第16話「ドラゴンブレスで借金?」
今日も朝から馬糞を切替し、発酵具合を確認する。次は、完熟した馬糞を、土に混ぜ込む。
ユウナとリナは、ゴーレムに桶を抱えさせ、湖へと水を汲みに行っていた。
(ユウナたちは水汲みか……俺は俺で、やることやらないとな)
信次郎はひとり、完熟馬糞を混ぜ終えたばかりの畑に向き直る。
(はぁ、俺も湖行きたかったな。ユウナとお姉ちゃんに挟まれて……三人で出かけたら、なんかそれっぽくない? いやいや、三角関係ってわけじゃないし)
(さて、次は畝づくりだな)
熟成したたい肥をすき込んだばかりの土は、やわらかく湿っていて、鍬の刃が心地よく入る。
鍬の先端からは、湿った土の匂いがふわっと立ち上る。安心する匂いだ。
ひと鍬ごとに土を持ち上げ、くるりと返す。
一定の間隔で、畝の背骨をなぞるように、丁寧に土を盛り上げていく。
(こういう単純作業、嫌いじゃないんだよな……)
手元の感触、土の重み、鳥のさえずり。すべてが静かに、確かに流れている。
数本目の畝を仕上げたとき、信次郎はふと、畝の断面に目をとめる。しっかり立ち上がった黒い土が、陽を受けて少しだけきらめいていた。
ここいらで、少し休憩するか。信次郎は、畝の端にしゃがみ込んだ。昨日作った畝に、ふと手のひらをかざす。
《大地との対話:農地解析》
――酸素濃度:低。微生物活性:鈍化。通気性:不良。
(あれ……? この畝、なんか空気が足りてない?)
(元の土が多すぎたのか……水はけはいいはずなんだけど)
(でも、畝っていったん作ったら、もう切り返せないよな……)
ひとりきりの畑。時折、鳥の声と、水を撒いている音が遠くに聞こえた。
そのとき、後ろから声がかかった。
「……何をしている?」
振り向くと、リナが腕を組んで立っていた。
眼鏡の奥の視線が、信次郎を静かに観察している。
俺は、土をすくって、見つめながらぶつぶついっていたみたいだ。
「いや、土に空気が足りないんだって思ったからさ」
信次郎は、はにかみながら頷く。
「なぜ?」
リナは一歩前に出て、しゃがみこむ信次郎を覗き込むようにじっと見た。眉をわずかにひそめ、警戒とも疑念ともつかない表情でこちらを見ている。
そういえば、説明していなかったか。信次郎は、大地との対話のことを静かに語り始めた。
リナはしばらく黙ったまま聞いていたが、最後まで聞いてから、ぽつりと言った。
「……それが本当なら、すごいことだけど。でも、本当なのか、信じられないな。」
その声には、妹に対する責任感と、どこか見えない焦りのようなものがにじんでいた。
信次郎はごまかすように笑いながら、ふと、親父が口にしていたバイオ炭――もみ殻の炭のことを思い出した。あれを畑に混ぜれば、土の通気性もよくなるかもしれない。
「そうだ、もみ殻を魔法で簡単に炭にできないかな……」
「それなら――竜喉炉を使ってみるか」
リナの口から出た言葉に、信次郎は思わず首をかしげた。
「……竜喉炉?」
(きたきた、異世界魔法、ドラゴンブレスで炭作り、初のフラグ回収だ!)
