表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
虚実古樹の私

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

194/201

第194話 虚実古樹の私と紫苑

「『こんな事』とは、具体的にどのような事を指すのでしょうか?」


マリア以外の眷属が言えば、私も『ああ、確かに漠然とした言い方をしたな』と反省していただろう。


だが、その言葉を言ったのはマリアだ。であれば、それはとぼける為でしかない。私が冷めた目で見つめていると、マリアは観念したように息を漏らした。


「別に、言いたくないなら、別に言わなくてもいい。」


「え?」


「当たり前じゃないか。私は君に『休め』と言ったんだよ。それなのに負担をかけたら意味が無いだろう。」


正直、気にはなる。マリアが何故、ここまで家畜達を生かそうとするのか。けれど、一応『ここで家畜を失えば現状回帰までに100年を要する』で説明が付くし、少なくとも私達に不利益になる事でもないのだろう。であれば、別に無理に聞き出す必要もない。



「ただ、なにか手伝うことくらいは出来そうだと思ってさ。また倒れられても迷惑だ。君の看病を何度もするほど、私だって暇ではないんだ。」



横になったままのマリアは、驚いたような表情を浮かべ、遠慮がちに口を開いた。



「1つ、お訊ねしてもよろしいでしょうか?」


「ああ。何なりと。」


「私めが寝込んでいる間、その、貴方様が私めの面倒を見てくださっていた、のでしょうか……?」


「まあ、そうだね。」



別に、私が自ら言い出した訳ではない。たまたま見つけたのがフェスツカ家系の眷属だったので、私は彼に『一応誰かに様子を見させろ』と伝えたら、何故か彼が私を指名したからやる羽目になっただけだ。



「別に面倒を見たと言っても何もしてないよ。ただ見ていただけさ。というか、君ならこうなる事を予想出来ているものだと思ったけれど。むしろ、これが望みかとも邪推したよ。」



「め、滅相もございません!目を覚ました際に、主が横におわす事すら気づきませんでした。」



慌てて否定しているマリアの様子から見ると、どうやら嘘ではないらしい。



「……ですが、光栄でございます。」


「……へえ、そう。」



こちらを見て微笑むマリアから目線を逸らす。暫く私達は一言も発さなかったが、不思議とその沈黙は心地よかった。マリアとヴラドの前では、私は自分の目的を忘れそうになる。切った岩の煉瓦に囲まれた冷たい部屋の中で、不思議と暖かさを感じていた。



「ーーーずっと。」


マリアが、そう切り出した。その声は、どこか悲痛に響いた。



「ずっと、こうしていられれば、私は他に何も求めないのに。」



私に向けた言葉ではなかった。どこか遠い、未だ来ていない場所に向けての言葉だった。私は彼女に顔を向けるが、隠された瞳がどのような色をしているのか、私には分からなかった。



「エディンム様。」


マリアの言葉が、私に向く。彼女が私を名前で呼ぶのは珍しいな、と思いながら、私は次の言葉を待った。


「私と、……。いえ。何でもございません。」


「なんだい?そこで止められると気になるじゃないか。言ってみなよ。今私は君を労わる為にいるんだ。君の願いを叶えてあげるかもしれないよ。」


マリアの口振りから、それが何か重い願いなのは分かった。だから、私は敢えて茶化すような口調で言った。



再びマリアが沈黙した後、覚悟したように口を開いた。




「……私は、最近思うのです。吸血鬼が一方的に人間を蹂躙出来る時代は、そう長く続かないと。」


彼女の口から飛び出したのは、思ってもいなかった言葉だった。私は黙って彼女の言葉に耳を傾けた。



「人間の技術の進化は、驚異的でございます。90年前はほとんど役に立たなかった大砲は精度と威力を増し、携帯用の銃まで作られるようになりました。今は長弓の方が精度も威力も上ですが、いずれ銃がそれを上回るでしょう。」



マリアの言うことは分からなくはない。今はまだ『聖十字の奇跡』の方が驚異的であるが、いずれ技術がそれを上回る可能性はある。そうなれば、人の持つ牙は、私たちに届き得るかもしれない。


「……恐らく、こうして城を持つ事が出来るのは、今だけでございます。そう遠くない未来、私達は人の目の届かない所で隠れて過ごす事になるのでしょう。」



「まあ、そうなるかもね。流石にそれは退屈そうだ。」


深い森で、隠れるように生きる。食事はたまに迷い込んだ人間だけ。それでは、まるで獣と変わらない。そうなる前に、私は自らの望みを果たせるのだろうか。



「退屈でも、良いではありませんか。」



私の心を読んだかのように、マリアはそう呟いた。目を見開いて彼女を見つめる私をよそに、マリアは上体を起こして私に顔を向けた。



「エディンム様。その日が来る前に、私と共に、2人で何処かに隠れて暮らして頂けませんでしょうか。」


「それはつまり、『他の眷属は捨てて』という事かい?」


「……仰る通りでございます、エディンム様。」



彼女らしくない。けれどマリアらしかった。命を失う事を誰よりも嫌って、他の命が消える事も憂いて、自分の命と、それよりも私を想う。


マリアらしくない自分勝手な要求で、わがままなマリアらしい。


「家畜が10人でもいれば、2人ならば永遠に生きていけます。あなたさえいれば、私はーーー!」



必死に訴える、マリアを私は手で制止させる。気まずそうに、マリアは申し訳なさそうに顔を俯ける。



「私が、城を持つ事になったのは、そもそも君のせいだ。眷属をちゃんと従えるようになったのも、君が言い出したからだ。」


その言葉に、彼女は驚いたように顔を上げる。



「だからきっと、私がそれらを捨てるのは、君のせいなんだろうと、そんな気はしていたよ。」



「そんな……!」


嬉しそうに笑うマリアの顔は、困惑したように歪んでいた。




「君と2人なら、そう退屈しないのかもしれない。」


「嗚呼っ……!!」



マリアはそう声を漏らすと、顔を両手で覆った。


そうだな、きっと、そんな未来も悪くない。



頭ではそう思いながら、私の心は、何かを拒絶していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