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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
虚実古樹の私

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192/201

第192話 虚実古樹の私と、言えなかった言葉。

「とにかく、さっきも言ったけれど君が元気そうで良かったよ。私に余計なお世話も出来るくらいだしね。」


精一杯の皮肉を込めて、私はヴラドに返す。よく考えれば、ヴラドが立ち直ったからと言ってマリアも同じように立ち直れるとは限らないのだし、原因も違うのだから参考になる訳がなかった。ということくらい少し考えれば分かるはずなのだが。


それなりに、私は焦っていたのだろう。非常に癪だが。マリアがどうなってもいいと思うには、あまりに長く隣に置き過ぎた。



「……で、あるか。我も、再び汝とまみえることが出来て嬉しく思う。」



「……なんだい?気持ちが悪い。最近聖職者の血ばかり吸っていないだろうね?」


彼は決してそんな馴れ合いのような言葉を口にするような人間ではなかったはずだが。心底気持ちが悪い。教会にいる方がまだ幾分心地いいまである。



「この100年で、我は多くの眷属を失った。戦で殉じた者もいれば、時には我が手で殺した者も多くいる。なればこそ、思うのだ。我らの命は、無限でない。だが、有限というにはあまりにも果てない一生である、と。」



「なんだい、そういう時期なのかい?」


懐かしいな。私もギルを失った時は、そんなことを考えたものだ。きっと、私にとってのギルが、彼にとっての眷属であり、領地なのだろう。


有象無象を自らの光にするというのは、私には全く理解できない行為だが、別にそれ自体を否定するつもりは無い。



嘲笑うように訊いた私の言葉をまるで意に返さず、ヴラドは続ける。



「我は、王を降りる。」


「はあ?」


「エディンム。我が去った後、汝に我が眷属を率いて欲しい。」



「ちょ、ちょっと待てよ。」


予想外の言葉が続いて、脳の整理が追いつかない。彼が、ヴラドが、王を降りる?そして私に譲る?



「何言ってるんだ。君が王を降りる?正気か?しかも私に譲るだって?正気の沙汰ではないね。君の眷属がそれを受け入れると思えない。私だって嫌だ。そもそも今城を持っているのだって嫌々なんだ。これ以上面倒事はごめんだよ。どうしてもと言うなら、エリザベートにでも頼むといい。」



「誰でもいい訳ではない。汝なればこそ、頼みたい。嫌々と汝は言うが、100年以上王として君臨した汝がまごう事無き王だ。改めて、頼む。エディンムよ。」



ヴラドは椅子から降りて、床に座る私の目の前に来ると、しゃがみ込んで目線を合わせた。いつになく真摯に訴える彼の言葉に、瞳に、私は揺らぐ。



「だ、大体、なんで君が王を降りるとか、そんな話になるんだ。多少領地は減ったけれど、まだ全然優勢だろう。戦で眷属が死ぬことだって、君だって分かっていたはずだ。」


一瞬暗い目をしたヴラドは、すぐにまた憑き物の落ちたような表情に戻った。そこで私は、彼が丸くなったのではなく、ただ全てを捨てる決意をしたから、気負いが無くなっただけだという事に気が付いた。



「我が王を目指したのは、憧れからであった。繁栄と安寧を、我等も築けると、そう盲信しておった。人のように。」


「人に憧れるなんて、犬っころらしいじゃないか。そのままその道を進めばいい。夢見がちな君らしく、千年帝国を築けばいいじゃないか。」


「なれど、我が夢は野望にはなり得なかった。心を病み、数多の眷属が死に、領地が減り、漸く目を向けた現実は、酷く濁って我が目に映った。今の世に、我が理想はない。なれば、我は王であってはならない。」



ふざけるなよ、結局上手くいかなくて拗ねただけじゃないか。喉まで出かかった言葉は、その先に行くことはなかった。代わりに、情けない声が私の喉を通った。


「……君は、王を辞めたらどこに行くんだよ。」


「次の世を、我が理想を追える世界を待つ。我が姿を見せれば、統治の妨げにもなろう。その世が来るまでは、暫しの別れとなるやもしれぬ。」


「ふざけるな、自分のやった事は他人に押し付けて、自分は隠居生活でもするつもりか?厄介ごとを僕に押し付けて、君がいなくなるだって?そんなのは嫌だ、だって君は僕のーーー。」



私は、その次の言葉を紡げなかった。自分が何にここまで焦っているのかも分からなかった。震える瞳が、無意識に握っている握り拳が、受け入れ難いと、そう語っていた。



私は、何も言えなかった。


「……汝の言う通りだ。我は、王としての責任を果たす、その必要がある。……すまなかった。」



「……そうだよ。分かったならいい。きっともう少しすれば、君の理想を追う事だって出来るよ。」


「……で、あるか。」


目を逸らし、ヴラドは立ち上がり私に背を向けると、再び玉座に腰掛けた。


「また、来るよ。悩みがあれば、その時にも聞こうじゃないか。私達は、真祖同士なんだ。きっと私達だからこそ共感出来ることも少なくない。助けになるよ。その位はしてあげようじゃないか。」



「……ああ。」


浮かない顔を、取り繕ったような微笑で誤魔化すヴラドに気付かないふりをして、私は彼の城を後にする。


また、そう経たずに彼の元に訪れよう。きっと、彼は疲れているんだ。次は、真祖としてではなく、友として。彼の元に訪れよう。そんな事を思いながら、私は夜の空を駆けた。



ーーーーーー


「いずれ、再び相見えよう。我が理想の、追える世界で。真祖『適応のエディンム』よ。」



「我が友、エディンムよ。」



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