の瞬間、駆け寄って少女に抱きつく。


 しばしの間、ふたりは言葉もなくそのままだった。


 「……あ、紹介するね。こっちが信次郎、いま私と一緒に畑をやってるの」


「……どうも」信次郎は帽子をとって軽く会釈する。


(落ち着け……ただの挨拶だ。でもなんか、緊張するな)


 一拍の沈黙の後、


「ふぅん……」リナは一瞬、冷めたような視線を送った。


 「信次郎はね、馬糞拾って温めて、カラスと戦って追っ払って……がんばってくれてるんだから!」


 ユウナの声が、少し上ずっていた。


 一瞬、気まずい沈黙が流れた。


 「……そ、そうなのか……」リナの返事は微妙だったが、それも無理はない。


(もうちょっとまともな紹介をしてくれ! 両手で鍬を交互に操るとか、カカシをぶん回す男とか、沼エビハンターとか……いや、どれも大差ないか)


  ユウナは得意げに続ける。「お姉ちゃんはね、町の魔法学校に通ってるの。私と違って勉強ができて、魔法もすごく上手で、あのゴーレムも畑の土からお姉ちゃんが作ったんだよ!」


(魔法学校の制服かわいい! ユウナが「私も着たーい」とか言い出さないかな……いや、言ってほしい)


(異世界でチート農家していたら、魔法少女がゴーレムに乗って参戦しました──ついに第10章で異世界設定インフレ発生!?)


 そんなことを考えながら、信次郎はゴーレムに目を向けた。


 粗削りな見た目とは裏腹に、目元にはまん丸いくぼみがあり、口も柔らかな半月型に刻まれている。どこか素朴で、無垢な印象すら漂っていた。


 そのとき、ゴーレムがすこし首を傾けたように見えた。


(え……かわいい……?)


 顔の造形は、まるで子どもが粘土で作ったようなあどけなさが残っていて、危険というより、むしろ親しみを感じる。


 あの巨大な腕でリナをそっと抱えていたのかと思うと、なんだか妙に――ほっこりしてしまった。


「……触っても、いいかな?」


 恐る恐る信次郎が尋ねると、リナは眼鏡の奥で一度だけ瞬きをし、そっけなく頷いた。

「別にかまわない」


 信次郎がそっと手を伸ばす。

 ゴーレムの表面は思いのほかなめらかで、ほんのりと温もりがあった。


……だが、その次の瞬間――


 『……リナに近づくもの。〇す。〇す。〇す。』


 低く、耳の奥で反響するような声が――まるで、ゴーレムが言ったかように――頭の中に響いた。ぞっと背筋に冷たいものが走る。


(えっ!? 今のなに!? 心の声……? ゴーレムと会話できる? いや、これって《大地との対話》の応用か?でも、スキルの発動感覚はなかったぞ……)


 反射的に手を引っ込めると、隣でユウナが無邪気にゴーレムをぽんぽんと叩いた。「おー、ちょっと大きくなってる。お姉ちゃん、すごいね!」


(おいおい……このゴーレム、ただの土じゃないぞ……)


 「……まあな」とリナがわずかに微笑んだ。


(あれ、ユウナは何も感じないのか……さっきのは……気のせいか?)


(俺、なんか嫌われてる!?やだ、このゴーレム怖い。ちゃんと手綱を握っておいてくださいお姉さま!)


 「ところで……」リナがふいにユウナへと向き直る。少しだけ、表情が柔らいだ気がした。


「家は大丈夫か? 屋根も傷んでるし、壁のヒビも……雨が降ったらまずそうだ」


 ユウナが苦笑する。「うん、家のことは、お父さんに任せてたから……」


 信次郎は思わず顔を伏せた。


(ずっと畑のことばかりで……家のことまで気が回らなかった。


 ユウナに任せきりだった……俺がもっと早く気づいていれば)


 「そのつもりで帰ってきたんだ。よし、取りかかろう」


 そう言うとリナはゴーレムを操り、壁に土を塗り込んでいく。


 ユウナが小さく「ありがとう」とつぶやいた。


 その声に、リナは何も言わずに土を塗り続ける。


 その横顔を見て、信次郎は胸の奥に小さな痛みを覚えた。


(お父さんの役目を、お姉ちゃんがしていたんだな……)


 「俺も手伝うよ」


 リナは軽く指を動かし、ゴーレムの腕から一部を分離させると、それをバケツの中へと落とした。その土をひと目見てから、リナは信次郎に視線を向ける。


 「じゃあ、これをお願い。そっちの壁をお願いね」


 「わ、わかった!」


 バケツの重みが、少しだけ背中を押してくれる気がした。

 信次郎はそれを抱え、そばに置かれたスコップを手に取る――。


(切り離された土からは……何も聞こえない。よかった、ずっと「死の呪文」を聞きながら作業することになるかと思った……)


 リナも隣で黙々と作業を続けている。ゴーレムは彼女の指示を受け、スムーズに動き、壁の綻びに土を丁寧に埋め込んでいく。


「……すごいな」信次郎がつぶやくと、ユウナは隣でほんの少しだけ目を伏せた。


 尊敬と、ほんの少しの羨望――姉にしか見せない、柔らかい感情がにじんでいた。


 その横顔を見て、信次郎は不意に胸の奥がざわつくのを感じた。


 自分はまだ、あの姉妹のあいだに立つには足りていない。


 手を伸ばしても、指先が届かないような距離感――。


 その動きを横目に見ながら、信次郎はスコップを両手で持ち替え、効率よく壁に塗っていった。


(スコップなら……《農具二刀流》が使える。よし、無心でいこう)


 だが、ふと見上げた先で、ゴーレムの空洞の目が、無言でこちらを見ていた。


(……やっぱり怖いんですけど!第11章「異世界でお姉さんと仲良くDIY……と思ったら、怖い親方の監視付きでした!」うーん、この物語は始まらなくていい!)


 作業が一段落し、信次郎が畑を振り返る。

 整えられた黒い畝が、朝日に照らされて美しく並んでいる。鍬で切り返されたばかりの断面が、均等な角度で陽を跳ね返し、ひとつの流れを形づくっていた。


 リナは、きれいに並んだ畝を見て、ふと幼い日の記憶がよみがえった。


 「……この感じ……お父さんの畝、思い出すな」


 ぽつりとつぶやいたその声は、誰に聞かせるでもなく空に溶けた。

 視線の奥に、朝露の中で黙々と畝を立てる父の姿が浮かぶ。

 まだ幼かったあの日、自分はただ遠くから見ているだけだった。


 あのときの畑の匂いと、畝の列が、いまこの場に重なる。


 「……あの頃のお父さんの畑に、少し似てる」


 声に懐かしさがにじんでいた。その目は、わずかに潤んでいるようにも見えた。


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