※10話参照
「ああ、魔法学校で流行っている。土で作れて、煙が少なくて、よく燃えるって評判だ。
町の方でも人気で、小遣い稼ぎにしてる生徒もいる。」
リナは、さらさらと地面に図を描き始めた。あくまで簡素に、でも要点だけはきっちり押さえる手際だ。
「煙突が真ん中。その側面には、小さな穴をあけておく。下に扉があって、そこから火を入れる。煙突を囲むように、少し大きめの円筒があって……空気は一番下の管から入って……ここで、二次燃焼を起こして……」
信次郎はぼんやり聞きながら、図を目で追う。
「……なるほど……」
とうなずく。
(なにこれ、全くわからないんですが、というか魔法使ってないような気がする。煙突つくるだけなんじゃ……)
リナは小さくため息をつき、呆れたように片眉を上げた。
「ま、やってみた方が早いか」
姉がゴーレムに命じ、畑の一角にさくさくと土を組み上げていく。まるでレンガ職人のような手際で、炉が形づくられていく。
炉の中心、煙突部分にはルーン文字のような刻印がある。
実際に作ってみると、リナの言った通りだった。火種を入れて煙突が温まると、底の空気管から吸い込まれるように風が起き、円筒の中の籾殻が煙を発し、じわじわと黒く変わっていく。
もみ殻から立ちのぼる煙は、吸い込まれるように煙突へと流れ込み、その先端からは赤々とした炎が立ち上っていた。熱気に揺れるその上には、鍋を置けば料理もできるという。
(すごい……ほんの少しの種火で、こんなに燃えるなんて。しかも、しっかり炭になってる)
「煙突の文字、あれって……呪文か何か?」
(やっぱり魔法の力で炎を増幅してるのか?)
「いや、私の銘だな。ちょっと学園ではやっている。」 (え?この炎、単純にただの物理現象なのか?)
炎はごうごうと音を立てて、煙突の先から吹き上がっていた。
まるで、ドラゴンのブレスのように。
その様子を見ているうちに、信次郎はふと、かつての親父の言葉を思い出した。
ある日、納屋の隅で「バイオ炭」と書かれた袋を見つけたことがあった。
肥料として使うものらしい。袋には緑の葉っぱと地球マーク、いかにも「環境にやさしい!」という感じのロゴが描かれていた。
「バイオ炭って、エコでよさそうだね」
「ああ、二酸化炭素を使って炭をつくる。まさに、エコだ」
「ん?」
「知らないのか。炭ってのは、木なんかを燃やして、中の可燃ガスを抜いてつくるんだ。その可燃ガスももちろん燃える。だから、二酸化炭素はたっぷり出る。そのあと、できた少しの炭を土に埋める……それが「エコ」だ。」
「え?」
(狐につままれたようだ。ん?燃やしてできた炭を土に埋める。燃やすと二酸化炭素がでる。んん?プラマイゼロってこと?)
「太陽光パネルも、シリコンをつくるのに大量の電気がいる。風力のタワーや羽根だって、鉄を溶かしてこしらえる。原子炉も、コンクリも、ぜんぶそうだ。作るだけで山ほどCO2が出る。……でもな、それを国外でやらせれば、「国内排出ゼロ」ってことにできる。な? もっと「エコ」だろう?」
「ふぅん……」
「国を挙げて、二酸化炭素の「借金」をしているんだよ。そして自然エネルギーを「ビジネス」にしてるのは、国内だけじゃない。外国資本もたくさん入り込んでる。その結果、俺たちの電気代がどんどん上がってるってわけだ。」
「まぁ、いまはわからんでいい。でも、自然エネルギービジネスにお前が手を染めるなら、俺はお前がグレてしまったと思うよ。」
「この国は、「借金」って言葉が好きなんだから、いっそ「二酸化炭素の借金」って呼べばいいのにな」
「はぁ……」
信次郎は、親父にしてはずいぶんとめんどくさいことを言うな、と思っていた。その理屈っぽい言葉を思い出しながら、ごうごうと燃える竜喉炉の炎をじっと見つめる。
(親父は……エコって言葉を、まるで呪いみたいに嫌ってたんだな。でも……)
(じゃあ、親父は何のために農業をやってたんだ? 地球のためじゃないのか? 自然のためじゃ……)
(――わからない。けど、何かが引っかかる)
(第12章:異世界に行ったら、二酸化炭素のつけを払わされています。あれ、エコって……何なの? 本当にわかんない)
※竜喉炉は、現実世界でいう「ロケットストーブ」に似たかまどです。




